冥府の花嫁

七夜かなた

文字の大きさ
上 下
16 / 42
第二章 奇妙な婚礼

6

しおりを挟む
 常磐に連れて行かれたのは、風呂場だった。
 そこには他に二人の女中が待っていた。

「まずは湯浴みを」
「あ、あの」

 着ていた質素な着物も下着もすべて脱がされた。

「あ…」
「み、見ないで」

 杷佳は、顕になった肌を隠そうと腕を回した。
 さっと隠した杷佳の胸の中央には、生まれつき痣があった。
 それが彼女が忌み嫌われるもうひとつの理由だった。
 それはまるで炎のようにも、彼岸花のようにも見えた。

「わ、私…」
「さあ、早く支度を」

 しかし常磐はそれには動じず、黙々と作業をこなした。

「あ、あの…」
「生まれつきと窺っています」
「え」

 常磐の言葉に、ぎゅっと身を縮こまらせていた力を緩めた。

「北辰家に迎えるにあたり、お嬢さんの事情は熟知しております」
「し…知って…」
「あなた様の事情について、旦那様は問題なしと判断されました。故に、気になさる必要はございません。すべては柊椰様のためです。あなたも北辰家に嫁ぐからには、そのことをよく胸に刻んでください」
「北辰…柊椰様」
 
 まだ見たこともない、自分の夫になる人物の名を呟いた。
 
「あなたは柊椰様の花嫁に選ばれた。私共にとって大事なのはそれだけです。あなたの事情は関係ありません」

 淡々と語る常磐が、本当は何を思っているのかわからない。
 だが、彼女も他の二人も、感情的に杷佳を殴ったり怒鳴ることもない。
 ただ、与えられた職務を全うするべく、ここにいるだけなのだ。

『すべては柊椰様のため』

 彼女たちが杷佳に親切なのは、彼女がその人の花嫁だからだ。
 まだ見ぬその相手がどのような人なのかわからないが、常磐は彼をとても大事に思っているのは確かだ。
 そして、その花嫁の自分のことも、事情を知っていながら、受け入れてくれるのだ。



「これは、なかなかの花嫁御寮だ。そう思いませんか、常盤さん」

 見越が支度を終えた杷佳を見て、褒め称えた。
 あまりに大袈裟すぎて、杷佳は綿帽子の中で恥ずかしそうに俯いた。

 あれから湯浴みを終えると、次に案内された部屋には、白無垢が用意されていた。

 白粉をはたき、紅を引いて髪を結い上げる。
 赤い髪に綿帽子を被せて、杷佳の支度は出来上がった。
 支度を終えた頃、見越が迎えに来た。
 正座して座敷で待っていた杷佳の姿を見て、その出来映えに満足している様子だ。

「見越様が気に入っても、柊椰様がお気に召さなければ、どうしようもありません」
「もちろんそうだが。きっとお気に召すだろう」

 本当に見越の言うとおりならいいのにと、杷佳は思った。
 常磐やここの人たちが彼女に優しいのは、北辰柊椰の花嫁だからだ。
 しかし、柊椰本人が彼女を気に入らなかった場合は、どうなるのだろう。
 
「大丈夫。気を楽に」

 見越が杷佳の不安を察したのか、そう言った。

「見越様は、どうして私に親切にしてくださるのですか?」

 殆ど見ず知らずの見越が、ここまでしてくれるのは何故だろう。

「北辰家のためですか?」
「それもありますが、あなたのことも気に入っています」
「でも…私は」

 そう言われても、これまで杷佳が接してきた人たちの大半は杷佳のことを疎んじてきたので、人から好意的に見られることに慣れていない。

「さあ、こちらへ。旦那様がお待ちです」
「旦那様? ということは…」
「柊椰様のお父上。現在の北辰家の主、柾椰様です。あなたの舅になる方です」

 廊下を進み、辿り着いた部屋の襖を、見越が開いた。

 そこは既に祝言の支度が整っていた。

「来たか」

 紋付袴を着て、こちらに背を向けて座っていた人物が振り返った。
 その向こうも一人黒い紋付きを着た人物が見えた。

「は、はじめまして、杷、杷佳と申します」

 慌てて杷佳は正座して、両手を着いて頭を下げた。一瞬だったので、こちらを振り返った人物の顔も、その向こうにいた人の顔もはっきり見えなかった。
 
「北辰柾椰だ」

 威厳のある声が頭の上から聞こえてきた。

「さあ、花嫁はこちらへ」

 後ろから付いてきた常磐が杷佳の手を引く。
 杷佳は転ばないよう着物の裾を気遣いながら、俯き加減に歩いて、金屏風の前に敷かれた座布団に座った。
 
(この方が…柊椰様)

 綿帽子の縁からこっそり隣を窺うが、そこから見えるのは着物の襟元だけ。
 はっきり頭を上げるわけにもいかず、杷佳は膝の上に置いた手をもじもじとさせた。

「柊椰の母親は、体の具合が良くない。それ故、祝言には立ち会えない」
「は、はい、承知いたしました」

 祝言など見たこともないない杷佳は、今から行われる自分の祝言が、他とどう違うかさえわからない。
 
「わ、わたしも、両親はおりません。叔父も参列しないと…」
「室生家には、望むならと申し伝えていたが、そういうことなら無理にとは言わない」

 これが麻希なら、何をおいても参列しただろうが、自分の室生家での待遇がどういうものか知られ、今更ながら恥ずかしく思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。 仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。 ◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪ ◇全三話予約投稿済みです

隠された第四皇女

山田ランチ
ファンタジー
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

ルナール古書店の秘密

志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。  その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。  それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。  そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。  先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。  表紙は写真ACより引用しています

蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい
ファンタジー
 メソポタミア辺りのオリエント神話がモチーフの、ダークな異能バトルものローファンタジーです。以下あらすじ  超能力を持つ男子高校生、鎮神は独自の信仰を持つ二ツ河島へ連れて来られて自身のの父方が二ツ河島の信仰を統べる一族であったことを知らされる。そして鎮神は、異母姉(兄?)にあたる両性具有の美形、宇津僚真祈に結婚を迫られて島に拘束される。  同時期に、島と関わりがある赤い瞳の青年、赤松深夜美は、二ツ河島の信仰に興味を持ったと言って宇津僚家のハウスキーパーとして住み込みで働き始める。しかし彼も能力を秘めており、暗躍を始める。

メイドから家庭教師にジョブチェンジ~特殊能力持ち貧乏伯爵令嬢の話~

Na20
恋愛
ローガン公爵家でメイドとして働いているイリア。今日も洗濯物を干しに行こうと歩いていると茂みからこどもの泣き声が聞こえてきた。なんだかんだでほっとけないイリアによる秘密の特訓が始まるのだった。そしてそれが公爵様にバレてメイドをクビになりそうになったが… ※恋愛要素ほぼないです。続きが書ければ恋愛要素があるはずなので恋愛ジャンルになっています。 ※設定はふんわり、ご都合主義です 小説家になろう様でも掲載しています

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

処理中です...