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第六章
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薄暗い部屋の中で、煌々とユリウスの瞳が輝くのを、ジゼルは見惚れた。
それがジゼルの傷を見て抱いた怒りだと思うと、不思議と彼女の気持ちが和らいだ。
「もう…過ぎたことです」
「いや、たとえ傷は癒えても、心に抱いた恐怖は簡単には消えない。今でも夢に見るのではないか?」
図星だったため、ジゼルは息を呑んで大きく目を見開いた。
ユリウスはそれを肯定と取ったのは間違いない。
彼の唇がきつく引き結ばれた。
「ドミニコめ。八つ裂きにしてもしたりない」
ジゼルの代わりに怒ってくれているユリウスを見て、それだけでジゼルは救われた気がする。
八つ裂きにしてやろうとは思わないが、誰かにジゼルの気持ちを理解してもらいたかったのだ。
「もう痛むことはないのか?」
「傷は…はい。痛みはもうありません」
「そうか。それは良かった」
ジゼルがもう痛みはないと答えると、ユリウスは心からほっとした顔をした。
ジゼルのことを他人事ではなく、自分のことのように心配して、そして安堵してくれる。
「もっと、触れてもいいか?」
「え?」
ユリウスは問いかけはしたが、ジゼルの返事を待たずに傷に唇を付けた。
「ユ、ユリウス、な、何を」
ジゼルでさえも忌避して目を背けていた傷に、熱い吐息がかかり、舌が沿わされる。
チリリとした軽い痛みが走り、それが何度も繰り返される。
首を巡らせて見ようとするが、オリーブグレーの彼の頭のてっぺんが見えるだけで、何をしているのかは見えない。
ただ、見上げるばかりだった彼のつむじを初めて見た。よく見ると後頭部に二つ並んでいる。
つむじが二つある人は珍しい。
ジゼルは無意識に手を伸ばして、そのひとつに触れていた。
「どうした?」
ユリウスが頭を起こし、ジゼルに問いかける。
「その・・つむじが・・あなたこそ、何を」
「あなたの傷に、新しい記憶を植え付けている」
「新しい・・・記憶?」
「そうだ。傷の全てに口づけを落とし、そこに新たに痕を付けている」
ユリウスは親指で自信の唇を拭い少し体を起こし、その場所がジゼルにも見えるようにする。
すると、半月型に盛り上がった皮膚が、さっきより赤味を増しているのがわかった。
「これは・・」
「キスマークだ。ここだけではなく、これからあなたの体にたくさん付けてやろう。余すところなく」
目を細めたユリウスの唇が、蠱惑的に孤を描く。
「でもまずは、ここに」
「え!」
ユリウスはジゼルの足を掴むと、大きく広げて唯一身につけたままの布地を剥ぎ取った。
「あ」
剥ぎ取った下着をユリウスは床に放り投げ、生まれたままの姿になったジゼルをじっくりと観察した。
「そんなことをしても無駄だ。俺に隠し事などさせない」
体の前を腕で隠し、身を捩ろうとするジゼルの腰を掴んで、ユリウスが再び彼女の上に覆い被さった。
「怖いなら、最後までしない。ただ、あなたを愛でさせてほしい」
既に彼にはジゼルの悩みも、弱みも、そして家族にも明かしていなかった秘密も曝け出した。
文字通り心も体も裸になっている。
これ以上、彼に何を隠すというのか。
胸の前に組んでいた腕を解き、ユリウスに向かってその腕を伸ばした。
「ジゼル」
少し掠れた声でユリウスが名を呼ぶ。聞き慣れた自分の名前なのに、彼に名を呼ばれると特別な気分になる。
「どうぞ、あなたの好きなようにしてください」
「そんなことを言って、後悔しても知らないぞ」
ユリウスが伸ばした手を掴み、その手の平に唇を寄せる。
口では悪ぶっていても、その仕草はとても優しいことを、ジゼルは知っている。
「後悔なんてしません」
「本当に?」
「はい。だから・・・」
「だから?」
ジゼルは身を起こし、再びユリウスに体を寄せその首に腕を巻き付けた。
「さっきの続きを・・教えてください」
「・・・本当に、あなたと言う人は」
ユリウスが呆れたようにため息を吐く。
何か間違えただろうかと、ジゼルは不安になった。
「違う。そうじゃない。怒ったのではない」
ジゼルが不安そうな顔を見せたので、ユリウスは慌てて否定する。
「そんな可愛いことを言うと、せっかく自制をしようとしているのに、歯止めが利かなくなる」
困ったようなユリウスの表情は、いつもの自信に満ちあふれた彼と違い、彼をずっと幼く見せた。
たった一歳しか違わないのに、一族を率い多くの責任を背負うユリウス。
そんな彼が、自分を前にして歯止めが利かないと言って自信なさそうな顔をする。
それが、彼女に気を許してくれていると言うことなら、ジゼルはこんな嬉しいことはないと思った。
それがジゼルの傷を見て抱いた怒りだと思うと、不思議と彼女の気持ちが和らいだ。
「もう…過ぎたことです」
「いや、たとえ傷は癒えても、心に抱いた恐怖は簡単には消えない。今でも夢に見るのではないか?」
図星だったため、ジゼルは息を呑んで大きく目を見開いた。
ユリウスはそれを肯定と取ったのは間違いない。
彼の唇がきつく引き結ばれた。
「ドミニコめ。八つ裂きにしてもしたりない」
ジゼルの代わりに怒ってくれているユリウスを見て、それだけでジゼルは救われた気がする。
八つ裂きにしてやろうとは思わないが、誰かにジゼルの気持ちを理解してもらいたかったのだ。
「もう痛むことはないのか?」
「傷は…はい。痛みはもうありません」
「そうか。それは良かった」
ジゼルがもう痛みはないと答えると、ユリウスは心からほっとした顔をした。
ジゼルのことを他人事ではなく、自分のことのように心配して、そして安堵してくれる。
「もっと、触れてもいいか?」
「え?」
ユリウスは問いかけはしたが、ジゼルの返事を待たずに傷に唇を付けた。
「ユ、ユリウス、な、何を」
ジゼルでさえも忌避して目を背けていた傷に、熱い吐息がかかり、舌が沿わされる。
チリリとした軽い痛みが走り、それが何度も繰り返される。
首を巡らせて見ようとするが、オリーブグレーの彼の頭のてっぺんが見えるだけで、何をしているのかは見えない。
ただ、見上げるばかりだった彼のつむじを初めて見た。よく見ると後頭部に二つ並んでいる。
つむじが二つある人は珍しい。
ジゼルは無意識に手を伸ばして、そのひとつに触れていた。
「どうした?」
ユリウスが頭を起こし、ジゼルに問いかける。
「その・・つむじが・・あなたこそ、何を」
「あなたの傷に、新しい記憶を植え付けている」
「新しい・・・記憶?」
「そうだ。傷の全てに口づけを落とし、そこに新たに痕を付けている」
ユリウスは親指で自信の唇を拭い少し体を起こし、その場所がジゼルにも見えるようにする。
すると、半月型に盛り上がった皮膚が、さっきより赤味を増しているのがわかった。
「これは・・」
「キスマークだ。ここだけではなく、これからあなたの体にたくさん付けてやろう。余すところなく」
目を細めたユリウスの唇が、蠱惑的に孤を描く。
「でもまずは、ここに」
「え!」
ユリウスはジゼルの足を掴むと、大きく広げて唯一身につけたままの布地を剥ぎ取った。
「あ」
剥ぎ取った下着をユリウスは床に放り投げ、生まれたままの姿になったジゼルをじっくりと観察した。
「そんなことをしても無駄だ。俺に隠し事などさせない」
体の前を腕で隠し、身を捩ろうとするジゼルの腰を掴んで、ユリウスが再び彼女の上に覆い被さった。
「怖いなら、最後までしない。ただ、あなたを愛でさせてほしい」
既に彼にはジゼルの悩みも、弱みも、そして家族にも明かしていなかった秘密も曝け出した。
文字通り心も体も裸になっている。
これ以上、彼に何を隠すというのか。
胸の前に組んでいた腕を解き、ユリウスに向かってその腕を伸ばした。
「ジゼル」
少し掠れた声でユリウスが名を呼ぶ。聞き慣れた自分の名前なのに、彼に名を呼ばれると特別な気分になる。
「どうぞ、あなたの好きなようにしてください」
「そんなことを言って、後悔しても知らないぞ」
ユリウスが伸ばした手を掴み、その手の平に唇を寄せる。
口では悪ぶっていても、その仕草はとても優しいことを、ジゼルは知っている。
「後悔なんてしません」
「本当に?」
「はい。だから・・・」
「だから?」
ジゼルは身を起こし、再びユリウスに体を寄せその首に腕を巻き付けた。
「さっきの続きを・・教えてください」
「・・・本当に、あなたと言う人は」
ユリウスが呆れたようにため息を吐く。
何か間違えただろうかと、ジゼルは不安になった。
「違う。そうじゃない。怒ったのではない」
ジゼルが不安そうな顔を見せたので、ユリウスは慌てて否定する。
「そんな可愛いことを言うと、せっかく自制をしようとしているのに、歯止めが利かなくなる」
困ったようなユリウスの表情は、いつもの自信に満ちあふれた彼と違い、彼をずっと幼く見せた。
たった一歳しか違わないのに、一族を率い多くの責任を背負うユリウス。
そんな彼が、自分を前にして歯止めが利かないと言って自信なさそうな顔をする。
それが、彼女に気を許してくれていると言うことなら、ジゼルはこんな嬉しいことはないと思った。
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