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幕間〜ロクサーヌ
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「待たせたな」
レオポルドが私の待つ馬車にやって来たのが外から聞こえ、はっとした。ほっとしたのか少しウトウトしていた。パライン卿と言葉を交わしているのがわかったが、声を潜めて話しているので何を話しているのかまでは聞こえない。
「それでは私はこれで失礼いたします」
立ち去っていく足音と近づいてくる足音がして、レオポルドが馬車に入ってきた。
「すまなかった」
「いいえ、もう話はいいのですか?」
彼が謝ったのは私を待たせたことなのか、それとも今回のことなのかどちらなのかわからないので、勝手に前者だろうと考え返事を返した。
「まずはルブラン公の邸へ行こう」
レオポルドが乗り込むと何も言わなくても、すぐに馬車は動き出した。
「それで、どうでしたか?」
向かいに座るレオポルドは、馬車が動き出してから何か考え込んでひと言も喋らない。沈黙に耐えかねて私から声をかけた。
「…どう、とは?」
どこか心ここにあらずといった素っ気ない言葉だった。レオポルドには珍しい。
「レオポルド…体が辛いのですか?」
もしかしたら怪我のせいなのかもと心配になった。
「私の心配はいい。痛みは自分で対処できる」
レオポルドはこちらを見ようともせず馬車の窓から外を眺めながら答えた。
「心配くらいさせてください」
「私はこんなときの為に訓練は受けて、少々の痛みには耐えられる。過度な心配は無用だ」
私の心配を払い除けるような、そっけない言い方にそれ以上何も言えなかった。色々あって会話をするのも辛いのかも知れない。大変な目にあったのだからそっとしてあげるべきだと思い、口を閉じることにした。馬車の中には重苦しい沈黙が漂い、車輪のガラガラという音がやけに大きく聞こえた。
「邸には誰もいなかったそうだ」
「誰も…ですか」
沈黙を破ってレオポルドが口を開いた。
「アンセンヌ一人を置いて皆が逃げたようだ。彼以外の人間は誰一人いなかった」
ロクサーヌさんは、なぜレオポルドに鍵を渡したのか。はじめから解放してくれるつもりだったのか。彼女の意図がわからない。
「君は…どうしてそうなのだ」
「え?」
重い溜息とともにレオポルドが呟いた。
何故かレオポルドは苛立っている。
「あの…レオポルド」
「もういい。少し傷が痛むから、黙っていてくれないか」
何がもういいのか。
さっき怪我の具合を心配して訊いた時と違う。
冷たいレオポルドの態度に戸惑いはしたが、レオポルドが忍耐はあっても痛いものは痛いのだろう。
それで苛立っているのかも知れない。
「ごめんなさい…」
「謝るな」
言われたとおり私は口を閉じ、ルブラン公の邸に着くまで馬車の中は沈黙に包まれた。
事前にルブラン公が早馬で知らされていたのか、邸に辿り着くと公爵家の使用人たちが待ち構えてくれていて、すぐさま私とレオポルドは別々の浴室へ連れて行かれた。
「軽食をご用意しております。お腹が空いておられるならお召し上がりくださって、今日はお休みくださいとのことです」
いつもと違う寝室に案内されたのは、レオポルドと別だからだろうか。
「あの、レオポルドは…」
彼はどうしているだろうかと心配になった。
「スタエレンス様はすでに湯浴みも済まされ、お戻りになられた閣下にお目通りなさっておられます」
「え、もう…ですか」
彼だって数日間監禁されて怪我もしているのに、体は大丈夫なのだろうか。
「スタエレンス様からも本日はお嬢様に十分休息を取っていただくようにとご伝言を賜っております。何か必要なものがありましたら何でもご希望を叶えるようにと申し使っております。何か入り用のものはございますか」
「いえ…大丈夫です」
「では、私共はこれで失礼いたします。何かございましたらそちらのベルをお鳴らしください」
「ありがとう」
使用人たちが出て行き、広い部屋に一人残された。
時刻はすでに真夜中になろうとしていた。
もしかしたらルブラン公との話が終わったら、レオポルドは顔だけでも見せてくれるかもと思い寝ずに待っていたが、夜が開けてもレオポルドは来なかった。
レオポルドが私の待つ馬車にやって来たのが外から聞こえ、はっとした。ほっとしたのか少しウトウトしていた。パライン卿と言葉を交わしているのがわかったが、声を潜めて話しているので何を話しているのかまでは聞こえない。
「それでは私はこれで失礼いたします」
立ち去っていく足音と近づいてくる足音がして、レオポルドが馬車に入ってきた。
「すまなかった」
「いいえ、もう話はいいのですか?」
彼が謝ったのは私を待たせたことなのか、それとも今回のことなのかどちらなのかわからないので、勝手に前者だろうと考え返事を返した。
「まずはルブラン公の邸へ行こう」
レオポルドが乗り込むと何も言わなくても、すぐに馬車は動き出した。
「それで、どうでしたか?」
向かいに座るレオポルドは、馬車が動き出してから何か考え込んでひと言も喋らない。沈黙に耐えかねて私から声をかけた。
「…どう、とは?」
どこか心ここにあらずといった素っ気ない言葉だった。レオポルドには珍しい。
「レオポルド…体が辛いのですか?」
もしかしたら怪我のせいなのかもと心配になった。
「私の心配はいい。痛みは自分で対処できる」
レオポルドはこちらを見ようともせず馬車の窓から外を眺めながら答えた。
「心配くらいさせてください」
「私はこんなときの為に訓練は受けて、少々の痛みには耐えられる。過度な心配は無用だ」
私の心配を払い除けるような、そっけない言い方にそれ以上何も言えなかった。色々あって会話をするのも辛いのかも知れない。大変な目にあったのだからそっとしてあげるべきだと思い、口を閉じることにした。馬車の中には重苦しい沈黙が漂い、車輪のガラガラという音がやけに大きく聞こえた。
「邸には誰もいなかったそうだ」
「誰も…ですか」
沈黙を破ってレオポルドが口を開いた。
「アンセンヌ一人を置いて皆が逃げたようだ。彼以外の人間は誰一人いなかった」
ロクサーヌさんは、なぜレオポルドに鍵を渡したのか。はじめから解放してくれるつもりだったのか。彼女の意図がわからない。
「君は…どうしてそうなのだ」
「え?」
重い溜息とともにレオポルドが呟いた。
何故かレオポルドは苛立っている。
「あの…レオポルド」
「もういい。少し傷が痛むから、黙っていてくれないか」
何がもういいのか。
さっき怪我の具合を心配して訊いた時と違う。
冷たいレオポルドの態度に戸惑いはしたが、レオポルドが忍耐はあっても痛いものは痛いのだろう。
それで苛立っているのかも知れない。
「ごめんなさい…」
「謝るな」
言われたとおり私は口を閉じ、ルブラン公の邸に着くまで馬車の中は沈黙に包まれた。
事前にルブラン公が早馬で知らされていたのか、邸に辿り着くと公爵家の使用人たちが待ち構えてくれていて、すぐさま私とレオポルドは別々の浴室へ連れて行かれた。
「軽食をご用意しております。お腹が空いておられるならお召し上がりくださって、今日はお休みくださいとのことです」
いつもと違う寝室に案内されたのは、レオポルドと別だからだろうか。
「あの、レオポルドは…」
彼はどうしているだろうかと心配になった。
「スタエレンス様はすでに湯浴みも済まされ、お戻りになられた閣下にお目通りなさっておられます」
「え、もう…ですか」
彼だって数日間監禁されて怪我もしているのに、体は大丈夫なのだろうか。
「スタエレンス様からも本日はお嬢様に十分休息を取っていただくようにとご伝言を賜っております。何か必要なものがありましたら何でもご希望を叶えるようにと申し使っております。何か入り用のものはございますか」
「いえ…大丈夫です」
「では、私共はこれで失礼いたします。何かございましたらそちらのベルをお鳴らしください」
「ありがとう」
使用人たちが出て行き、広い部屋に一人残された。
時刻はすでに真夜中になろうとしていた。
もしかしたらルブラン公との話が終わったら、レオポルドは顔だけでも見せてくれるかもと思い寝ずに待っていたが、夜が開けてもレオポルドは来なかった。
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