17 / 42
第二章 奇妙な婚礼
7
しおりを挟む
(なんだか変な祝言ね)
そう杷佳は思った。もちろん口には出さないし、綿帽子を被っているので、表情を見られることもない。
それに変なとは思っても、普通の祝言がどんなものなのか、まるで知識がない上に見たこともないので、何が変なのかと具体的に上げることもできない。
「これより北辰柊椰と室生杷佳の祝言を執り行う」
北辰家現当主柾椰の発言とともに、襖が開いて祝いの膳が運ばれてきて、それぞれの前に置かれた。
黒い漆塗りの膳の上には、赤い塗りの小皿や椀、陶器の小鉢などが乗り、お頭付きの焼き小鯛や、青菜のおひたし、煮物にお造りなどが並べられていられる。
(すごいご馳走)
祖父が亡くなってからの杷佳の食事は緩いお粥とたくあん、それから野菜の切れ端などを放り込んだ味噌汁が主だった。
叔父たちはもちろん白く輝く白米に、焼き魚や卵焼き、時には肉などを食べていた。
(食べていいのかしら?)
そっと向こう側に座る柾椰の方を盗み見ると、見越と酒を酌み交わしながら、時折膳のものを口にしている。
しかし、隣にいる自分の夫となる柊椰は、食べるつもりはないのか、動く気配がなかった。
というより、さっきからまったく動いていない気がする。
その上、聞こえてくる筈の息遣いも、何ひとつ聞こえてこないのだ。
手を伸ばせばすぐ触れるほど近くにいるのに、呼吸すら聞こえない。
どれほど息を押し殺せば、そうなるのだろう。
「若様、どうぞ」
常磐が隣に声をかけ、小盆に乗せた金杯に酒を注いだ。
しかし柊椰は杯に手を伸ばすどころか、返事すらしない。
(どうして返事をしないの?)
ありがとうのひと言もないことに、杷佳は柊揶の態度を増々不審に思った。意気揚々とおしゃべりをされても困るが、返事くらいはするべきではないのか。
(もしかして、言葉がご不自由なのかしら)
話したくても話せないというなら、合点が行く。
(もしそうなら、私を花嫁にというのも納得だわ)
所謂訳あり。いくら財力があって、名家の御曹司と言えど、体のどこかに何かなけれぱ杷佳を花嫁にとは思わないだろう。
鬼子と言われる杷佳なら、娶るだけで有り難いと思い、たとえ相手に何かあったとしても、文句は言わないだろう。
そういうことなのかも知れない。
(そういうことなら、納得だわ)
杷佳はこの話がどうして自分に来たのか、話を聞いたときから思っていた。
何かの間違いだろうとも思ったが、見越や常磐、それに当主の柾椰の態度から、そうではないことが窺える。
なら、なぜ? と思っていたが、そういうことなら、それはそれで少しほっとした。
「どうぞ、お嬢様」
そんなことを考えていると、常磐が杷佳の前に金杯を乗せた盆を置いた。
「えっと…」
「両手で持って胸の辺りまで持ち上げてください」
柊椰が何もしなかったので、作法がわからず戸惑っていると、常磐が指示を出した。
「す、すみません」
「大丈夫ですよ」
謝る杷佳に、常磐は目くじらも立てず微笑んだ。
「初めてなんだから、仕方がない」
「そうですよ」
柾椰も見越も笑ってくれた。
これが室生家ならどんなきつい言葉浴びせらたかからない。
「お酒…」
杯に注がれたのは透明な液体を見て、杷佳が呟いた。
酒などこれまで口にしたことがない。
自分が飲める体質なのかもわからない。
ただ独特な香りが彼女の鼻に漂ってきたきた。
隣の柊椰はまったく手を付けなかったので、自分も飲まないということが出来るのではと思ったが、彼と自分は立場が違う。
祝いの酒を口にしなかったとなれば、この祝言に不満があるのかと思われるかも知れない。
そう考えて、彼女は恐る恐る杯を口元に引き寄せ、口に含んだ。
初めての酒は舌にピリリとして、冷たいのに喉を通ってお腹に入ると、途端に体がかっと火照った。
(これがお酒…)
叔父が良く好んで口にしていたし、「うまい」と舌鼓を打っていたので、そこそこ美味しいのだろうと思っていたが、とても美味しいとは思えない。
しかし出されたものは残しては申し訳ないと、何とか頑張って残りを飲み干した。
「ほう、杷佳さんはいける口かな」
柾椰がそれを見て言った。
「いえ…」
「形式だから、少し口を付けるだけで良かったのに、飲みきったのですね」
「え、そ、そうなのですか? す、すみません。私…よく存じませんで…」
見越の言葉に、杷佳は自分の無知を恥ずかしく思った。
慌てて頭を下げて謝った。
さすがに今回は怒られるのを覚悟した。
「いい、いい、他に人もいないし、気にすることはない」
柾椰はそう言って笑い飛ばした。
「で、でも…」
怒られると思っていたのに、今回も違ったことに杷佳はまたもや戸惑う。
しかし、いきなり頭を下げたのが悪かったのか、くらりと目眩がして、杷佳の体は右隣の柊椰の方へ傾いだ。
「あ…!」
「杷佳さん!」
「お嬢様」
驚いた常磐や柾揶たちが声を上げた。
杷佳も咄嗟に手をつこうとしたが、目が霞んで目標を見失った杷佳は、そのまま右隣に倒れ込んだ。
「す、すみませ…え?」
ぐにゃりと何か柔らかいものの上に、自分の体が受け止められたのがわかった。
「………!!!」
顔を上げた杷佳は、自分が何の上に倒れたのかを知って、驚きに目を瞠った。
自分の隣に鎮座していたのは、自分の夫となる北辰柊椰ではなく、紋付き袴を身に纏った人形だった。
そう杷佳は思った。もちろん口には出さないし、綿帽子を被っているので、表情を見られることもない。
それに変なとは思っても、普通の祝言がどんなものなのか、まるで知識がない上に見たこともないので、何が変なのかと具体的に上げることもできない。
「これより北辰柊椰と室生杷佳の祝言を執り行う」
北辰家現当主柾椰の発言とともに、襖が開いて祝いの膳が運ばれてきて、それぞれの前に置かれた。
黒い漆塗りの膳の上には、赤い塗りの小皿や椀、陶器の小鉢などが乗り、お頭付きの焼き小鯛や、青菜のおひたし、煮物にお造りなどが並べられていられる。
(すごいご馳走)
祖父が亡くなってからの杷佳の食事は緩いお粥とたくあん、それから野菜の切れ端などを放り込んだ味噌汁が主だった。
叔父たちはもちろん白く輝く白米に、焼き魚や卵焼き、時には肉などを食べていた。
(食べていいのかしら?)
そっと向こう側に座る柾椰の方を盗み見ると、見越と酒を酌み交わしながら、時折膳のものを口にしている。
しかし、隣にいる自分の夫となる柊椰は、食べるつもりはないのか、動く気配がなかった。
というより、さっきからまったく動いていない気がする。
その上、聞こえてくる筈の息遣いも、何ひとつ聞こえてこないのだ。
手を伸ばせばすぐ触れるほど近くにいるのに、呼吸すら聞こえない。
どれほど息を押し殺せば、そうなるのだろう。
「若様、どうぞ」
常磐が隣に声をかけ、小盆に乗せた金杯に酒を注いだ。
しかし柊椰は杯に手を伸ばすどころか、返事すらしない。
(どうして返事をしないの?)
ありがとうのひと言もないことに、杷佳は柊揶の態度を増々不審に思った。意気揚々とおしゃべりをされても困るが、返事くらいはするべきではないのか。
(もしかして、言葉がご不自由なのかしら)
話したくても話せないというなら、合点が行く。
(もしそうなら、私を花嫁にというのも納得だわ)
所謂訳あり。いくら財力があって、名家の御曹司と言えど、体のどこかに何かなけれぱ杷佳を花嫁にとは思わないだろう。
鬼子と言われる杷佳なら、娶るだけで有り難いと思い、たとえ相手に何かあったとしても、文句は言わないだろう。
そういうことなのかも知れない。
(そういうことなら、納得だわ)
杷佳はこの話がどうして自分に来たのか、話を聞いたときから思っていた。
何かの間違いだろうとも思ったが、見越や常磐、それに当主の柾椰の態度から、そうではないことが窺える。
なら、なぜ? と思っていたが、そういうことなら、それはそれで少しほっとした。
「どうぞ、お嬢様」
そんなことを考えていると、常磐が杷佳の前に金杯を乗せた盆を置いた。
「えっと…」
「両手で持って胸の辺りまで持ち上げてください」
柊椰が何もしなかったので、作法がわからず戸惑っていると、常磐が指示を出した。
「す、すみません」
「大丈夫ですよ」
謝る杷佳に、常磐は目くじらも立てず微笑んだ。
「初めてなんだから、仕方がない」
「そうですよ」
柾椰も見越も笑ってくれた。
これが室生家ならどんなきつい言葉浴びせらたかからない。
「お酒…」
杯に注がれたのは透明な液体を見て、杷佳が呟いた。
酒などこれまで口にしたことがない。
自分が飲める体質なのかもわからない。
ただ独特な香りが彼女の鼻に漂ってきたきた。
隣の柊椰はまったく手を付けなかったので、自分も飲まないということが出来るのではと思ったが、彼と自分は立場が違う。
祝いの酒を口にしなかったとなれば、この祝言に不満があるのかと思われるかも知れない。
そう考えて、彼女は恐る恐る杯を口元に引き寄せ、口に含んだ。
初めての酒は舌にピリリとして、冷たいのに喉を通ってお腹に入ると、途端に体がかっと火照った。
(これがお酒…)
叔父が良く好んで口にしていたし、「うまい」と舌鼓を打っていたので、そこそこ美味しいのだろうと思っていたが、とても美味しいとは思えない。
しかし出されたものは残しては申し訳ないと、何とか頑張って残りを飲み干した。
「ほう、杷佳さんはいける口かな」
柾椰がそれを見て言った。
「いえ…」
「形式だから、少し口を付けるだけで良かったのに、飲みきったのですね」
「え、そ、そうなのですか? す、すみません。私…よく存じませんで…」
見越の言葉に、杷佳は自分の無知を恥ずかしく思った。
慌てて頭を下げて謝った。
さすがに今回は怒られるのを覚悟した。
「いい、いい、他に人もいないし、気にすることはない」
柾椰はそう言って笑い飛ばした。
「で、でも…」
怒られると思っていたのに、今回も違ったことに杷佳はまたもや戸惑う。
しかし、いきなり頭を下げたのが悪かったのか、くらりと目眩がして、杷佳の体は右隣の柊椰の方へ傾いだ。
「あ…!」
「杷佳さん!」
「お嬢様」
驚いた常磐や柾揶たちが声を上げた。
杷佳も咄嗟に手をつこうとしたが、目が霞んで目標を見失った杷佳は、そのまま右隣に倒れ込んだ。
「す、すみませ…え?」
ぐにゃりと何か柔らかいものの上に、自分の体が受け止められたのがわかった。
「………!!!」
顔を上げた杷佳は、自分が何の上に倒れたのかを知って、驚きに目を瞠った。
自分の隣に鎮座していたのは、自分の夫となる北辰柊椰ではなく、紋付き袴を身に纏った人形だった。
10
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

下っ端妃は逃げ出したい
都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー
庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。
そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。
しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる