出戻り王女の恋愛事情 人質ライフは意外と楽しい

七夜かなた

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第十章

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 王都から早馬がやってきて、直ちに王宮に赴くべしと言う国王からの書状が届いたのは、その日の夕刻だった。
 ユリウスは直ぐ出立の準備を整え、次の日の朝には王都に向け出発することになった。
 
「何だかあっという間でしたね。『人質』なんて、ここに来た時はどうなることかと思いましたけど…あ、もちろん色々ありましたが、思っていたのとは良い意味で違いましたね」

 夕食を早くに済ませ、ジゼルはメアリーが支度するのを見ていた。
 リロイも今夜は部屋を出て、一緒に食事を摂ることが出来た。

「そうね。でも、ここに来る道中も、『人質』らしい扱いではなかったわ」

 湖が見える小高い丘で、初めてパンを齧りついたことを、ジゼルは思い出していた。
 熱が出て意識を失った彼女を、ユリウスが馬を駆け、ここまで運んでくれた。
 目覚めて彼の部屋にいたことは驚いた。
 それから、針仕事をしながら皆でおしゃべりし、ミアやリロイたちとも打ち解けた。
 そして、ユリウスとの一夜は、ジゼルが恐怖心を抱いていた男女の営みの新たな一面を教えてくれた。

 その時、コンコンと、ジゼルの部屋の扉を誰かが叩いた。

「ジゼル様、ボルトレフ様です」
「ユリウス?」

 応対に出たメアリーが直様声をかけた。
 扉の外にはマントを羽織ったユリウスが立っていた。

「どうかされたのですか?」
「連れていきたいところがある。ついてきてもらえるか?」

 そう言って、腕に掛けていたマントをジゼルに見せる。

「行ってきてください。支度は私一人で大丈夫ですから」

 ジゼルが「何処へ?」と尋ねる前に、メアリーがジゼルを外へ押し出し、パタンと扉を閉めた。

「あの、ユリウス…どこへ?」

 拒む理由もないが、こんな夜に何処へ行くと言うのだろう。
 
「君に見せたい景色がある」

 それだけ言ってジゼルにマントを着せ、ユリウスは彼女の手を引いた。
 そのまま馬に乗り、月明かりの中を二人で邸から抜け出す。
 雲のない晴れた夜に、煌々と月が輝く。

「見せたい景色とは?」

 横座りにユリウスの前に乗り、ジゼルは顔を見上げた。
 彼を信頼してはいるが、何処に連れて行かれ、何を見せられるのかと、ジゼルは不安と期待の両方を抱え尋ねた。

「王都では見られない景色だ。今が見頃なんだ」

 きっと気に入る。ユリウスは、それ以上のことは何も教えてくれなかった。
 馬は木々がまばらに生える坂道を、馬が進んで行く。
 ジゼルはユリウスの胸に体を預け、時折聞こえる野鳥や獣の声を遠くに聞きながら、二人きりの時間を楽しんだ。
 何も語らなくても、その沈黙すら心地良く感じる。

「着いた」

 ユリウスがそう言って馬を止めた。

「………ここ…ですか?」
「ああ」

 ジゼルは目の前に広がる光景に、目を奪われ言葉を失った。

 そこには小さな池があり、空中の月がその水面に写り込んでいた。まるでもう一つ月があるかのように。
 そしてその周辺には、月の光を受けて発光している白い花が、風に靡いていた。
 
雪晶花せきしょうかと、俺たちは呼んでいる」

 その輝く花の名前を、ユリウスが教えてくれた。

「雪晶花…雪の…」

 言われてみれば、雪の粒にも似ている。

「この季節の夜にだけ咲く。それになぜかこの場所でないと群生しにくい。株を持ち帰って鉢に植えても、花は咲くがこんな風に発光もしない。不思議な花だ」
「ここだけ…とても神秘的ですね」
「そうだろう?」

 ユリウスは馬から降り、ジゼルの腰を掴んで彼女を降ろした。

「王都に行く前に、君に見せることが出来て良かった。何しろ花の盛りは一週間程度で、この機を逃すと、今度見られるのは来年だ。それに、月が明るい今夜のような日が一番美しい」
「本当に…」

 雪晶花は、ジゼルの脹脛の半分くらいまでの高さで生えている。
 池に向かって細い道が出来ていて、そこをユリウスに誘導されて進んで行った。

「とても良い匂いがします。この花の香りですか?」

 すっきりとした、清々しい香りが辺りに漂う。

「そうだ。この花は美しいだけでない。この花の香りを虫が嫌うらしく、花を粉にして香にして炊くと、虫が近寄ってこない。根は胃の調子が悪い時に煎じて飲むと、すっきりする」
「色々と重宝されているものなのですね」

 ユリウスの話に耳を傾けながら、ジゼルは幻想的な美しさに酔いしれていた。
 ずっと繋いだままのユリウスの手の温かさや、花について語る彼の声、その全てが彼女を夢見心地にさせる。

「ジゼル」

 雪晶花と水面に写り込んだ月を見ていた彼女の手を、ユリウスが少し強めに握り、名前を呼んだ。

「ユリウス?」

 呼ばれて彼の方を見たジゼルは、月を背後にして立つユリウスの思い詰めた表情に、身を強張らせた。
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