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幕間〜二人何があっても
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いつもお読みいただきありがとうございます。
未完結のまま、書籍化となっていましたが、コリーナがレオポルドとのことを思い出してから、結婚式までの間の出来事の幕間として、補足掲載させていただきます。今日午前6時、正午、午後6時、0時、明日、午前6時、正午、午後6時になります。
******
私はレオポルドと会えないままルブラン公の屋敷からペトリ家に戻っていた。
ペトリ家に戻って三日後、ようやくレオポルドが私に会いに来た。
数日ぶりに会ったレオポルドは、激務のせいなのか明らかにやつれていた。
眼鏡でわかりにくいが、目の下には隈も見える。ここまで疲れている彼を見るのは初めてかも知れない。
二人で過ごした時間はまだほんのわずかなのだから、見たことも無いレオポルドやまだ私の知らない彼の一面があって当たり前だ。
すぐ目の前にいるのに、初めて出会った頃のように距離を置かれているのが気になった。
「元気にしていたか?」
「はい。体は…元気です。レオポルドこそ、もう大丈夫なのですか?」
ルブラン公爵から彼の体のことは聞いてはいたが、やはり直接確認したい。
「急激な運動は無理だが日常生活に支障はない」
口元は笑っているが、眼鏡の目は笑っていない。
この前まではレオポルドから手を伸ばしてくれていた。今は一歩引いている。
「あまり聞きたくないことだろうが・・・」
そう言ってレオポルドは私が巻き込まれた事件のその後について教えてくれた。
まずソフィー・クローデルの死が大々的に発表された。
病気療養していたとなっていたので、治療の成果もなく亡くなったというのが公式の発表だった。
それは公にされたことなので、私も少しは耳にしていた。
それからアンセンヌ伯爵が強姦罪や傷害罪で捕まったと教えてくれた。
貴族相手に泣き寝入りしていた者も、次々と彼からの被害を訴えたことで、国としても看過できず彼には重い罪が下されるらしい。
彼はその決定に対し抵抗しているが、決定的なのは彼が自ら罪を告白し、署名した書類があったことだった。
はっきり見たわけではないが、あの時ロクサーヌさんが彼に署名させた書類がそれだったのかも知れない。
彼は本当にきちんと内容を把握せずに署名したようだ。
「ロクサーヌの行方はまだわかっていない。私がいた建物の近くの桟橋から船で下って港に出たことはわかっている。そこから船に乗って国外に出たことも考えられる」
「本当に忙しかったのですね」
なのに私はただレオポルドに会えないと自分の気持ちにばかり囚われていた。
「恥ずかしい。私は自分のことばかり…レオポルドは怪我を押して今も奔走しているというのに」
自分の狭量さに恥じ入る。
「そんなこと気にしなくていい」
「でも」
「私だって忙しさを理由に君から逃げていた」
「逃げる?」
意外な言葉に驚いた。どんな時もレオポルドは私の目を真っ直ぐに見つめていたのに、今は視線を反らしている。
「私と関わったせいで君は二度も危険な目にあった。その事実に気づいたら急に怖くなった」
ひどく落ち込んで自信なさげなレオポルドを初めて見た。
「私が君を大事に思えば思うほど、君を危険な目に合わせる。これまで自分が信じて歩んできた道を否定はしない。仕事は楽しかったし手応えを感じていた。だが、自分ではなく君が傷つくのは堪えられない」
「人間生きていれば誰だって何かあります。自分で転ぶこともあるし、事故にだってあいます。それに、あれはソフィーが勝手にしたことで、アンセンヌ伯爵のことだって、他にも犠牲者はいるのです。レオポルドのせいだとは思っていません」
「君はそういう人だ。誰かを責めたりしない」
私が大丈夫だ。平気だといくら言ったところで、レオポルドには気休めにしか聞こえないみたいだ。
「私のそばにいない方が君は幸せなのではないか、そうまで考えた」
自分と関わらなければ私がソフィーたちの目に留まることがなかった。
レオポルドがこんなにまで気に病んでしまうとは思いもよらず、私は何も言えなかった。
レオポルドは起こったこと何もかもがすべて自分のせいだと思っている。だから申し訳ないと私を避けていた。
「レオポルドのせいではないわ」
「それでも、君が巻き込まれたのは私と関わっていたからだ。ペトリ家にいればあんな目に合うこともなかった」
「それは…そうかもしれないけど…」
確かにレオポルドと婚約しなければ彼らは私という存在を気に留めることはなかった。
そういう点で言えばレオポルドとの婚約で私の日常は大きく様変わりしたと言える。
でもすべてが悪いことばかりではない。
彼と植物園に行ったこともその後の食事も、彼と婚約しなければ経験できなかったことだ。
「君との初めての夜から二年半、誰か他の男を好きになっていたらどうしようと思いながら、君との再会を夢見た。君は私の初恋だから」
彼の口から改めて聞くと思わず頬が赤くなった。
「そんな…」
いい歳をして十代みたいな反応で恥ずかしくなり、ますます赤くなる。
「コリーナ」
火照りを冷ますために手を扇にしてパタパタしている私をレオポルドが見つめる。
「私は今までどんな仕事も何とかやりこなせてきた。他人には困難だと思える仕事も、自分でやり遂げる方法を見出し、出来ると確信し成功させてきた」
「ええ、レオポルド。あなたなら他の人には困難で出来ないことも、きっと出来てしまうんでしょうね」
嫌味でもなく心からそう思う。私を救い出してくれた時、ルブラン公の私兵の人たちを統率していた姿は格好良かった。
期待された以上に彼は自分の力を発揮してきたのだろう。
「仕事を成功させるため、時には危険なことにも直面する。多少なりとも犠牲は仕方がない。自分を含めてそこに携わる者が怪我をして、万が一命を落とすことがあっても、望んだ結果が得られるなら、それでいいと思っていた」
きっとそんなことが何度かあったのだろう。
そのたびに彼は何とか生き延びてきた。
「けれど、君と出会って、君と一夜を共にした後は、必ず無事に仕事を終えて君の元へ帰るんだと、そう強く思うようになった。私の命を繋いでいたのは君だった」
「私が?」
初恋の相手だと言われた以上にその告白は私を驚かせた。
未完結のまま、書籍化となっていましたが、コリーナがレオポルドとのことを思い出してから、結婚式までの間の出来事の幕間として、補足掲載させていただきます。今日午前6時、正午、午後6時、0時、明日、午前6時、正午、午後6時になります。
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私はレオポルドと会えないままルブラン公の屋敷からペトリ家に戻っていた。
ペトリ家に戻って三日後、ようやくレオポルドが私に会いに来た。
数日ぶりに会ったレオポルドは、激務のせいなのか明らかにやつれていた。
眼鏡でわかりにくいが、目の下には隈も見える。ここまで疲れている彼を見るのは初めてかも知れない。
二人で過ごした時間はまだほんのわずかなのだから、見たことも無いレオポルドやまだ私の知らない彼の一面があって当たり前だ。
すぐ目の前にいるのに、初めて出会った頃のように距離を置かれているのが気になった。
「元気にしていたか?」
「はい。体は…元気です。レオポルドこそ、もう大丈夫なのですか?」
ルブラン公爵から彼の体のことは聞いてはいたが、やはり直接確認したい。
「急激な運動は無理だが日常生活に支障はない」
口元は笑っているが、眼鏡の目は笑っていない。
この前まではレオポルドから手を伸ばしてくれていた。今は一歩引いている。
「あまり聞きたくないことだろうが・・・」
そう言ってレオポルドは私が巻き込まれた事件のその後について教えてくれた。
まずソフィー・クローデルの死が大々的に発表された。
病気療養していたとなっていたので、治療の成果もなく亡くなったというのが公式の発表だった。
それは公にされたことなので、私も少しは耳にしていた。
それからアンセンヌ伯爵が強姦罪や傷害罪で捕まったと教えてくれた。
貴族相手に泣き寝入りしていた者も、次々と彼からの被害を訴えたことで、国としても看過できず彼には重い罪が下されるらしい。
彼はその決定に対し抵抗しているが、決定的なのは彼が自ら罪を告白し、署名した書類があったことだった。
はっきり見たわけではないが、あの時ロクサーヌさんが彼に署名させた書類がそれだったのかも知れない。
彼は本当にきちんと内容を把握せずに署名したようだ。
「ロクサーヌの行方はまだわかっていない。私がいた建物の近くの桟橋から船で下って港に出たことはわかっている。そこから船に乗って国外に出たことも考えられる」
「本当に忙しかったのですね」
なのに私はただレオポルドに会えないと自分の気持ちにばかり囚われていた。
「恥ずかしい。私は自分のことばかり…レオポルドは怪我を押して今も奔走しているというのに」
自分の狭量さに恥じ入る。
「そんなこと気にしなくていい」
「でも」
「私だって忙しさを理由に君から逃げていた」
「逃げる?」
意外な言葉に驚いた。どんな時もレオポルドは私の目を真っ直ぐに見つめていたのに、今は視線を反らしている。
「私と関わったせいで君は二度も危険な目にあった。その事実に気づいたら急に怖くなった」
ひどく落ち込んで自信なさげなレオポルドを初めて見た。
「私が君を大事に思えば思うほど、君を危険な目に合わせる。これまで自分が信じて歩んできた道を否定はしない。仕事は楽しかったし手応えを感じていた。だが、自分ではなく君が傷つくのは堪えられない」
「人間生きていれば誰だって何かあります。自分で転ぶこともあるし、事故にだってあいます。それに、あれはソフィーが勝手にしたことで、アンセンヌ伯爵のことだって、他にも犠牲者はいるのです。レオポルドのせいだとは思っていません」
「君はそういう人だ。誰かを責めたりしない」
私が大丈夫だ。平気だといくら言ったところで、レオポルドには気休めにしか聞こえないみたいだ。
「私のそばにいない方が君は幸せなのではないか、そうまで考えた」
自分と関わらなければ私がソフィーたちの目に留まることがなかった。
レオポルドがこんなにまで気に病んでしまうとは思いもよらず、私は何も言えなかった。
レオポルドは起こったこと何もかもがすべて自分のせいだと思っている。だから申し訳ないと私を避けていた。
「レオポルドのせいではないわ」
「それでも、君が巻き込まれたのは私と関わっていたからだ。ペトリ家にいればあんな目に合うこともなかった」
「それは…そうかもしれないけど…」
確かにレオポルドと婚約しなければ彼らは私という存在を気に留めることはなかった。
そういう点で言えばレオポルドとの婚約で私の日常は大きく様変わりしたと言える。
でもすべてが悪いことばかりではない。
彼と植物園に行ったこともその後の食事も、彼と婚約しなければ経験できなかったことだ。
「君との初めての夜から二年半、誰か他の男を好きになっていたらどうしようと思いながら、君との再会を夢見た。君は私の初恋だから」
彼の口から改めて聞くと思わず頬が赤くなった。
「そんな…」
いい歳をして十代みたいな反応で恥ずかしくなり、ますます赤くなる。
「コリーナ」
火照りを冷ますために手を扇にしてパタパタしている私をレオポルドが見つめる。
「私は今までどんな仕事も何とかやりこなせてきた。他人には困難だと思える仕事も、自分でやり遂げる方法を見出し、出来ると確信し成功させてきた」
「ええ、レオポルド。あなたなら他の人には困難で出来ないことも、きっと出来てしまうんでしょうね」
嫌味でもなく心からそう思う。私を救い出してくれた時、ルブラン公の私兵の人たちを統率していた姿は格好良かった。
期待された以上に彼は自分の力を発揮してきたのだろう。
「仕事を成功させるため、時には危険なことにも直面する。多少なりとも犠牲は仕方がない。自分を含めてそこに携わる者が怪我をして、万が一命を落とすことがあっても、望んだ結果が得られるなら、それでいいと思っていた」
きっとそんなことが何度かあったのだろう。
そのたびに彼は何とか生き延びてきた。
「けれど、君と出会って、君と一夜を共にした後は、必ず無事に仕事を終えて君の元へ帰るんだと、そう強く思うようになった。私の命を繋いでいたのは君だった」
「私が?」
初恋の相手だと言われた以上にその告白は私を驚かせた。
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