冥府の花嫁

七夜かなた

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第二章 奇妙な婚礼

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(なんだか変な祝言ね)

 そう杷佳は思った。もちろん口には出さないし、綿帽子を被っているので、表情を見られることもない。
 それにとは思っても、普通の祝言がどんなものなのか、まるで知識がない上に見たこともないので、何が変なのかと具体的に上げることもできない。

「これより北辰柊椰と室生杷佳の祝言を執り行う」

 北辰家現当主柾椰の発言とともに、襖が開いて祝いの膳が運ばれてきて、それぞれの前に置かれた。
 黒い漆塗りの膳の上には、赤い塗りの小皿や椀、陶器の小鉢などが乗り、お頭付きの焼き小鯛や、青菜のおひたし、煮物にお造りなどが並べられていられる。

(すごいご馳走)

 祖父が亡くなってからの杷佳の食事は緩いお粥とたくあん、それから野菜の切れ端などを放り込んだ味噌汁が主だった。
 叔父たちはもちろん白く輝く白米に、焼き魚や卵焼き、時には肉などを食べていた。

(食べていいのかしら?)

 そっと向こう側に座る柾椰の方を盗み見ると、見越と酒を酌み交わしながら、時折膳のものを口にしている。
 しかし、隣にいる自分の夫となる柊椰は、食べるつもりはないのか、動く気配がなかった。
 というより、さっきからまったく動いていない気がする。
 その上、聞こえてくる筈の息遣いも、何ひとつ聞こえてこないのだ。
 手を伸ばせばすぐ触れるほど近くにいるのに、呼吸すら聞こえない。
 どれほど息を押し殺せば、そうなるのだろう。

「若様、どうぞ」

 常磐が隣に声をかけ、小盆に乗せた金杯に酒を注いだ。
 しかし柊椰は杯に手を伸ばすどころか、返事すらしない。

(どうして返事をしないの?)

 ありがとうのひと言もないことに、杷佳は柊揶の態度を増々不審に思った。意気揚々とおしゃべりをされても困るが、返事くらいはするべきではないのか。

(もしかして、言葉がご不自由なのかしら)

 話したくても話せないというなら、合点が行く。

(もしそうなら、私を花嫁にというのも納得だわ)

 所謂。いくら財力があって、名家の御曹司と言えど、体のどこかに何かなけれぱ杷佳を花嫁にとは思わないだろう。
 鬼子と言われる杷佳なら、娶るだけで有り難いと思い、たとえ相手に何かあったとしても、文句は言わないだろう。

 そういうことなのかも知れない。

(そういうことなら、納得だわ)

 杷佳はこの話がどうして自分に来たのか、話を聞いたときから思っていた。
 何かの間違いだろうとも思ったが、見越や常磐、それに当主の柾椰の態度から、そうではないことが窺える。
 なら、なぜ? と思っていたが、そういうことなら、それはそれで少しほっとした。

「どうぞ、お嬢様」

 そんなことを考えていると、常磐が杷佳の前に金杯を乗せた盆を置いた。

「えっと…」
「両手で持って胸の辺りまで持ち上げてください」

 柊椰が何もしなかったので、作法がわからず戸惑っていると、常磐が指示を出した。

「す、すみません」
「大丈夫ですよ」

 謝る杷佳に、常磐は目くじらも立てず微笑んだ。

「初めてなんだから、仕方がない」
「そうですよ」

 柾椰も見越も笑ってくれた。
 これが室生家ならどんなきつい言葉浴びせらたかからない。

「お酒…」

 杯に注がれたのは透明な液体を見て、杷佳が呟いた。
 酒などこれまで口にしたことがない。
 自分が飲める体質なのかもわからない。
 ただ独特な香りが彼女の鼻に漂ってきたきた。
 隣の柊椰はまったく手を付けなかったので、自分も飲まないということが出来るのではと思ったが、彼と自分は立場が違う。
 祝いの酒を口にしなかったとなれば、この祝言に不満があるのかと思われるかも知れない。

 そう考えて、彼女は恐る恐る杯を口元に引き寄せ、口に含んだ。

 初めての酒は舌にピリリとして、冷たいのに喉を通ってお腹に入ると、途端に体がかっと火照った。

(これがお酒…)

 叔父が良く好んで口にしていたし、「うまい」と舌鼓を打っていたので、そこそこ美味しいのだろうと思っていたが、とても美味しいとは思えない。
 しかし出されたものは残しては申し訳ないと、何とか頑張って残りを飲み干した。

「ほう、杷佳さんはいける口かな」

 柾椰がそれを見て言った。

「いえ…」
「形式だから、少し口を付けるだけで良かったのに、飲みきったのですね」
「え、そ、そうなのですか? す、すみません。私…よく存じませんで…」

 見越の言葉に、杷佳は自分の無知を恥ずかしく思った。
 慌てて頭を下げて謝った。
 さすがに今回は怒られるのを覚悟した。

「いい、いい、他に人もいないし、気にすることはない」

 柾椰はそう言って笑い飛ばした。

「で、でも…」
 
 怒られると思っていたのに、今回も違ったことに杷佳はまたもや戸惑う。
 しかし、いきなり頭を下げたのが悪かったのか、くらりと目眩がして、杷佳の体は右隣の柊椰の方へ傾いだ。

「あ…!」
「杷佳さん!」
「お嬢様」

 驚いた常磐や柾揶たちが声を上げた。
 杷佳も咄嗟に手をつこうとしたが、目が霞んで目標を見失った杷佳は、そのまま右隣に倒れ込んだ。

「す、すみませ…え?」

 ぐにゃりと何か柔らかいものの上に、自分の体が受け止められたのがわかった。
 
「………!!!」

 顔を上げた杷佳は、自分が何の上に倒れたのかを知って、驚きに目を瞠った。

 自分の隣に鎮座していたのは、自分の夫となる北辰柊椰ではなく、紋付き袴を身に纏った人形だった。
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