出戻り王女の恋愛事情 人質ライフは意外と楽しい

七夜かなた

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第六章

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「傷? それは生まれた時からのか、幼少の頃からの? それとも…」
「バレッシオにいた頃のものです」

 小さい頃、お転婆をして花壇にある薔薇のトゲで膝頭に付いた傷もあるが、それは成長とともに小指の爪先程の大きさになり、殆ど目立たない。
 
 今ジゼルの体にある傷は、バレッシオで暮らしている時に負った右脇腹の傷だけだ。

「何があった? いや、言いたくなければ無理にとは言わないが…」

 無理に詮索しようとしないユリウスの気遣いに、ジゼルは彼の真の優しさに触れた気がした。

(この人なら、何があっても私を傷つけたりしない。本当の意味で強くて思いやりのある人だわ)

 ドミニコは自分の要求を常に押通し、自分の意見に口を挟む者や反論する者には容赦がなかった。
 例外は母親である前大公妃に対してだけで、彼女の言うことにドミニコは逆らえなかった。
 
 今のようにジゼルが拒めば、容赦なく平手打ちを食らわせ、脅しにかかった。

 ジゼルの体調が思わしくなく、寝込んでいた時に、酒に酔ったドミニコが、酒瓶を持ったままジゼルの寝室に乱入してきた。
 そして熱があるからと言った途端、持っていた酒瓶を側にあったテーブルで叩き割り、割れた瓶を目の前に突きつけて脅しにかかった。
 それでもジゼルが抵抗すると、ドミニコは「孕めない腹なら、ここで今すぐ掻っ捌いてやる」とジゼルのお腹に向けて尖った先を押し付けようとした。
 とっさに身を捩ったが、それは右脇腹に突き刺さった。
 シーツに鮮血が飛び散り、ジゼルは悲鳴を上げた。
 白いシーツにジワリと血が広がっていく様を見て、ドミニコは我に返った。
 ドミニコは腰を抜かして床に座り込み、悲鳴を聞きつけた使用人たちが、血で染まったジゼルを見つけてくれなければ、あの時彼女は死んでいただろう。
 傷は深かったが、腰骨に当たり、内臓は無事だった。
 しかし、十針も縫う大怪我を負い、その時の傷は塞がってはいるが、丸い縫い後がミミズ腫れのように遺っている。
 ドミニコの母はジゼルの怪我について、徹底的に戒厳令をしいた。
 外に漏らす者がいれば、極刑に処し一族諸共罪に問うとまで言った。

 ドミニコはそれを見る度に醜いと言い、それ以降、彼がジゼルと褥を共にする時は、見えないようの腰布を巻くことになった。

「ファーガス先生と、侍女長にはここに運び込まれて治療を受ける時に知られてしまいましたが、両親も、エレトリカの誰も、メアリーもこのことを知りません」
「クソが…」

 ジゼルの話を聞いたユリウスは、地の底から湧き上がるような低い声で呟いた。

「ク?」
「すまない。つい、腹が立って下品な言葉を吐いた」

 ユリウスが謝った。

「しかし、今ここに大公がいたなら、その首をこの手でへし折ってやる。そしてその身を切り刻み、獣の餌にしてやる」

 獣の唸り声のような声でユリウスが殺気を放つ。
 冗談ではなく彼なら本当にやりかねないと、ジゼルはなぜか思った。
 武人としていくつもの戦場を駆けてきたユリウスなら、ドミニコの首など枯れ枝のごとくポキリと折ってしまいそうだ。

「怖かっただろう。一人でどんなに心細かったか」

 額を擦りつけ、ジゼルの体をユリウスは掻き抱いた。

「その言葉だけで十分です」

 両親に心配させたくなくて、怪我のことは口にしなかったが、誰かにこんな風に怒って、そして慰めてほしかったのだとジゼルは気づいた。

「理解していただきましたか?」
「理由はわかったが、あなたの提案は却下だ」

 傷のことを話せば、服を着たままでというジゼルの気持ちを理解してくれると思っていた。
 しかし、ユリウスは彼女の提案を却下した。

「え? で、でも・・・見て気持ちいいものでは」
「それは他の誰かの意見だ。俺は戦場でどんな怪我も見てきた。それこそ手足が切り落とされたり、腸が飛び出たりした者もいた。縫った傷痕など傷の内に入らない」

 確かに世の中にはもっと酷い怪我をしている人はいる。それに比べれば、ジゼルの怪我は大したことはないのかも知れない。

「俺はあなたの全てを知りたい。あなたが何を憂い、何を思い悩み、どんなことで喜ぶのか。まだあなたが知らないことを俺の手で教えたい。俺に全てを見せてくれ。それに」

 ユリウスは身を起こし膝立ちになると、すかさずジゼルの目の前で上着を脱ぎ捨てた。

「ユリ・・・」

 ジゼルは目を丸くして、シャツを脱いで上半身裸になったユリウスを見上げ、息を呑んだ。
 筋肉質な彼の体には、大小様々な大きさの傷が付いていた。

「すごい。傷が、たくさん」
「そうだ。あなたの傷がどんなものか、今は聞いた話から想像することしかできないが、俺はそんなことで躊躇したりしない。だからあなたの提案は無駄だ」

 傷を見られるより、見せることで相手を不快にさせたくないと思うジゼルの躊躇いなど、ユリウスの前では無駄な杞憂だった。
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