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第一章 鬼子
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「あらあら、香苗さんそんな食事抜きなんて、厳しいわね」
香苗に叱責されている杷佳を見て、麻希は同情らしき言葉を口にしたが、その表情は愉快そうだ。
「も、申し訳ありません、香苗さん、すぐに…」
「さっさとしなさい」
「は、はい…あの、お嬢様、わたしはこれで…」
杷佳は香苗に急き立てられるように、勝手口へと走っていった。
「ふう…」
勝手口には、さっきまで使っていた箒と塵取りが放置されていた。
「痛い…」
ズキズキと額が痛む。杷佳は井戸から水を汲むと、桶に張った水面に映る自分の顔を覗き込んだ。
水面に映った彼女の額には瘤のようなものが出来ていた。香苗が驚いたのも無理はない。
濡らして瘤を冷やそうと、杷佳は被っていた布を外した。
すると水面が赤く色付いた。
「どうして、わたしの髪はこんな色なんだろう…」
そこには紅葉のように赤い髪をした自分が映っていた。
杷佳の母、小百合はそれはそれは評判の美人だったと聞く。
美人なだけでなく気立ても良く、両親は目の中に入れても痛くないほどに娘を溺愛した。
本来なら家は小百合のひとつ歳下の、長男の智之に継がせるところだが、両親は娘を嫁に出したくないがために、いずれ娘に婿を取らせて継がせようとしていたらしい。
当然、叔父は面白く思わない。
弟のことを気遣って、姉は何かと弟を庇っていたが、それがかえって彼を下に見ていると取られたようだ。
杷佳を折檻する際、叔父はいつもそう言っていた。
しかし、ある時小百合はこつ然と姿を消した。
それは小百合が二十歳になる頃のこと。
彼女は近所の神社で秋祭りが開かれるということで、女学校時代の友人たちと出掛けていった。
人が多く、途中で友人たちは小百合とはぐれてしまった。
友人たちはもしはぐれたら、神社に昇る石段の下で落ち合おうと約束していたのだが、小百合はその場所に現れることはなかった。
両親は警察だけでなく、人を雇って行方を探した。
年端も行かぬ娘とは言え、幼子でもないのだから、迷子ではないだろう。なので最初、金銭目当ての拐かしだと思われた。
だが、待てど暮らせど、犯人らしい者からの接触はなかった。
しかも捜索している際、小百合が誰か若い男と一緒だったという目撃談が浮上してきて、小百合は駆け落ちしたのではという噂が飛び交った。
それと言うのも、両親は娘の結婚相手に相応しい養子を探していたからだ。
もしや親の知らないうちに、誰かと恋仲になり、親の薦める縁談を嫌がって、その男と逃げたのではと世間は思ったという。
両親は最初は否定した。
箱入り娘で育て、そのような男性と遭う機会もほとんどなく、万が一そうだとして、彼女が関わり駆け落ち相手になりそうな者で、小百合が行方知れずになった頃から姿を消した者も誰一人いなかったのだ。
そのため、行方知れずになってから十ヶ月になる頃には、小百合の失踪は神隠しだろうと言われるようになった。
そうこうしているうちに、小百合の母は心労から呆気なくこの世を去った。
小百合を捜索するために、長治郎はかなりの金銭を使ったうえ、仕事にも身が入らなくなったため、室生家の身代は傾きかけた。
身代を立て直すため、智之は苦労したという。
それもすべて小百合のせい、小百合がいない今は、杷佳にその恨みが向いている。
皆が小百合のことを諦めかけたとき、行方知れずになってから一年後、ちょうど母の四十九日の日に、小百合は行方不明になった神社の社に倒れているところを、早朝の掃除をしていた宮司によって発見された。
小百合は発見から丸一日経って目を覚ましたが、彼女の記憶は行方不明になった日で止まっており、一年間何処でどうしていたのか、まるで覚えていなかった。
発見された時、小百合はそれは美しい絹織物の着物と、帯を身に着けていた。それはいなくなった時とは違うものだった。
駆け落ちかと思われていたが、その相手と共にいたとしたなら、余程の金持ちだろうと思われたが、当の小百合が何も覚えていなかったため、詳細は不明のままになった。
それから五カ月後、小百合は子供を産んだ。
それが杷佳だった。小百合は行方不明の間に、誰かもわからない男の子を妊娠していたのだ。
小百合が産んだ赤子を見て、誰もが驚いた。
顔立ちは小百合の赤子の頃に似ていたらしいが、ふさふさとした髪は鮮やかな赤色で、誰かはわからない子供の父親が、明らかに日本人でないことがわかった。
そして小百合は、記憶を取り戻すこともないまま、杷佳を産んで二日後に命を落とした。
香苗に叱責されている杷佳を見て、麻希は同情らしき言葉を口にしたが、その表情は愉快そうだ。
「も、申し訳ありません、香苗さん、すぐに…」
「さっさとしなさい」
「は、はい…あの、お嬢様、わたしはこれで…」
杷佳は香苗に急き立てられるように、勝手口へと走っていった。
「ふう…」
勝手口には、さっきまで使っていた箒と塵取りが放置されていた。
「痛い…」
ズキズキと額が痛む。杷佳は井戸から水を汲むと、桶に張った水面に映る自分の顔を覗き込んだ。
水面に映った彼女の額には瘤のようなものが出来ていた。香苗が驚いたのも無理はない。
濡らして瘤を冷やそうと、杷佳は被っていた布を外した。
すると水面が赤く色付いた。
「どうして、わたしの髪はこんな色なんだろう…」
そこには紅葉のように赤い髪をした自分が映っていた。
杷佳の母、小百合はそれはそれは評判の美人だったと聞く。
美人なだけでなく気立ても良く、両親は目の中に入れても痛くないほどに娘を溺愛した。
本来なら家は小百合のひとつ歳下の、長男の智之に継がせるところだが、両親は娘を嫁に出したくないがために、いずれ娘に婿を取らせて継がせようとしていたらしい。
当然、叔父は面白く思わない。
弟のことを気遣って、姉は何かと弟を庇っていたが、それがかえって彼を下に見ていると取られたようだ。
杷佳を折檻する際、叔父はいつもそう言っていた。
しかし、ある時小百合はこつ然と姿を消した。
それは小百合が二十歳になる頃のこと。
彼女は近所の神社で秋祭りが開かれるということで、女学校時代の友人たちと出掛けていった。
人が多く、途中で友人たちは小百合とはぐれてしまった。
友人たちはもしはぐれたら、神社に昇る石段の下で落ち合おうと約束していたのだが、小百合はその場所に現れることはなかった。
両親は警察だけでなく、人を雇って行方を探した。
年端も行かぬ娘とは言え、幼子でもないのだから、迷子ではないだろう。なので最初、金銭目当ての拐かしだと思われた。
だが、待てど暮らせど、犯人らしい者からの接触はなかった。
しかも捜索している際、小百合が誰か若い男と一緒だったという目撃談が浮上してきて、小百合は駆け落ちしたのではという噂が飛び交った。
それと言うのも、両親は娘の結婚相手に相応しい養子を探していたからだ。
もしや親の知らないうちに、誰かと恋仲になり、親の薦める縁談を嫌がって、その男と逃げたのではと世間は思ったという。
両親は最初は否定した。
箱入り娘で育て、そのような男性と遭う機会もほとんどなく、万が一そうだとして、彼女が関わり駆け落ち相手になりそうな者で、小百合が行方知れずになった頃から姿を消した者も誰一人いなかったのだ。
そのため、行方知れずになってから十ヶ月になる頃には、小百合の失踪は神隠しだろうと言われるようになった。
そうこうしているうちに、小百合の母は心労から呆気なくこの世を去った。
小百合を捜索するために、長治郎はかなりの金銭を使ったうえ、仕事にも身が入らなくなったため、室生家の身代は傾きかけた。
身代を立て直すため、智之は苦労したという。
それもすべて小百合のせい、小百合がいない今は、杷佳にその恨みが向いている。
皆が小百合のことを諦めかけたとき、行方知れずになってから一年後、ちょうど母の四十九日の日に、小百合は行方不明になった神社の社に倒れているところを、早朝の掃除をしていた宮司によって発見された。
小百合は発見から丸一日経って目を覚ましたが、彼女の記憶は行方不明になった日で止まっており、一年間何処でどうしていたのか、まるで覚えていなかった。
発見された時、小百合はそれは美しい絹織物の着物と、帯を身に着けていた。それはいなくなった時とは違うものだった。
駆け落ちかと思われていたが、その相手と共にいたとしたなら、余程の金持ちだろうと思われたが、当の小百合が何も覚えていなかったため、詳細は不明のままになった。
それから五カ月後、小百合は子供を産んだ。
それが杷佳だった。小百合は行方不明の間に、誰かもわからない男の子を妊娠していたのだ。
小百合が産んだ赤子を見て、誰もが驚いた。
顔立ちは小百合の赤子の頃に似ていたらしいが、ふさふさとした髪は鮮やかな赤色で、誰かはわからない子供の父親が、明らかに日本人でないことがわかった。
そして小百合は、記憶を取り戻すこともないまま、杷佳を産んで二日後に命を落とした。
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