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第九章

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 ジゼルの反抗的な態度に男はおや、という顔をした。

「どうやらエレトリカの王女様は、ボルトレフにかなり肩入れされているようですね。この短い間に何があったのですか」
「か、彼らは確かに色々な場所から集まってきていますが、その分どんな者でも受け入れる柔軟性を持っています。バレッシオでは、私はいつまで経ってもエレトリカから来た余所者で、替えのきく道具でしかありませんでした」

 エレトリカ王家の者という血統だけを買われただけの、子を生むだけの道具。役に立たないとわかれば、簡単に放逐された。

「ジゼル、なんてことを言うのだ。私は君をそんなふうに思ったことは一度もないぞ。全部母上のせいだ。母上が」
「何もかもテレーゼ様のせいにしないで!」
「なんだと? ジゼル、君も私に逆らうのか、どうしたというのだ、そんな人間ではなかっただろう」

 ドミニコは、ようやく彼女が本気で抵抗しているのだと気づいたようだった。

「大公、王女様はボルトレフにかなり傾倒されているようです。ボルトレフというか、もしかしたら総領のユリウス・ボルトレフに、かもしれませんが」
「なに!?」

 男の指摘にジゼルはびくりと反応し、男は得心がいったとばかりにしたり顔で頷いた。

「ボルトレフの総領は、かなりやり手だと聞いています。武勇だけでなく、女性の心を射止めるのも得意なのかも知れませんね」
「それは誤解です。ユリウスは」
「ユリウスだと?」

 反論しようとしたジゼルが彼の名を口にすると、ドミニコはギッと睨んだ。

「そのように親しげに名前を呼び合う仲なのか? 私と離縁してまだ半年だぞ。もうそのように親しい男が出来たのか」

 一瞬でドミニコの顔が憤怒の様相を見せる。

「なんと、当てずっぽうでしたが、意外に確信を得ていたようですね。私の勘もなかなかだ」
  
 男が自分の発言にジゼルが動揺したことを見て取り、的を射ていたと確信したようだ。

「なるほど、あの女が厄介払いしたかったのはそういう意味ですか。そのお美しさと高貴さに、さすがのボルトレフの総領も食指が動いたということですかね」

 あの女とはオリビアのことだとわかる。

「下卑た言い方はやめてください! ユリウスは、彼は素晴らしい指導者です」
「ほう、絆されているのは、どうやらボルトレフだけではなさそうですね。王女様もですか」 
「どういうことだジゼル、お前も、あんな野蛮人が気になるのか」

 ドミニコの顔が嫉妬と怒りに歪む。
 
「野蛮人ではありません、彼は立派な」
「成り上がりの下賤な輩だ! 野蛮人を野蛮人だと言って何が悪い! 寄せ集めの半端者を集めて統治者気取りで崇め奉られて、人の物を平気で奪う盗っ人だ」 
「い、痛い」

 ドミニコはジゼルの両方の二の腕を掴み、痛いくらいに締め上げた。
 
「あんな奴に何もかも奪われてなるものか。エレトリカも君も、正統なるバレッシオの血筋の私にこそ相応しい」
「ド、ドミニコ、エレトリカって、どういう…いたい。やめて」

 これ以上力を込められたら折れてしまいそうだ。それでも彼の言葉が気になって、ジゼルは必死で問いかけた。
 
「まさか…まさかあなた、エレトリカを」
「ああ、ボルトレフさえ壊滅してしまえば、エレトリカなど、簡単に陥落する。そうすれば、エレトリカかは我がバレッシオの属国になる。だが、安心しろ、君は名誉ある新生バレッシオの初代皇后として、取り立ててやろう」

 まさかドミニコがそのような野望を胸に秘めていたとは思わなかった。
 一体いつからそのようなことを考えていたのか。
 母であるテレーゼに逆らえず、従っていただけだと思っていた。
 しかしドミニコにはバレッシオを治めることすら、やっとだ。それもテレーゼがいたからこそ、やってこられたのだ。
 そのテレーゼが、もはやかつてのように振る舞えないのだとしたら、公国を治めることもドミニコの手に余るのではないだろうか。
 何もかもテレーゼが導くままに生きてきたドミニコが、突然独り立ちなどできるとは思えない。
 甘やかされてきただけのドミニコに、ボルトレフを退け、エレトリカを奪い取るという大業が果たして出来るものだろうか。
 ジゼルはドミニコの背後に立つ男に視線を向けた。
 あの男の後ろにあるのは、一体どこの国なのだろう。
 しかしそれがどのような国であれ、エレトリカとボルトレフの脅威であることは間違いない。
 自身の祖国を失うことになる謀略に、ジゼルは与することはできない。
 ここから逃げる力は自分にはない。
 エレトリカやボルトレフを助ける手立てどころか、この手を振り払う力もない。
 
 ここで彼に逆らって命を落とすとしても。
 
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