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第十一章

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 ジゼルが語ったのは、ボルトレフまでの行程と、途中で熱を出していつの間にかボルトレフに着いていたこと。そこで出逢った彼の子供達とボルトレフで暮らす人々のこと。
 子供達に本を読み聞かせたり、縫い物をしたりしたこと。
 ユリウスと具体的に何があったかは、さすがに親の前で話すのは躊躇われたが、多くを語らなくても二人には予想ができたようだ。
 それからオリビアに攫われ、そこでドミニコと再会したことを。

「ドミニコがそんな人だったなんて」
「何かあったかと思ったが、そこまで酷かったとは…」

 バレッシオ公国でのことを話すのは辛かった。両親はドミニコが愛人を作り、そのせいで離縁されたとしか知らない。
 
「ごめんなさい。ジゼル。私たちは…何てことを…」

 ドミニコから受けた暴力のことを知り、母は泣き崩れた。父親の目にも光る物が見えたが、彼はさっとジゼルに顔を背け、それを隠した。

「バレッシオ公国だが、こちらでも調べたところ、テレーゼ前大公妃は怪我が原因で体の自由が利かないようだ。当初は単に事故と言われていたが、不審な点が多かったらしい。ドミニコとの言い争いを何人かが聞いていて、その後の事故だったそうだ」

 ドミニコの口から聞いた話だったが、嘘であってほしかった気持ちがある。テレーゼ大公夫人との関係も、決して良好とは言えなかったが、それでも一時は母と呼んだ相手だ。

「愛人とその相手の事件についても、大公夫人の戒厳令が発出されていたが、人の口に戸は立てられない。不穏な噂は大公領に広まっていた。これまで大公領を支配していたドミニコとテレーゼ大公夫人がそのような状態になり、ドミニコの再従兄が立て直しに乗り出したと聞いている」
「ディエゴですね」

 ジゼルも今後バレッシオ公国を治めていくなら、彼しかいないと思っていた。
 きっと彼なら傾いたバレッシオ公国を、もっと良い方向に導いて行くだろう。

「今思えば、早々に離縁されてあの国を出て良かった」
「私もそう思うわ。あのまま離縁を受け入れず、あの国に留まっていたら、ジゼルもどうなっていたかわからないもの」

 想像しただけで身震いが止まらず、母は自分の体を抱きしめた。そんな妻の二の腕を夫である国王が擦る。
 
「実は、お前がドミニコに連れ去られ、危ない目にあったという報せを受ける前、ユリウス・ボルトレフから手紙が届いた。『今後のことについて話し合いたい』そんな内容だった」
「今後の…こと?」
「報奨金の話だとは予想できたが、彼がどういう意図でそんな手紙を送ってきたのかと思っていた。だが、今のお前の話を聞いて、これからのお前とのことを話したかったのだと理解した」
「彼はドミニコとのことで傷ついた私を癒やしてくれ、私に女性としての自信を取り戻してくれました。彼だけではなく、彼の子供達やボルトレフの人々との出逢いで、新しい自分の可能性を見つけました」

 誇りを持って、ジゼルは両親に告げた。

「あなたは既に、彼との未来を思い描いているのね」
「はい」
「ユリウス・ボルトレフ…私の娘を誑かしおって」

 母の問いかけに、はっきり肯定すると、父は口元をぎゅっと引き結び、唸るように言った。

「でも、いくら可愛いと思っても、他の女性が産んだ子供を、あなたは自分の子として愛せるの?」

 母親としては、それが気になるようだ。

「私は、男性としてのユリウスも好きですが、子供達の父親としての彼にも心惹かれています。彼の前の奥様、子供達の母親だった女性もまた、彼女の妹の身勝手な行いで不幸な亡くなり方をしました。私に何が出来るかわかりませんが、彼が私を癒やしてくれたように、私も彼を、彼らを癒やしてあげたい。おこがましいと言われても、私はそうしたい」

 ジゼルは真っ直ぐに両親を見据えた。
 ペリドットの瞳は、一点の迷いも無く力強い光を放つ。
 バレッシオ公国から戻ったばかりの彼女は、何もかも失った気持ちでいた。
 ドミニコに心も体も傷つけられ、この先どう生きていけばいいかわからず、打ちひしがれていた。
 そんな時、報奨金の取り立てに突如王宮に現れたユリウス・ボルトレフとの出逢いを通し、ジゼルはようやく自分を取り戻し、新たな人生を歩む一歩を踏み出す勇気を持てた。

「お前の言い分はわかった」

 国王は、王妃と視線を合わせてから、深々とため息を吐いて言った。

「彼の言い分も聞いてみよう」
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