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第三章 婚姻の真実と謎の人物
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柊椰の療養のためにと用意された屋敷は、それほど広くなく使用人も少ない。
厨房を任された男性と、下働きの若い男女が一人ずつ。それと常磐の四人が住み込みで、後は人手がほしい時に、本宅から人が来ると言うことだった。
「表」と、常磐が言っている部分は、外からの客を迎える玄関、お勝手、続きになった大広間と、和室がいくつかと洋間がひとつ。杷佳が祝言を執り行った場所は大広間の半分を区切ったものだった。彼女のためにと用意された部屋もそこにあった。
そして「奥」と常磐が言った場所は廊下の奥にあった。そこに通じる扉は閂で閉ざされていた。
「この先が柊椰様の寝室になっております。いつもは閂はされておりませんが、今はこのように…」
今は柊椰の母親、楓の食事を日に三回運んでいるという。しかし、殆ど口を付けていないらしい。
「奥様のお体は大丈夫なのですか?」
最愛の息子を亡くし、どんなに意気消沈していることだろう。食事も満足に食べていないなら、彼女のほうが体を壊しそうだ。
一度も会ったことがないし、杷佳を嫁としては認めていない相手だが、気になって尋ねた。
「気にかけていただき、ありがとうございます。お嬢様の真心、奥様にお伝えいたします」
祖父が生きている間も、陰で杷佳のことを侮蔑する者はいた。祖父の死後は尚更で、室生家では息を潜めて生きてきた。
香苗がいたお陰で何とか耐えられた。
しかし、先程顔見世をして、挨拶を交わした人たちも、杷佳の容姿に最初は戸惑いを見せたが、常磐が大事な若奥様だからと言うと、おずおずしながらも頭を下げてくれた。
「皆様は、私の事情を…その、柊揶様のことも…」
「承知しています。ですから、彼らに遠慮はいりません。皆、口も固い者たちですから」
死んだ主の息子の花嫁という、何とも奇妙な立場になったものだと思いながら、冥婚で嫁いだ嫁は、大事にするのが習わしだという言葉は、とても嬉しかった。
「ご当主様や、皆様には私のような者にも、偏見なく接していただきました。それだけで、私は…」
しかし、室生家で染み付いた「自分なんか」という心癖は、なかなか抜けるものではない。ともすれば、背中を丸め小さくなってしまう。
「お嬢様」
「は、はい」
「生まれつきお体が弱いのは、神仏が何か理由があって、そうなさったことだと、常々柊揶様も仰られておりました」
「え…?」
「髪の色や体の痣については、お嬢様が望んでそうなったものではありません。ですから、そのことで卑屈になられる必要はありませんよ」
彼女のせいではない。
杷佳はこれまで、そんなふうに考えたことがなかった。
母の小百合は、父について何も思い出すことなく、この世を去った。
父とはどんな風に出会って、どんなやり取りがあって自分を身籠ったのか。
なぜ、自分の髪はこんな色なのか。
どうして父親は、名乗り出てこなかったのか。
どんな事情があったのか。自分は望まれて生まれてきたのではなかった。
きっと父親に捨てられたのだ。
そんなふうに、悲しみに暮れていた。
柾椰が言ったように、異国の人との間に生まれた混血も似たようなものだとしたら、自分の父親は外国人なのだろうか。
「柊椰様が…ご立派な方だったのですね。生きている間にお会いしたかったです」
病弱で、死と隣り合わせでありながら、そのように前向きな考えを持てる人なのだと聞いて、ひと目でも会いたかったと心から思った。
しかし、彼が亡くなったからこそ、杷佳に冥婚という形で、今回の話が回ってきたのだ。
普通であれば、自分が選ばれることなどない。
特殊な事情だからこそ、今ここにいる。
皮肉なものだと思った。
「自慢の若様でした。丈夫な身体以外はすべてお持ちの…」
健康でありさえすれば。常磐の口惜しさが伝わってきた。
厨房を任された男性と、下働きの若い男女が一人ずつ。それと常磐の四人が住み込みで、後は人手がほしい時に、本宅から人が来ると言うことだった。
「表」と、常磐が言っている部分は、外からの客を迎える玄関、お勝手、続きになった大広間と、和室がいくつかと洋間がひとつ。杷佳が祝言を執り行った場所は大広間の半分を区切ったものだった。彼女のためにと用意された部屋もそこにあった。
そして「奥」と常磐が言った場所は廊下の奥にあった。そこに通じる扉は閂で閉ざされていた。
「この先が柊椰様の寝室になっております。いつもは閂はされておりませんが、今はこのように…」
今は柊椰の母親、楓の食事を日に三回運んでいるという。しかし、殆ど口を付けていないらしい。
「奥様のお体は大丈夫なのですか?」
最愛の息子を亡くし、どんなに意気消沈していることだろう。食事も満足に食べていないなら、彼女のほうが体を壊しそうだ。
一度も会ったことがないし、杷佳を嫁としては認めていない相手だが、気になって尋ねた。
「気にかけていただき、ありがとうございます。お嬢様の真心、奥様にお伝えいたします」
祖父が生きている間も、陰で杷佳のことを侮蔑する者はいた。祖父の死後は尚更で、室生家では息を潜めて生きてきた。
香苗がいたお陰で何とか耐えられた。
しかし、先程顔見世をして、挨拶を交わした人たちも、杷佳の容姿に最初は戸惑いを見せたが、常磐が大事な若奥様だからと言うと、おずおずしながらも頭を下げてくれた。
「皆様は、私の事情を…その、柊揶様のことも…」
「承知しています。ですから、彼らに遠慮はいりません。皆、口も固い者たちですから」
死んだ主の息子の花嫁という、何とも奇妙な立場になったものだと思いながら、冥婚で嫁いだ嫁は、大事にするのが習わしだという言葉は、とても嬉しかった。
「ご当主様や、皆様には私のような者にも、偏見なく接していただきました。それだけで、私は…」
しかし、室生家で染み付いた「自分なんか」という心癖は、なかなか抜けるものではない。ともすれば、背中を丸め小さくなってしまう。
「お嬢様」
「は、はい」
「生まれつきお体が弱いのは、神仏が何か理由があって、そうなさったことだと、常々柊揶様も仰られておりました」
「え…?」
「髪の色や体の痣については、お嬢様が望んでそうなったものではありません。ですから、そのことで卑屈になられる必要はありませんよ」
彼女のせいではない。
杷佳はこれまで、そんなふうに考えたことがなかった。
母の小百合は、父について何も思い出すことなく、この世を去った。
父とはどんな風に出会って、どんなやり取りがあって自分を身籠ったのか。
なぜ、自分の髪はこんな色なのか。
どうして父親は、名乗り出てこなかったのか。
どんな事情があったのか。自分は望まれて生まれてきたのではなかった。
きっと父親に捨てられたのだ。
そんなふうに、悲しみに暮れていた。
柾椰が言ったように、異国の人との間に生まれた混血も似たようなものだとしたら、自分の父親は外国人なのだろうか。
「柊椰様が…ご立派な方だったのですね。生きている間にお会いしたかったです」
病弱で、死と隣り合わせでありながら、そのように前向きな考えを持てる人なのだと聞いて、ひと目でも会いたかったと心から思った。
しかし、彼が亡くなったからこそ、杷佳に冥婚という形で、今回の話が回ってきたのだ。
普通であれば、自分が選ばれることなどない。
特殊な事情だからこそ、今ここにいる。
皮肉なものだと思った。
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