冥府の花嫁

七夜かなた

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第三章 婚姻の真実と謎の人物

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「花嫁様、花嫁様、……様の花嫁様」
「花嫁様、綺麗、綺麗」

 まるで歌うように、楽しそうな子供らしい声が聞こえる。それも一人ではなさそうだ。

「こら、耳元でそのようにはしゃぐな。起きてしまうぞ」

 はしゃぐ子供たちを、誰か大人の男性が窘める。把佳には初めて聞く声だ。

(誰だろう)

 そう思い、起きようとするのだけど、まるで糊で固めたかのように瞼が動かない。

「……様、花嫁様、いつ起きる?」
「いつ起きる?」
「まだ少し寝かせてあげろ。きっと疲れたのだろう」 
「ん……」
 
 誰と誰が話しているのだろう。深い眠りからゆっくり把佳は浮上して、瞼を震わせた。

「ヒャッ」

 そんな悲鳴が聞こえ、バタバタと走り去る音がする。
 ようやく瞼が動き目を開けたが、見回しても周りに誰もいなかった。

「え、ここ…は?……いた」

 起きた部屋は、とても広い部屋だった。
 真新しく張り替えたばかりとわかる白い障子紙から、柔らかい日が差し込み、畳も新調したばかりなのか、イ草のいい香りがする。
 慌てて起きようとして、頭が痛んで思わず顔をしかめた。

「そうだわ、私、祝言の最中に…」

 三三九度の盃を飲んで、酔いが回って倒れたのを思い出し、青ざめる。
 何という失態。
 祝言の場であのようなことをしでかしては、いくら優しく把佳に接してくれていた北辰家ここの人たちでも、怒るか呆れてしまっただろう。
 いつの間にか花嫁衣装は脱がされ、美しい絹地の浴衣を着せられている。
 しかも寝ていた布団は、固い綿を詰めたいつもの煎餅布団ではなく、軽くてふわふわした肌触りの良い上質なものだ。

「どうしよう」

 ここまでの待遇をしてもらいながら、自分がしたことは酒に酔って、気絶したことだ。
 お前のような者は我が家に似つかわしくないと、祝言早々追い出されはしまいか。
 もしそうなったら、下働きでもいいから置いてほしいと頼めば、置いてくれるだろうか。
 そんなことを考えていると、足音がしてす~っと外に面した障子が開いた。

「あら、目が覚めたのですか?」
「常磐…さん」

 現れたのは常磐だった。

「ご、ごめんなさい、わ、私…なんてことを」

 彼女を見るなり杷佳は布団から飛び出し、すぐ脇に正座して頭を畳に擦り付けた。

「お酒を飲んでふらつくなど…」
「ふふ、お酒は初めてでしたか?」

 しかし頭を下げた杷佳の耳に入ってきたのは、罵りの言葉ではなく、愉快そうな声だった。

「頭をお上げください」

 近づいて常磐は杷佳の前に膝を着くと、肩に手を触れ顔を上げさせた。
 その顔には怒りは見えない。
 
「あの…」
「ご気分が良いならお食事をお持ちします。それから着替えましょう」
「だ、旦那様は…柊椰様…私、倒れて…」

 そう言いかけて、杷佳は倒れた時のことを思い出した。
 自分の夫となる柊椰がいた筈の場所には、人形が座らされていた。
 でもあれはお酒のせいで、杷佳が勘違いしたのかも知れない。 

「勘違いではありませんよ」

 しかし、杷佳の考えを悟った常磐がそう言った。

「え…?」

 驚いて彼女を見ると、悲しみに涙を浮かべ杷佳を見つめている。

「……食事をして、着替えて、それからお話を…旦那様がお待ちです」

 ゴクリと杷佳は唾を呑み込んだ。

 夫となる相手の代わりになぜ人形が置かれていたのか。いくら世間知らずだとしても、それが普通でないことはわかる。
 
「食事は…いりません。ごめんなさい。すぐにお会いしても構いませんか?」

 常磐には申し訳ないが、気になって食事どころでない。それにまだ少し胸がむかついていて、食べ物のことを聞いただけで胃液がこみ上げてくる。

「……わかりました。ではお召し替えを」

 常磐も杷佳の気持ちを理解して、頷いた。 
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