冥府の花嫁

七夜かなた

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第五章 闇に蠢くものたち

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 早めの夕餉を済ませ夜の帳が降りると、柊椰を牛頭達が迎えにきた。

「若様、お嫁様、こんばんは」
「こんばんは」
「こ、こんばんは。牛頭さん、馬頭さん」

 袴姿が商家の丁稚のような二人に、杷佳は丁寧に挨拶をした。

「若様、これ」

 牛頭がどこから取り出したのか、太刀を柊椰に渡す。
 
「うん」

 柊椰は初めて会った時と同じ白と黒の着物を身に纏い、着物なのに革手袋を嵌めている。
 それを横から掴むと、柊椰は鞘から刀身を半分ほど引き抜く。
 良く磨がれた刃が、蝋燭の灯りにきらりと光る。

「では行ってくる。いつものように、帰りは待たなくていい」
「はい。どうかご無事で」

 何と声を掛けて良いかわからず、それだけ言う。

「ありがとう」

 彼は微笑んで牛頭達を伴い、闇の中に姿を消した。

「どうかご無事で」

 彼らが消えた闇を見つめ、杷佳は手を合わせて祈った。
 こうやって柊椰を送り出すようになって、五日ほどが経っていた。
 三日前に雨が降った夜も、柊椰は出かけていった。
 一晩中どこかにいき、夜明け前に帰ってきては、昼まで寝て過ごす。という日々を過ごしていた。
 杷佳は縫い物をしながら、彼の帰りを真夜中過ぎまで待つ。しかし起きていると柊椰が気を使うため、途中で横になってまんじりともせず夜を明かす。
 柊椰が昼近くまで寝ていることについて、まだ病み上がりだから、徐々に体を慣らしていけばいいと、言って柾椰達はそれを受け入れている。
 一体どこへ何をするために行くのかわからないが、太刀を持って行ったということは、それが必要なことなのだろう。
 見た目は子供だが、牛頭達が見かけとは違うことはわかる。そうでなければ夜の外出に同行させるわけがない。
 ざあーっと生温かい風が吹き、庭の木々がざわざわと靡く。空に昇った月は、良く見慣れた白いものではなく、赤みがかっている。
 いつも月に見える餅をつくウサギはいない。代わりにそこに見えた影は、どこか睨んでいる人の顔にも見えた。
 それが自分を折檻する叔父達の顔と重なり、杷佳の体が震えた。
 北辰家に来てからの穏やかな日々が、一瞬にして消え去り、繰り返し罵倒され、時には体を痛めつけられた日々が蘇って、きゅっと身を固くして目を閉じた。
 
 どうしてそんな記憶が蘇ったのか、理由はわかっている。
 今日、初めて杷佳は柊椰の母、楓に対面した。
 二人きりで会いたいという彼女の希望で、杷佳は一人で彼女に対面していた。

「お初にお目にかかります、杷佳と申します」

 楓は柊椰に長らく付き添っていたことで、自身も看病疲れから寝込んでしまっていた。
 常磐からそのことを聞いて、見舞いをと杷佳が申し出たが、それは不要だと柾椰や常磐、柊椰に言われたため、床上げをしてからの対面となった。
 脇息に左肘を置いてもたれかかった楓は、挨拶を済ませ開け放たれた障子の外で縁側に正座する杷佳を、暫く黙って見つめていた。
 
「あなたが…」
 
 病み上がりで少し痩けた頬の楓が杷佳を見る目は、決して優しくは無かった。

「よりにもよって…」

 静かな部屋に、そんな彼女の呟きが聞こえた。
 杷佳のことを心からは歓迎していない、そんな空気が彼女がひしひしと伝わってきた。

「旦那様も柊椰も、あなたを実家に帰すつもりはないそうです。私も鬼ではありません。あなたがご実家で辛い目にあったいたということは、耳にしています。そのような場所に帰すのは可哀想だとはわかっています」

 だが、息子の嫁として認めたわけでは無い。はっきり言わなかったが、彼女の心の声が聞こえてくるようだった。

「お心遣い感謝いたします」

 杷佳は再び頭を下げた。

「柊椰が、あなたのことを痛く気に入っています。常磐も気立ての良い子だと褒めていましたから、普通なら喜んでもいいのでしょうが、これまでは選択肢がありませんでしたが、今後はどうなるかわかりません」

 もう下がって良いわ。
 ほんの十分ほどの対面だった。
 
「大丈夫だったか?」
「ええ」

 部屋に戻った杷佳を心配して、柊椰が尋ねた。
 笑顔を無理矢理作ってそう言った。
 それが嘘だとわかっていたようだが、柊椰は杷佳の気持ちを察して何も言わなかった。
 背に腹は代えられないと杷佳を迎えたが、この先もっと良い相手が見つかれば、簡単に放り出されるかも知れない。楓の気持ちもわかる。自分が親だったら、杷佳のような者を嫁に欲しいと思わないだろう。
 そんな不安が、その夜杷佳を包み込んでいたのだった。
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