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第七章

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「離縁はあなたにとって辛い経験だっただろうが、そんなクズとは、別れて良かったのだ。あのままそこに居続けたら、もっと不幸になっていただろう」

 離縁された時は、ジゼルも辛かった。
 なぜ自分が。そう思った。
 しかし、ユリウスの言うとおり、あのままバレッシオ公国にいたら、ジゼルはどうなっていただろうか。
 もし、子供を生んだとして、ジゼルはドミニコの子を生むだけの道具としてしか、見られなかっただろう。

「しかし、クズ野郎と離縁したから、あなたはここにいる。それに感謝していると言ったら、あなたは気分を害するだろうか」

 ユリウスがそう言ってジゼルの頬を撫でる。

「でも、結果的にあなたたちに迷惑をかけてしまいました。ドミニコに回ったお金は、本来ならボルトレフに払われるべきものでした。あなたたちが命を張って貢献してくれた報酬を、私が奪ったのです」

 ジゼルもドミニコと離縁したからこそ、ユリウスと出会えたのだと思うが、迷惑をかけたことに変わりはない。

「そんなふうに自分を責めるな。金品を要求した大公たちががめついのだ。俺はあなたに出会うことが出来た。それで十分お釣りが来る」
「でも、あなた一人がそう思っても、他の人達は迷惑なことだと思う人もいるかも知れません」
「もちろん、報酬は約束だからきちんともらう。皆の生活がかかっているからな。だが、皆はそれを怪我の功名と考えるだろう」
「え?」

 怪我の功名とは、過失などが運良く幸運に転じることだ。
 今回のことで、ボルトレフやユリウスに、得になることとは何だろうと考えた。

「そうですね。家畜や絹や穀物なども、条件に加えていらっしゃいましたし」

 ジゼルはユリウスが本来の報酬とは別に、何品目か追加で要求したことを思い出した。

「それもあるが、それとは違う」
「違う?」

 他に何があるだろうかと、ジゼルは考えたが、何も思い浮かばない。

「それは……なんですか?」
「総領の新しい伴侶だ」
「はん……りょって、あの、伴侶ですか? 夫とか妻とかの
?」
「ほかに『伴侶』という言葉があるか?」 
「総領の伴侶ということは……あなたの奥様?」
「そうだ」

(ユリウスの……結婚相手)

「どうしてそんな顔をする?」

 彼が新たに妻を迎えると聞いて、ジゼルの気持ちは酷く落ち込んだ。
 それが表情に現れてしまったのだろう。

「いえ、そうですね。前の奥様が亡くなられて四年ですもの。周りの方々もいろいろ心配されていらっしゃるでしょうね」
「そうなのだ。ケーラやサイモンなど、煩くて敵わない。あ、だが、周りがやいやい言うからするのではなくて、この人だと思うから、結婚する気になったのだ。そこは勘違いしないでほしい」
「そうなのですね。そんな方が出来たのなら、喜ばしいことです」
「え?」
「………どうされましたか?」

 泣きそうな気持ちを何とか抑え、ジゼルはユリウスの話に耳を傾けていた。
 おめでとうと、言うべきなのに、喉元に何かがつかえて言葉が出てこない。

「ジゼル、あなたの言う『そんな方』が、誰かわかるか?」
「え? えっと……オリビアさんでないことはわかりますが……」

(私の知っている人なのかしら?)
   
 しかし、ユリウスは「怪我の功名」と言った。

 それはどういうことなのか。

「今回、俺がエレトリカに出した条件は何だった?」
「もちろん、約束のお金です。残りは半年後に。それから、牛と馬、穀物と…」
「他には?」
「ほか?」
「『人質』も最後に出した条件のひとつだ」
「えっ! わ、私……ですか?」

 自分は確かに「人質」としてここに来た。それは認めるが、伴侶とは……

「どうしてそんな意外そうな顔をする? 昨夜俺はあなたに恋心を伝えた筈だが。あなたはそれを受け、俺の愛撫に応えてくれたではないか」
「え、ええ。でも……それは……私も、あなたを、異性として意識して…それに応えました」
「俺は生半可な気持ちであなたを抱いたわけではない」
「それは……私も……でも、は、伴侶なんて……」
「俺の妻になるのは嫌か?」
「い、嫌とか、そういうわけでは……でも、考えてもいなかったことなので」 

 いきなりの展開にジゼルは考えが追いつかない。
 ユリウスと一夜を共にしたのは、ただ女としての自分に自信を持ちたかったからで、ジゼルも関心があった。
 ユリウスに男性としての魅力を感じてもいた。
 けれど、そこに他の約束を求めたわけではない。

「では今から考えてほしい」

 そう言われて、ジゼルは戸惑いしかなかった。
 ユリウスには好意を抱いている。そうでなければ抱かれようとは思わなかった。
 しかしユリウスに抱かれるのと、彼の伴侶になるのとは違う。

「あの……でも、私……あなたのことは好きですが、ボルトレフの総領の妻など……私には……無理です」

 彼の気持ちは嬉しいが、彼の妻として自分がボルトレフの者に受け入れられるのか。はたまた務まるものか。ジゼルに自信などある筈もなかった。
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