18 / 32
第三章 婚姻の真実と謎の人物
1
しおりを挟む
「花嫁様、花嫁様、……様の花嫁様」
「花嫁様、綺麗、綺麗」
まるで歌うように、楽しそうな子供らしい声が聞こえる。それも一人ではなさそうだ。
「こら、耳元でそのようにはしゃぐな。起きてしまうぞ」
はしゃぐ子供たちを、誰か大人の男性が窘める。把佳には初めて聞く声だ。
(誰だろう)
そう思い、起きようとするのだけど、まるで糊で固めたかのように瞼が動かない。
「……様、花嫁様、いつ起きる?」
「いつ起きる?」
「まだ少し寝かせてあげろ。きっと疲れたのだろう」
「ん……」
誰と誰が話しているのだろう。深い眠りからゆっくり把佳は浮上して、瞼を震わせた。
「ヒャッ」
そんな悲鳴が聞こえ、バタバタと走り去る音がする。
ようやく瞼が動き目を開けたが、見回しても周りに誰もいなかった。
「え、ここ…は?……いた」
起きた部屋は、とても広い部屋だった。
真新しく張り替えたばかりとわかる白い障子紙から、柔らかい日が差し込み、畳も新調したばかりなのか、イ草のいい香りがする。
慌てて起きようとして、頭が痛んで思わず顔をしかめた。
「そうだわ、私、祝言の最中に…」
三三九度の盃を飲んで、酔いが回って倒れたのを思い出し、青ざめる。
何という失態。
祝言の場であのようなことをしでかしては、いくら優しく把佳に接してくれていた北辰家の人たちでも、怒るか呆れてしまっただろう。
いつの間にか花嫁衣装は脱がされ、美しい絹地の浴衣を着せられている。
しかも寝ていた布団は、固い綿を詰めたいつもの煎餅布団ではなく、軽くてふわふわした肌触りの良い上質なものだ。
「どうしよう」
ここまでの待遇をしてもらいながら、自分がしたことは酒に酔って、気絶したことだ。
お前のような者は我が家に似つかわしくないと、祝言早々追い出されはしまいか。
もしそうなったら、下働きでもいいから置いてほしいと頼めば、置いてくれるだろうか。
そんなことを考えていると、足音がしてす~っと外に面した障子が開いた。
「あら、目が覚めたのですか?」
「常磐…さん」
現れたのは常磐だった。
「ご、ごめんなさい、わ、私…なんてことを」
彼女を見るなり杷佳は布団から飛び出し、すぐ脇に正座して頭を畳に擦り付けた。
「お酒を飲んでふらつくなど…」
「ふふ、お酒は初めてでしたか?」
しかし頭を下げた杷佳の耳に入ってきたのは、罵りの言葉ではなく、愉快そうな声だった。
「頭をお上げください」
近づいて常磐は杷佳の前に膝を着くと、肩に手を触れ顔を上げさせた。
その顔には怒りは見えない。
「あの…」
「ご気分が良いならお食事をお持ちします。それから着替えましょう」
「だ、旦那様は…柊椰様…私、倒れて…」
そう言いかけて、杷佳は倒れた時のことを思い出した。
自分の夫となる柊椰がいた筈の場所には、人形が座らされていた。
でもあれはお酒のせいで、杷佳が勘違いしたのかも知れない。
「勘違いではありませんよ」
しかし、杷佳の考えを悟った常磐がそう言った。
「え…?」
驚いて彼女を見ると、悲しみに涙を浮かべ杷佳を見つめている。
「……食事をして、着替えて、それからお話を…旦那様がお待ちです」
ゴクリと杷佳は唾を呑み込んだ。
夫となる相手の代わりになぜ人形が置かれていたのか。いくら世間知らずだとしても、それが普通でないことはわかる。
「食事は…いりません。ごめんなさい。すぐにお会いしても構いませんか?」
常磐には申し訳ないが、気になって食事どころでない。それにまだ少し胸がむかついていて、食べ物のことを聞いただけで胃液がこみ上げてくる。
「……わかりました。ではお召し替えを」
常磐も杷佳の気持ちを理解して、頷いた。
「花嫁様、綺麗、綺麗」
まるで歌うように、楽しそうな子供らしい声が聞こえる。それも一人ではなさそうだ。
「こら、耳元でそのようにはしゃぐな。起きてしまうぞ」
はしゃぐ子供たちを、誰か大人の男性が窘める。把佳には初めて聞く声だ。
(誰だろう)
そう思い、起きようとするのだけど、まるで糊で固めたかのように瞼が動かない。
「……様、花嫁様、いつ起きる?」
「いつ起きる?」
「まだ少し寝かせてあげろ。きっと疲れたのだろう」
「ん……」
誰と誰が話しているのだろう。深い眠りからゆっくり把佳は浮上して、瞼を震わせた。
「ヒャッ」
そんな悲鳴が聞こえ、バタバタと走り去る音がする。
ようやく瞼が動き目を開けたが、見回しても周りに誰もいなかった。
「え、ここ…は?……いた」
起きた部屋は、とても広い部屋だった。
真新しく張り替えたばかりとわかる白い障子紙から、柔らかい日が差し込み、畳も新調したばかりなのか、イ草のいい香りがする。
慌てて起きようとして、頭が痛んで思わず顔をしかめた。
「そうだわ、私、祝言の最中に…」
三三九度の盃を飲んで、酔いが回って倒れたのを思い出し、青ざめる。
何という失態。
祝言の場であのようなことをしでかしては、いくら優しく把佳に接してくれていた北辰家の人たちでも、怒るか呆れてしまっただろう。
いつの間にか花嫁衣装は脱がされ、美しい絹地の浴衣を着せられている。
しかも寝ていた布団は、固い綿を詰めたいつもの煎餅布団ではなく、軽くてふわふわした肌触りの良い上質なものだ。
「どうしよう」
ここまでの待遇をしてもらいながら、自分がしたことは酒に酔って、気絶したことだ。
お前のような者は我が家に似つかわしくないと、祝言早々追い出されはしまいか。
もしそうなったら、下働きでもいいから置いてほしいと頼めば、置いてくれるだろうか。
そんなことを考えていると、足音がしてす~っと外に面した障子が開いた。
「あら、目が覚めたのですか?」
「常磐…さん」
現れたのは常磐だった。
「ご、ごめんなさい、わ、私…なんてことを」
彼女を見るなり杷佳は布団から飛び出し、すぐ脇に正座して頭を畳に擦り付けた。
「お酒を飲んでふらつくなど…」
「ふふ、お酒は初めてでしたか?」
しかし頭を下げた杷佳の耳に入ってきたのは、罵りの言葉ではなく、愉快そうな声だった。
「頭をお上げください」
近づいて常磐は杷佳の前に膝を着くと、肩に手を触れ顔を上げさせた。
その顔には怒りは見えない。
「あの…」
「ご気分が良いならお食事をお持ちします。それから着替えましょう」
「だ、旦那様は…柊椰様…私、倒れて…」
そう言いかけて、杷佳は倒れた時のことを思い出した。
自分の夫となる柊椰がいた筈の場所には、人形が座らされていた。
でもあれはお酒のせいで、杷佳が勘違いしたのかも知れない。
「勘違いではありませんよ」
しかし、杷佳の考えを悟った常磐がそう言った。
「え…?」
驚いて彼女を見ると、悲しみに涙を浮かべ杷佳を見つめている。
「……食事をして、着替えて、それからお話を…旦那様がお待ちです」
ゴクリと杷佳は唾を呑み込んだ。
夫となる相手の代わりになぜ人形が置かれていたのか。いくら世間知らずだとしても、それが普通でないことはわかる。
「食事は…いりません。ごめんなさい。すぐにお会いしても構いませんか?」
常磐には申し訳ないが、気になって食事どころでない。それにまだ少し胸がむかついていて、食べ物のことを聞いただけで胃液がこみ上げてくる。
「……わかりました。ではお召し替えを」
常磐も杷佳の気持ちを理解して、頷いた。
10
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる