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第十章

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 馬の背の上にも関わらず、ジゼルは泥のように眠った。
 身を寄せたユリウスの体温が心地よく、トクントクンと鼓動が、まるで子守唄のようだった。
 しかし、不意に捕らえられた時の恐怖を思い起こし、ビクリと体を震わせ、目を覚ました。

「目が覚めたか?」

 ジゼルが身動ぎしたのに気づいて、ユリウスが声をかけてきた。

「安心しろ。君は助かった」

 ユリウスは、向けられたジゼルの表情に恐怖を見て取って、優しく微笑んだ。

「……はい」

 ほう~っと息を吐いて、ようやく周囲を見渡す。見慣れない部屋の寝台に彼女は寝ていた。ボルトレフの邸とも違うようだ。
 
「ここは?」
「ハルビスという町の宿屋だ。ここに着く前に様子がおかしかったので確認したら、君は熱を出してしまっていて、急遽ここに立ち寄った」
「そうだったのですね。迷惑をかけてごめんなさい」
「謝らなくていい。大変な思いをしたんだ。怖かっただろう」

 ユリウスが熱を確認するため、ジゼルの額に手を当てる。

「医者には診てもらったし、熱も下がったようだ」
「私…どれくらい寝ていたのですか?」
「ほんの半日程だ。以前に比べれば病状は軽く済んだな」
「初めてあなたとボルトレフに来た時も、熱を出してあなたに運ばれましたね」

 まだそれほど日は経っていないのに、ひどく懐かしく感じる。それほどに色々なことが起こった。

「そうだな」
「あの時は人質の王女でしかなかった君を、こんなに愛しいと想うようになるなど、考えてもみなかった」

 ユリウスが優しく微笑み、ジゼルの小麦色の髪一房掬う。

「そ、そうですわね」

 色んなことがあったが、その最たる出来事がユリウスとの関係だ。 
 ドミニコとの結婚が破綻し、エレトリカに戻ってきた。
 いつかまた、国のために誰かと結婚することになるだろうとは思っていたところを、人質としてボルトレフに来ることになった。
 人質と言っても、ボルトレフの人たちは皆親切で、ジゼルのことを優しく迎えてくれた。
 ミアとリロイは愛らしく思えた。自分に子供が出来なかったことを思い出して辛くもなったが、それ以上にボルトレフの生活は想像以上に楽しかった。
 そしてユリウス・ボルトレフとのあの夜の出来事は、ジゼルの人生を一変させた。

「あの、リロイはどうなりましたか? オリビアさんは? ドミニコは?」

 聞きたかったことを思い出し、ジゼルは半身を起こし矢継ぎ早に尋ねた。

「落ち着いて。気になるのはわかるが、まずは自分の体調を大事にしないと」

 ユリウスの手が肩をそっと肩に手を触れて、優しく撫でた。

「リロイなら大丈夫だ。ファーガスが付いている」
「そう…ですね。あの、何かありましたか?」

 ボルトレフ家お抱えの博識な彼が付いているなら、安心だろう。
 しかし、ユリウスが険しい表情を見せるのを見て、ジゼルは他に何かあると察した。

「用を済ませた後、リアの、オリビアの生家に行ってきた。戻りが遅くなったのはそのせいだ」

 深い溜め息と共にユリウスが事情を説明する。

「亡くなった奥様の…何かご用事でもあったのですか?」

 ジゼルは、リロイの状態を見たファーガスが口にしたことを思い出す。

「もしかして…亡くなった奥様のことで何か…」
「そうだ。ファーガスに聞いたか?」
「はい」
「そうか…リアの実家で、ある薬を見つけた」
「薬」
「オリビアの昔の部屋の床板に隠してあった。持ち帰ってファーガスに調べるよう言ってある。結果が出るまで確かなことはわからないが、その薬をリアにオリビアが飲ませ、そのせいで彼女は精神的におかしくなったようなのだ」

 ジゼルの脳裏に、リロイの症状が思い浮かぶ。

「では、オリビアさんが…」

 あんなに幼い自分の甥に、なぜそんなことが出来るのか。
 しかもそれは初めてでなく、彼女は姉にもその薬を盛っていた疑いがある。

「ボアマン家…リアとオリビアの家だが、かなり金回りのいい生活をしていた。オリビアは密かにカルエテーレと通じていた」
「カルエテーレと…」
「そしてカルエテーレは、ボルトレフにエレトリカと手を切り、自分たちと手を組もうと言ってきた」
「え!」

 ジゼルは驚いて声を上げた。ボルトレフとエレトリカとは、契約で成り立っている間柄だ。
 今回ジゼルが人質となったのも、その契約が関係している。
 ボルトレフがエレトリカと手を切り、カルエテーレと手を結び、エレトリカに攻め入ってきたら、エレトリカは間違いなく滅びるだろう。
 エレトリカにも正規の軍隊はあるが、ボルトレフの圧倒的戦力頼みのところが大きい。
 それが無くなり、その戦力が敵になったら、正規の軍隊では、到底太刀打ちできない。
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