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幕間〜ロクサーヌ
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私は運び込まれた場所で、人がいなくなったのを見計らって起き上がった。
「やっぱり…だめだよね」
窓には鉄格子。そして予想通り両開きの扉には鍵が掛かっている。
「持ち物を調べられなくて良かった」
護身用の短剣は、殺傷力は低いが何かあった時、意表をつくくらいはできるだろう。
結局ロクサーヌさんが私を呼び出した張本人だった。
でも手紙の内容については何もわからない。
「これからどうなるんだろう」
寝台に腰を降ろしてこれからのことを考える。
『ルヴェルタ』のあの従業員の死体はどうなったのか。私が運ばれる時にはまだあの場に放置されたままだった。
私を呼び出すために利用されたのだろうか。
邪魔になるから、用が済んだからと簡単に人の命を奪う冷酷さに身震いがする。
私を呼び出した手紙の内容はレオポルドのことかと思ったが、関係なかったのだろうか。
「でかしたぞ!」
扉の向こうから大きな声を出して慌ただしくこちらへ向かってくる男性の声が聞こえた。
持っていた短剣を体の下に隠して寝台に転がって寝た振りをした。
ガチャガチャと鍵を開ける音がしてバンと扉が開いた。
ドカドカとこちらに向かってくると、すぐそばでピタリと足音が止まった。
はあはあと息を荒げているその人物がじっと見つめているのが気配でわかる。
気がついていることを悟られないかどきどきする心臓の音が聞こえたらどうしよう。
「ふふ」
笑い声が漏れる。
「ははは、本当に…はは、さすがロクサーヌだ」
「私があなたの期待を裏切ったことがあったかしら」
少し離れた所からロクサーヌさんの声も聞こえた。
「そうだな、そなたは本当に出来た妻だ。腹が立つほどに」
ロクサーヌさんを妻だと言った。ということは、男性はアンセンヌ伯爵?
部屋の中にヒールの音が響く。ロクサーヌさんも部屋に入ってきたようだが、こちらではなく別の方向に歩いていく。
「コリーナ・フォン・ペトリ…あなたがご所望のレオポルド・ダッラ・スタエレンスの婚約者を連れてきたのですから、約束どおり私の要望もきいていただきますわ」
「わかっている。今すぐサインしてやる。ここに持ってきているのだろう」
「よくご存知ね」
「何年夫婦をやっていると思っている」
「三年…かしら」
ペンを走らせる音が聞こえる。ロクサーヌさんが持っていた書類か何かに伯爵が署名をしているのだろう。
「もうそんなになるか。月日の経つのは早いな」
「あなたは特にそうでしょうね。結婚してからいくつの花を手折ってきたのかしら」
「なんだ、今更文句か」
「いいえ、あなたの性癖を承知で結婚したのですから、何も文句はありません」
「性癖…趣味と言ってほしいな。ほら書いたぞ」
「ありがとうございます」
「礼には及ばん。そなたが素直に礼を言うなど気味が悪い」
「私はいつも素直ですわ」
「は、どうだか…女のくせに金儲けが好きなど、本当に変わった女だ」
「そのお陰であなたも好きなことが出来るのですから、文句はありませんでしょ」
バシッと何かを叩く音がして何か重いものが床に落ちる音がした。
「生意気な口をきくな! 誰のお陰で好きなことができると思っている」
音に驚いて一瞬目を開けてしまった。左頬を手にあてたまま床に尻もちを付いたロクサーヌさんが目に写った。
さっきの音は伯爵がロクサーヌさんの頬を叩き、叩かれたロクサーヌさんが床に倒れた音だった。
夫が妻に暴力を振るう。あんなに理不尽に暴力を振るう人がこの世にいることに恐ろしさが募る。幸いこっちに背を向けていて、私が起きていることに二人はまだ気づいていない。
ホッと息を吐き出し再びぎゅっと目を閉じた。叩いた伯爵も伯爵だが、暴力に慣れているのか少しも怯えたそぶりも見せないロクサーヌさんも恐ろしい。
アンセンヌ伯爵夫妻が私に何をするのかと想像するのが恐ろしかった。
「やっぱり…だめだよね」
窓には鉄格子。そして予想通り両開きの扉には鍵が掛かっている。
「持ち物を調べられなくて良かった」
護身用の短剣は、殺傷力は低いが何かあった時、意表をつくくらいはできるだろう。
結局ロクサーヌさんが私を呼び出した張本人だった。
でも手紙の内容については何もわからない。
「これからどうなるんだろう」
寝台に腰を降ろしてこれからのことを考える。
『ルヴェルタ』のあの従業員の死体はどうなったのか。私が運ばれる時にはまだあの場に放置されたままだった。
私を呼び出すために利用されたのだろうか。
邪魔になるから、用が済んだからと簡単に人の命を奪う冷酷さに身震いがする。
私を呼び出した手紙の内容はレオポルドのことかと思ったが、関係なかったのだろうか。
「でかしたぞ!」
扉の向こうから大きな声を出して慌ただしくこちらへ向かってくる男性の声が聞こえた。
持っていた短剣を体の下に隠して寝台に転がって寝た振りをした。
ガチャガチャと鍵を開ける音がしてバンと扉が開いた。
ドカドカとこちらに向かってくると、すぐそばでピタリと足音が止まった。
はあはあと息を荒げているその人物がじっと見つめているのが気配でわかる。
気がついていることを悟られないかどきどきする心臓の音が聞こえたらどうしよう。
「ふふ」
笑い声が漏れる。
「ははは、本当に…はは、さすがロクサーヌだ」
「私があなたの期待を裏切ったことがあったかしら」
少し離れた所からロクサーヌさんの声も聞こえた。
「そうだな、そなたは本当に出来た妻だ。腹が立つほどに」
ロクサーヌさんを妻だと言った。ということは、男性はアンセンヌ伯爵?
部屋の中にヒールの音が響く。ロクサーヌさんも部屋に入ってきたようだが、こちらではなく別の方向に歩いていく。
「コリーナ・フォン・ペトリ…あなたがご所望のレオポルド・ダッラ・スタエレンスの婚約者を連れてきたのですから、約束どおり私の要望もきいていただきますわ」
「わかっている。今すぐサインしてやる。ここに持ってきているのだろう」
「よくご存知ね」
「何年夫婦をやっていると思っている」
「三年…かしら」
ペンを走らせる音が聞こえる。ロクサーヌさんが持っていた書類か何かに伯爵が署名をしているのだろう。
「もうそんなになるか。月日の経つのは早いな」
「あなたは特にそうでしょうね。結婚してからいくつの花を手折ってきたのかしら」
「なんだ、今更文句か」
「いいえ、あなたの性癖を承知で結婚したのですから、何も文句はありません」
「性癖…趣味と言ってほしいな。ほら書いたぞ」
「ありがとうございます」
「礼には及ばん。そなたが素直に礼を言うなど気味が悪い」
「私はいつも素直ですわ」
「は、どうだか…女のくせに金儲けが好きなど、本当に変わった女だ」
「そのお陰であなたも好きなことが出来るのですから、文句はありませんでしょ」
バシッと何かを叩く音がして何か重いものが床に落ちる音がした。
「生意気な口をきくな! 誰のお陰で好きなことができると思っている」
音に驚いて一瞬目を開けてしまった。左頬を手にあてたまま床に尻もちを付いたロクサーヌさんが目に写った。
さっきの音は伯爵がロクサーヌさんの頬を叩き、叩かれたロクサーヌさんが床に倒れた音だった。
夫が妻に暴力を振るう。あんなに理不尽に暴力を振るう人がこの世にいることに恐ろしさが募る。幸いこっちに背を向けていて、私が起きていることに二人はまだ気づいていない。
ホッと息を吐き出し再びぎゅっと目を閉じた。叩いた伯爵も伯爵だが、暴力に慣れているのか少しも怯えたそぶりも見せないロクサーヌさんも恐ろしい。
アンセンヌ伯爵夫妻が私に何をするのかと想像するのが恐ろしかった。
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