89 / 102
第十章
2
しおりを挟む
馬の背の上にも関わらず、ジゼルは泥のように眠った。
身を寄せたユリウスの体温が心地よく、トクントクンと鼓動が、まるで子守唄のようだった。
しかし、不意に捕らえられた時の恐怖を思い起こし、ビクリと体を震わせ、目を覚ました。
「目が覚めたか?」
ジゼルが身動ぎしたのに気づいて、ユリウスが声をかけてきた。
「安心しろ。君は助かった」
ユリウスは、向けられたジゼルの表情に恐怖を見て取って、優しく微笑んだ。
「……はい」
ほう~っと息を吐いて、ようやく周囲を見渡す。見慣れない部屋の寝台に彼女は寝ていた。ボルトレフの邸とも違うようだ。
「ここは?」
「ハルビスという町の宿屋だ。ここに着く前に様子がおかしかったので確認したら、君は熱を出してしまっていて、急遽ここに立ち寄った」
「そうだったのですね。迷惑をかけてごめんなさい」
「謝らなくていい。大変な思いをしたんだ。怖かっただろう」
ユリウスが熱を確認するため、ジゼルの額に手を当てる。
「医者には診てもらったし、熱も下がったようだ」
「私…どれくらい寝ていたのですか?」
「ほんの半日程だ。以前に比べれば病状は軽く済んだな」
「初めてあなたとボルトレフに来た時も、熱を出してあなたに運ばれましたね」
まだそれほど日は経っていないのに、ひどく懐かしく感じる。それほどに色々なことが起こった。
「そうだな」
「あの時は人質の王女でしかなかった君を、こんなに愛しいと想うようになるなど、考えてもみなかった」
ユリウスが優しく微笑み、ジゼルの小麦色の髪一房掬う。
「そ、そうですわね」
色んなことがあったが、その最たる出来事がユリウスとの関係だ。
ドミニコとの結婚が破綻し、エレトリカに戻ってきた。
いつかまた、国のために誰かと結婚することになるだろうとは思っていたところを、人質としてボルトレフに来ることになった。
人質と言っても、ボルトレフの人たちは皆親切で、ジゼルのことを優しく迎えてくれた。
ミアとリロイは愛らしく思えた。自分に子供が出来なかったことを思い出して辛くもなったが、それ以上にボルトレフの生活は想像以上に楽しかった。
そしてユリウス・ボルトレフとのあの夜の出来事は、ジゼルの人生を一変させた。
「あの、リロイはどうなりましたか? オリビアさんは? ドミニコは?」
聞きたかったことを思い出し、ジゼルは半身を起こし矢継ぎ早に尋ねた。
「落ち着いて。気になるのはわかるが、まずは自分の体調を大事にしないと」
ユリウスの手が肩をそっと肩に手を触れて、優しく撫でた。
「リロイなら大丈夫だ。ファーガスが付いている」
「そう…ですね。あの、何かありましたか?」
ボルトレフ家お抱えの博識な彼が付いているなら、安心だろう。
しかし、ユリウスが険しい表情を見せるのを見て、ジゼルは他に何かあると察した。
「用を済ませた後、リアの、オリビアの生家に行ってきた。戻りが遅くなったのはそのせいだ」
深い溜め息と共にユリウスが事情を説明する。
「亡くなった奥様の…何かご用事でもあったのですか?」
ジゼルは、リロイの状態を見たファーガスが口にしたことを思い出す。
「もしかして…亡くなった奥様のことで何か…」
「そうだ。ファーガスに聞いたか?」
「はい」
「そうか…リアの実家で、ある薬を見つけた」
「薬」
「オリビアの昔の部屋の床板に隠してあった。持ち帰ってファーガスに調べるよう言ってある。結果が出るまで確かなことはわからないが、その薬をリアにオリビアが飲ませ、そのせいで彼女は精神的におかしくなったようなのだ」
ジゼルの脳裏に、リロイの症状が思い浮かぶ。
「では、オリビアさんが…」
あんなに幼い自分の甥に、なぜそんなことが出来るのか。
しかもそれは初めてでなく、彼女は姉にもその薬を盛っていた疑いがある。
「ボアマン家…リアとオリビアの家だが、かなり金回りのいい生活をしていた。オリビアは密かにカルエテーレと通じていた」
「カルエテーレと…」
「そしてカルエテーレは、ボルトレフにエレトリカと手を切り、自分たちと手を組もうと言ってきた」
「え!」
ジゼルは驚いて声を上げた。ボルトレフとエレトリカとは、契約で成り立っている間柄だ。
今回ジゼルが人質となったのも、その契約が関係している。
ボルトレフがエレトリカと手を切り、カルエテーレと手を結び、エレトリカに攻め入ってきたら、エレトリカは間違いなく滅びるだろう。
エレトリカにも正規の軍隊はあるが、ボルトレフの圧倒的戦力頼みのところが大きい。
それが無くなり、その戦力が敵になったら、正規の軍隊では、到底太刀打ちできない。
身を寄せたユリウスの体温が心地よく、トクントクンと鼓動が、まるで子守唄のようだった。
しかし、不意に捕らえられた時の恐怖を思い起こし、ビクリと体を震わせ、目を覚ました。
「目が覚めたか?」
ジゼルが身動ぎしたのに気づいて、ユリウスが声をかけてきた。
「安心しろ。君は助かった」
ユリウスは、向けられたジゼルの表情に恐怖を見て取って、優しく微笑んだ。
「……はい」
ほう~っと息を吐いて、ようやく周囲を見渡す。見慣れない部屋の寝台に彼女は寝ていた。ボルトレフの邸とも違うようだ。
「ここは?」
「ハルビスという町の宿屋だ。ここに着く前に様子がおかしかったので確認したら、君は熱を出してしまっていて、急遽ここに立ち寄った」
「そうだったのですね。迷惑をかけてごめんなさい」
「謝らなくていい。大変な思いをしたんだ。怖かっただろう」
ユリウスが熱を確認するため、ジゼルの額に手を当てる。
「医者には診てもらったし、熱も下がったようだ」
「私…どれくらい寝ていたのですか?」
「ほんの半日程だ。以前に比べれば病状は軽く済んだな」
「初めてあなたとボルトレフに来た時も、熱を出してあなたに運ばれましたね」
まだそれほど日は経っていないのに、ひどく懐かしく感じる。それほどに色々なことが起こった。
「そうだな」
「あの時は人質の王女でしかなかった君を、こんなに愛しいと想うようになるなど、考えてもみなかった」
ユリウスが優しく微笑み、ジゼルの小麦色の髪一房掬う。
「そ、そうですわね」
色んなことがあったが、その最たる出来事がユリウスとの関係だ。
ドミニコとの結婚が破綻し、エレトリカに戻ってきた。
いつかまた、国のために誰かと結婚することになるだろうとは思っていたところを、人質としてボルトレフに来ることになった。
人質と言っても、ボルトレフの人たちは皆親切で、ジゼルのことを優しく迎えてくれた。
ミアとリロイは愛らしく思えた。自分に子供が出来なかったことを思い出して辛くもなったが、それ以上にボルトレフの生活は想像以上に楽しかった。
そしてユリウス・ボルトレフとのあの夜の出来事は、ジゼルの人生を一変させた。
「あの、リロイはどうなりましたか? オリビアさんは? ドミニコは?」
聞きたかったことを思い出し、ジゼルは半身を起こし矢継ぎ早に尋ねた。
「落ち着いて。気になるのはわかるが、まずは自分の体調を大事にしないと」
ユリウスの手が肩をそっと肩に手を触れて、優しく撫でた。
「リロイなら大丈夫だ。ファーガスが付いている」
「そう…ですね。あの、何かありましたか?」
ボルトレフ家お抱えの博識な彼が付いているなら、安心だろう。
しかし、ユリウスが険しい表情を見せるのを見て、ジゼルは他に何かあると察した。
「用を済ませた後、リアの、オリビアの生家に行ってきた。戻りが遅くなったのはそのせいだ」
深い溜め息と共にユリウスが事情を説明する。
「亡くなった奥様の…何かご用事でもあったのですか?」
ジゼルは、リロイの状態を見たファーガスが口にしたことを思い出す。
「もしかして…亡くなった奥様のことで何か…」
「そうだ。ファーガスに聞いたか?」
「はい」
「そうか…リアの実家で、ある薬を見つけた」
「薬」
「オリビアの昔の部屋の床板に隠してあった。持ち帰ってファーガスに調べるよう言ってある。結果が出るまで確かなことはわからないが、その薬をリアにオリビアが飲ませ、そのせいで彼女は精神的におかしくなったようなのだ」
ジゼルの脳裏に、リロイの症状が思い浮かぶ。
「では、オリビアさんが…」
あんなに幼い自分の甥に、なぜそんなことが出来るのか。
しかもそれは初めてでなく、彼女は姉にもその薬を盛っていた疑いがある。
「ボアマン家…リアとオリビアの家だが、かなり金回りのいい生活をしていた。オリビアは密かにカルエテーレと通じていた」
「カルエテーレと…」
「そしてカルエテーレは、ボルトレフにエレトリカと手を切り、自分たちと手を組もうと言ってきた」
「え!」
ジゼルは驚いて声を上げた。ボルトレフとエレトリカとは、契約で成り立っている間柄だ。
今回ジゼルが人質となったのも、その契約が関係している。
ボルトレフがエレトリカと手を切り、カルエテーレと手を結び、エレトリカに攻め入ってきたら、エレトリカは間違いなく滅びるだろう。
エレトリカにも正規の軍隊はあるが、ボルトレフの圧倒的戦力頼みのところが大きい。
それが無くなり、その戦力が敵になったら、正規の軍隊では、到底太刀打ちできない。
166
お気に入りに追加
398
あなたにおすすめの小説
人形な美貌の王女様はイケメン騎士団長の花嫁になりたい
青空一夏
恋愛
美貌の王女は騎士団長のハミルトンにずっと恋をしていた。
ところが、父王から60歳を超える皇帝のもとに嫁がされた。
嫁がなければ戦争になると言われたミレはハミルトンに帰ってきたら妻にしてほしいと頼むのだった。
王女がハミルトンのところにもどるためにたてた作戦とは‥‥
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる