嫁き遅れ令嬢の私がまさかの朝チュン 相手が誰か記憶がありません

七夜かなた

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幕間〜ロクサーヌ

6 ★ロクサーヌ2

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「あの、レオポルド…」
「明日からはまた勉学に励むことができます。今までありがとうございました。あなたとのお付き合いで女性をエスコートすることについても経験することができ、私にとっては有益な時間でした」
「あの、私は…」
「私の学友が何人かロクサーヌ殿を紹介してほしいと言っておりました。皆、気のいい優秀な友人です。もしよろしければご紹介したいと思っています。どうでしょうか」

私のことをロクサーヌと呼んでいたのに、なぜか語尾に「殿」が付いている。

「レオポルドのエスコートが完璧だったから…私もあなたのパートナーになれて楽しかったですわ。出来ればこれからもパートナーとして…」
「ロクサーヌ殿」

彼は私の言葉を遮った。これまで一度もなかったことだ。
いつも彼は私の話を熱心に聞き、時には頷き、的確にアドバイスしてくれた。
彼も私同様に会話を楽しんでくれていると思った。

「あなたには感謝している。お陰で女性とどのように接すれば喜んでもらえるか、母や姉妹とは違うこともわかり、勉強になった。正直、卒業パーティーは欠席してもいいと思っていたが、これから外交の分野で仕事をしていくために、女性のエスコートも完璧にできることを証明する必要があると助言をもらって、急遽参加することにしたのだ」

彼の言葉が難しくて頭に入ってこない。
昔は兄の教科書を兄よりも早く理解できていた。私は兄より優秀だと自分で自負していた。
兄は相変わらず凡人の域を出ない。

そして世の中には、凡人が必死で足掻いてやっと手に入れることのできる栄光を、苦もなく手にできる人がいることを知った。

彼はまさにその象徴だった。
加えて彼は見目が良い。
彼を手に入れることが私の成功だと確信していた。

「私は…あなたにとって他の女性とは別格でしょ?」
「何を持って別格と定義するかだが、それは家族に近いものなのか? それとも友人として?」
「そうね。友人よりは…家族に近いかしら…」

婚約者ならいずれは家族になる。

「私にとってあなたはダンスのパートナーに過ぎない。友人としてなら今後も会えば挨拶をさせてもらうが、これから私も忙しくなるでしょう。仕事を優先しなければならないこともある。友人としてのあなたにそれだけの価値があるのか些か疑問だ」
「私と会う時間を…作ってくれるつもりはないと」
「姉が君に今回のことを頼む時に条件は伝えたはずだ。君もそれを承知してくれていたのではないか?」
「それは…でも、あなただって、私と過ごす時間をとても楽しんで…」
「友人や家族の助言に従って私なりに工夫はした。情報収集と綿密な計画。そして相手の望むものが何かを考え饗す。外交を行う上でもいい経験ができた」
「私は…私はレオポルドが…レオポルドも私を…」

もう視界がぼやけて自分が何を言っているのかわからない。
すべては幻だったのか。彼の笑顔も心遣いも、すべては彼の技術が優れていただけで、私が勝手に勘違いしていたというのか。

「君に誤解させたのなら私の態度に問題があったのだろう。未熟故許して欲しい。だが、私は将来を約束するようなことは何も言わなかったと思うが、どのようなところで勘違いさせてしまったのか。参考に教えて欲しい」

確かに彼は自分の将来のことは語ったが、そこに私との未来があるようなことは匂わせたことはない。

「家族以外の女性をエスコートするのは初めてだったから少々過剰だったかもしれない。その点は申し訳なかった」
「そう思うなら、今からでも…」

友人たちはすでに婚約を決めた者が何人かいる。私もそうなると思っていた。

今の今まで彼にその気がなかったとしても、これから気持ちを向けてくれるなら、それでいいと恥を偲んで誘った。

「いずれは私も家のために結婚して子を設けなければならない。だが、今はまだそういう相手を決めたくないのだ。私はこれからまだまだ学び、自分の能力を活かせる場所を見つけたい。そのために全神経を注ぎたいと思っている。あなたとの時間はそれらを犠牲にするほどの価値はない」

バチーン

私は彼の左頬を勢いよく叩いた。

「ひどい人」
「叩いて気が済むならそれでいい。罵声も甘んじて聞こう。たが、仮に婚約したとしても、いずれは破棄となるのは目に見えている。そうして傷つくのはあなただ」
「私のためだというの?」

彼の言うことは間違っていない。
卒業パーティーのためだけのパートナーとしてなら、ただの友情で引き受けただけだと言い張ることができる。
けれど婚約して、結婚まで至らずに破断となったならそれは致命的な傷になる。

「それに、あなたも打算があったのではないか?」

バチーン
もう一度叩いた。

図星だった。彼がパートナーということで、私の矜持は満たされていた。
私が勝手に最初に聞いた条件を忘れて浮かれていただけだ。

「もう気が済んだのか」

彼の頬を叩いた手のひらがひりひりと痛む。人を叩いたことなど人生で初めてだ。それでも心の傷はもっと痛い。
同情を誘おうとしても、彼の菫色の瞳は冴え冴えとして、私に一片の好意すらないことがわかる。
何をしても彼の心は動かないことを悟った。

「あなたのことを恨みます」
「恨むのは勝手だが、私の気持ちをはっきり確かめもせず勝手に期待して、それが違ったからと逆恨みしているのはあなただ」
「あなたこそ、その綺麗な顔の下にあるのは凍てついた氷だと知れば皆幻滅するわね。その中にあなたが本当に好きだと思える人がいることを願うわ」
そして私は馬車を降りた。

彼との関係はその日を最後に途絶え、周りにはあくまでも卒業パーティーのパートナーだったと主張した。
最初の頃は私がのぼせ上がっていたのだと噂もされたが、次第に噂は立ち消えとなった。

やがて私はロドリオと結婚し、レオポルドは女性との噂を時折耳にしたが、誰とも婚約する気配を見せなかった。
私の呪いが通じたのだと思っていた矢先、彼の婚約の話が耳に入った。
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