87 / 102
第九章
8
しおりを挟む
ジゼルは懸命にドミニコの腰にある剣の鞘に手を伸ばし、力一杯引き抜いた。
「ギャァ!!!」
抜いた剣の刃がドミニコの脇腹を掠め、衣服と彼の肉を切り裂き、ドミニコは悲鳴を上げて転がった。
「!!!」
ジゼルもバランスを崩し、その場にドサリと倒れ込んだ。
「イタイ、イタイイタイ、イタイぎゃあああーー」
背中を地面に付け右に左に転がり、傷ついた脇腹を押え、喚き散らす。
「ジゼル!」
「させるか!」
ドミニコに一瞬気を取られた隙をつき、ユリウスが身を屈めたのを阻止しようと斬り掛かる。
ガキン
しかしユリウスの方が一歩速く、上からのマイネスの剣を受け止め弾き返した。
「グッ!!」
重いユリウスの一撃に、マイネスの腕が震える。
「退け!」
一段と声を低くしてユリウスが恫喝する。赤い瞳が灼熱の如く輝き、殺気がユリウスの全身から放たれる。その迫力に、いくつもの死線を潜り抜けてきたマイナスの肌が粟立った。
(これが…ボルトレフ)
戦場の鬼神、血塗れ元帥、戦闘狂などという表現では生温い。
気弱な者がその覇気を浴びたら、一瞬で意識を失っただろう。
速くて重い、ユリウスの剣がマイナスを攻撃する。マイナスの頬をタラリと汗が流れる。少しでも気を抜けば、忽ち凌駕されるだろう。
「させるか!」
「望むところだ」
気圧されそうになりながらも、マイナスは反撃に出る。
誰よりも速く、誰よりも重い剣さばきが彼の自慢だったが、ユリウスのそれも引けを取らない。
それどころか、一撃毎にそれが研ぎ澄まされていく。
「くそ」
ユリウスから繰り広げられる重く速い剣戟に、次第にマイナスは受け身一方になっていく。
「ジゼルに手を出したことを後悔させてやる!」
ガキン!
体重を乗せたユリウスの剣がマイナスに襲いかかる。
冷静を欠いた攻撃には隙が生まれるものだが、ユリウスにはまるで隙がない。
「クソ」
マイナスも伊達に今の地位に就いたわけではない。誰よりも強くあるからこそ、自分は自国で一目置かれる武人になったのだ。
体格もユリウス・ボルトレフより大きく上背もある。何ら劣る所などないはずだ。
(なんだ…なぜ俺はこんなに押されている)
彼との一戦に、まるで勝機が見えない。次から次へと繰り出される攻撃を何とか受け止めるだけで精一杯だ。
「ウッ」
足元が不意にぐらついた。地面が僅かにへこみ、砂利で足が滑った。
慌てて体勢を保とうとするが、一瞬足元に視線を向けたのを、ユリウスは見逃さなかった。
「!!消え…ウグッ」
視界からユリウスが消えたと思った刹那、眼の前を一陣の風が吹き抜けた。
ザシュッ
マイナスの体から血飛沫が上がる。剣を握る右腕の肩口から肘に掛けて斜めに切り傷が走り、彼は手から剣を離した。
ガッ!
そして次の瞬間、左こめかみを物凄い力で硬いものを打ち付けられ、頭が大きく揺れ目を剥いてドサリ地面に倒れ込んだ。
ユリウスが手に持った剣の柄頭で、思い切り殴りつけたのだった。
直ぐ側でぎゃあぎゃあ喚くドミニコの声を聞きながら、ジゼルは地面に横向きに倒れ込んだまま、ユリウスとマイナスの戦いを眺めていた。
「ジゼル…きさま、ゆ、ゆるさん。このわたしを…」
痛みを訴えていたドミニコの声が聞こえ、はっとジゼルは振り返った。
斬られた脇腹を押さえ、激しく憤怒するドミニコが片膝を立ててジゼルを睨んでいた。
地面に転がったせいで髪は乱れ、土や小石がまとわりついている。痛みに流した涙と涎と鼻水にまみれ、濡れた頬には小石が付いている。
「ドミニコ…」
ゆっくりとよろめきながら立ち上がったドミニコは、一歩、また一歩とジゼルに近づてくる。手足を縛られたまま、クネクネと体をくねらせながら、ジゼルは逃げようとしたが無駄だった。ドミニコは彼女を跨いで腰を下ろした。
「ドミニコ…」
「この私を傷つけるなど…」
ドミニコの両手がジゼルに伸ばされる。左の掌には、ジゼルが斬りつけた傷から流れた血がべっとり付着している。
「許さん」
「ドミニコ…ウグ」
その手がジゼルの細い首に伸び、指を食い込ませて締め上げ始めた。
「ギャァ!!!」
抜いた剣の刃がドミニコの脇腹を掠め、衣服と彼の肉を切り裂き、ドミニコは悲鳴を上げて転がった。
「!!!」
ジゼルもバランスを崩し、その場にドサリと倒れ込んだ。
「イタイ、イタイイタイ、イタイぎゃあああーー」
背中を地面に付け右に左に転がり、傷ついた脇腹を押え、喚き散らす。
「ジゼル!」
「させるか!」
ドミニコに一瞬気を取られた隙をつき、ユリウスが身を屈めたのを阻止しようと斬り掛かる。
ガキン
しかしユリウスの方が一歩速く、上からのマイネスの剣を受け止め弾き返した。
「グッ!!」
重いユリウスの一撃に、マイネスの腕が震える。
「退け!」
一段と声を低くしてユリウスが恫喝する。赤い瞳が灼熱の如く輝き、殺気がユリウスの全身から放たれる。その迫力に、いくつもの死線を潜り抜けてきたマイナスの肌が粟立った。
(これが…ボルトレフ)
戦場の鬼神、血塗れ元帥、戦闘狂などという表現では生温い。
気弱な者がその覇気を浴びたら、一瞬で意識を失っただろう。
速くて重い、ユリウスの剣がマイナスを攻撃する。マイナスの頬をタラリと汗が流れる。少しでも気を抜けば、忽ち凌駕されるだろう。
「させるか!」
「望むところだ」
気圧されそうになりながらも、マイナスは反撃に出る。
誰よりも速く、誰よりも重い剣さばきが彼の自慢だったが、ユリウスのそれも引けを取らない。
それどころか、一撃毎にそれが研ぎ澄まされていく。
「くそ」
ユリウスから繰り広げられる重く速い剣戟に、次第にマイナスは受け身一方になっていく。
「ジゼルに手を出したことを後悔させてやる!」
ガキン!
体重を乗せたユリウスの剣がマイナスに襲いかかる。
冷静を欠いた攻撃には隙が生まれるものだが、ユリウスにはまるで隙がない。
「クソ」
マイナスも伊達に今の地位に就いたわけではない。誰よりも強くあるからこそ、自分は自国で一目置かれる武人になったのだ。
体格もユリウス・ボルトレフより大きく上背もある。何ら劣る所などないはずだ。
(なんだ…なぜ俺はこんなに押されている)
彼との一戦に、まるで勝機が見えない。次から次へと繰り出される攻撃を何とか受け止めるだけで精一杯だ。
「ウッ」
足元が不意にぐらついた。地面が僅かにへこみ、砂利で足が滑った。
慌てて体勢を保とうとするが、一瞬足元に視線を向けたのを、ユリウスは見逃さなかった。
「!!消え…ウグッ」
視界からユリウスが消えたと思った刹那、眼の前を一陣の風が吹き抜けた。
ザシュッ
マイナスの体から血飛沫が上がる。剣を握る右腕の肩口から肘に掛けて斜めに切り傷が走り、彼は手から剣を離した。
ガッ!
そして次の瞬間、左こめかみを物凄い力で硬いものを打ち付けられ、頭が大きく揺れ目を剥いてドサリ地面に倒れ込んだ。
ユリウスが手に持った剣の柄頭で、思い切り殴りつけたのだった。
直ぐ側でぎゃあぎゃあ喚くドミニコの声を聞きながら、ジゼルは地面に横向きに倒れ込んだまま、ユリウスとマイナスの戦いを眺めていた。
「ジゼル…きさま、ゆ、ゆるさん。このわたしを…」
痛みを訴えていたドミニコの声が聞こえ、はっとジゼルは振り返った。
斬られた脇腹を押さえ、激しく憤怒するドミニコが片膝を立ててジゼルを睨んでいた。
地面に転がったせいで髪は乱れ、土や小石がまとわりついている。痛みに流した涙と涎と鼻水にまみれ、濡れた頬には小石が付いている。
「ドミニコ…」
ゆっくりとよろめきながら立ち上がったドミニコは、一歩、また一歩とジゼルに近づてくる。手足を縛られたまま、クネクネと体をくねらせながら、ジゼルは逃げようとしたが無駄だった。ドミニコは彼女を跨いで腰を下ろした。
「ドミニコ…」
「この私を傷つけるなど…」
ドミニコの両手がジゼルに伸ばされる。左の掌には、ジゼルが斬りつけた傷から流れた血がべっとり付着している。
「許さん」
「ドミニコ…ウグ」
その手がジゼルの細い首に伸び、指を食い込ませて締め上げ始めた。
78
お気に入りに追加
398
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる