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第四章
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食堂の入り口に立ち塞がるように立った赤茶色の髪の女性は、目を見開いてジゼルとユリウスを交互に見つめている。
「オリビア」
ユリウスが女性の名前を呟いた。さっきまでジゼルに話しかけていた親密さは消え、どこか余所余所しい物言いだった。
(オリビア…あの子達の叔母様だという女性ね)
ユリウスが立ち上がり、オリビアの視線から護るようにジゼルの目の前に立った。
「ユリウス、その女性は誰ですか?」
ユリウスが答えないので、更に彼女は問いかけた。
それに対し、ちらりと彼は肩越しにジゼルを見た。
「よろしいか?」
「はい」
ジゼルはすっと立ち上がり、ユリウスのすぐ横に立った。
「オリビア、この方はエレトリカ王国の王女、ジゼル殿下だ。殿下、彼女はオリビアと言って俺の亡妻の妹でリロイたちの叔母だ」
「お、王女様?」
「は、はじめまして、ジゼルです」
身分の高い者が先に挨拶するのが社交界の常識だが、この時先にジゼルが名乗ったのは、それを意識してのことではなかった。
ただ、条件反射とでも言おうか、ジゼルが誰であるかを説明したユリウスの言葉を聞いて、オリビアが更に瞠目したのを見て、咄嗟に身に付いた礼儀正しさで会釈した。
「オリビア、礼儀を忘れたのか。殿下が挨拶をしているのだぞ」
なぜ王女がここにいるのかわからないと、その顔に書いたまま、オリビアは呆然として何も言わない。
それをユリウスが咎めた。
「あ、あの、オリビアと申します。ユ、ユリウスとは幼馴染で、その…姉がユリウスと結婚したので…」
オリビアは慌てて挨拶を返した。
ユリウスのことを呼び捨てにしても咎められないのは、オリビアがユリウスの身内だからだろう。
「それで、なぜ王女様のような方がここに?」
その問の答えが聞けていないからと、もう一度オリビアは口にした。
「例の報酬のことで少し問題があって、それが解決するまでここにいることになった」
「人質」という言葉をユリウスは使わなかった。そのことにジゼルは気づき彼を見上げた。
ユリウスも顔はオリビアに向けたまま、視線だけをジゼルに動かし、その疑問を察したかのように目配せする。
「問題…どんな?」
案の定、オリビアは聞いてきた。
「支払いの半分は回収したが、後の半分が少し遅れる。それまで彼女はここで働いてもらうことになった」
「働く? 王女様が?」
またもやオリビアが驚いて、オウム返しに同じ言葉を放った。その顔には王女様に何が出来るのかという疑問も浮かんでいる。
「針仕事と、それから子供たちの家庭教師をと思っている」
「針仕事…レシティのところね。でも、王女様となぜ二人きりで食堂に?」
オリビアは、まだ片付けの終わっていない机に視線を走らせ、そこに四人分の食器があることに気づき、彼女は無言でユリウスを見つめた。
「子供たちと四人で夕食を取ったのだが、子供たちは眠そうだったので部屋に引き上げた」
「あ、え、ああ、そ、そう」
「それより、君は? 義母上の具合はもういいのか?」
「ええ、もう寝台から起き上がって元の生活に戻ったわ。ユリウスにも心配をかけてごめんなさいと謝っていたわ。それから、お見舞いもたくさんいただいて、ありがとうって」
「それなら手紙でも良かったのに、わざわざそれを言いに来たのか?」
ユリウスの言葉にオリビアの表情が強張った。
「その…子供たちにも会いたかったし」
「それならば、寝る支度を済ませて寝台にいるだろうが、今ならまだ寝ていないだろう。会いに行っては?」
「そうね。でも、今行ったら子供たちが興奮してしまって、寝ようとしないかも知れないから、明日の朝にするわ」
子供たちに会いたかったと言いながら、オリビアはすぐに会いに行こうとはしなかった。
「オリビア、前から思っていたのだが」
「な、何?」
「リゼが亡くなってもう四年だ。子供たちも随分手間がかからなくなったし、叔母として心配してくれるのは有り難いが、そろそろ自分のことに専念してはどうだ?」
「え、それは…どういう意味かしら」
「君のこれまでの献身には感謝するが、君も年頃だ。結婚のこと、考えてはどうだ?」
「えっと…それは…」
何かを期待するかのように、オリビアはユリウスを見た。
「もっと前にそのことに気づくべきだった。赦してほしい。ご両親には私からも詫びるし、条件を言ってくれれば、君の望む相手を探そう」
「ユ、ユリウス…それは…」
「結婚したくないなら、それでも構わないが、もう俺と子供たちのことは気にかけてくれなくてもいい。ご両親も色々考えがお有りだろう。これからの君の人生をどうするのか、きちんと話し合ってはどうだ?」
「ユリウス、私は…」
明らかにオリビアは動揺している。それは彼女に、ここにいる理由がないことを告げている。そんな彼女に更にユリウスは付け加えた。
「俺も義兄として相談には乗る。子供たちは寂しがるだろうが、きちんと言って聞かせる」
子供たちはと、あえてユリウスは言及した。
自分は違うと言う意味も含まれている。
「ユリウス、なぜ、急に…そんな…」
「急ではない。前々から思っていたことだ。義母上の看病で戻ったのはいい機会だと思っていた。そのまま戻ってこなければ、それでいいと思っていた」
ジゼルはここにいていいのだろうかと、いたたまれない気持ちになった。
初めて会うオリビアが、どのような人物かはわからない。
ただ、ユリウスから告げられた言葉を、喜んでいるようにはとても見えない。
姉が思いの外早くに亡くなって、その家族に申し訳ないと思っての献身なら、立ち直ったことを喜ぶべきだろう。
しかし、オリビアからは、そのような気配はまったく感じられなかった。
「オリビア」
ユリウスが女性の名前を呟いた。さっきまでジゼルに話しかけていた親密さは消え、どこか余所余所しい物言いだった。
(オリビア…あの子達の叔母様だという女性ね)
ユリウスが立ち上がり、オリビアの視線から護るようにジゼルの目の前に立った。
「ユリウス、その女性は誰ですか?」
ユリウスが答えないので、更に彼女は問いかけた。
それに対し、ちらりと彼は肩越しにジゼルを見た。
「よろしいか?」
「はい」
ジゼルはすっと立ち上がり、ユリウスのすぐ横に立った。
「オリビア、この方はエレトリカ王国の王女、ジゼル殿下だ。殿下、彼女はオリビアと言って俺の亡妻の妹でリロイたちの叔母だ」
「お、王女様?」
「は、はじめまして、ジゼルです」
身分の高い者が先に挨拶するのが社交界の常識だが、この時先にジゼルが名乗ったのは、それを意識してのことではなかった。
ただ、条件反射とでも言おうか、ジゼルが誰であるかを説明したユリウスの言葉を聞いて、オリビアが更に瞠目したのを見て、咄嗟に身に付いた礼儀正しさで会釈した。
「オリビア、礼儀を忘れたのか。殿下が挨拶をしているのだぞ」
なぜ王女がここにいるのかわからないと、その顔に書いたまま、オリビアは呆然として何も言わない。
それをユリウスが咎めた。
「あ、あの、オリビアと申します。ユ、ユリウスとは幼馴染で、その…姉がユリウスと結婚したので…」
オリビアは慌てて挨拶を返した。
ユリウスのことを呼び捨てにしても咎められないのは、オリビアがユリウスの身内だからだろう。
「それで、なぜ王女様のような方がここに?」
その問の答えが聞けていないからと、もう一度オリビアは口にした。
「例の報酬のことで少し問題があって、それが解決するまでここにいることになった」
「人質」という言葉をユリウスは使わなかった。そのことにジゼルは気づき彼を見上げた。
ユリウスも顔はオリビアに向けたまま、視線だけをジゼルに動かし、その疑問を察したかのように目配せする。
「問題…どんな?」
案の定、オリビアは聞いてきた。
「支払いの半分は回収したが、後の半分が少し遅れる。それまで彼女はここで働いてもらうことになった」
「働く? 王女様が?」
またもやオリビアが驚いて、オウム返しに同じ言葉を放った。その顔には王女様に何が出来るのかという疑問も浮かんでいる。
「針仕事と、それから子供たちの家庭教師をと思っている」
「針仕事…レシティのところね。でも、王女様となぜ二人きりで食堂に?」
オリビアは、まだ片付けの終わっていない机に視線を走らせ、そこに四人分の食器があることに気づき、彼女は無言でユリウスを見つめた。
「子供たちと四人で夕食を取ったのだが、子供たちは眠そうだったので部屋に引き上げた」
「あ、え、ああ、そ、そう」
「それより、君は? 義母上の具合はもういいのか?」
「ええ、もう寝台から起き上がって元の生活に戻ったわ。ユリウスにも心配をかけてごめんなさいと謝っていたわ。それから、お見舞いもたくさんいただいて、ありがとうって」
「それなら手紙でも良かったのに、わざわざそれを言いに来たのか?」
ユリウスの言葉にオリビアの表情が強張った。
「その…子供たちにも会いたかったし」
「それならば、寝る支度を済ませて寝台にいるだろうが、今ならまだ寝ていないだろう。会いに行っては?」
「そうね。でも、今行ったら子供たちが興奮してしまって、寝ようとしないかも知れないから、明日の朝にするわ」
子供たちに会いたかったと言いながら、オリビアはすぐに会いに行こうとはしなかった。
「オリビア、前から思っていたのだが」
「な、何?」
「リゼが亡くなってもう四年だ。子供たちも随分手間がかからなくなったし、叔母として心配してくれるのは有り難いが、そろそろ自分のことに専念してはどうだ?」
「え、それは…どういう意味かしら」
「君のこれまでの献身には感謝するが、君も年頃だ。結婚のこと、考えてはどうだ?」
「えっと…それは…」
何かを期待するかのように、オリビアはユリウスを見た。
「もっと前にそのことに気づくべきだった。赦してほしい。ご両親には私からも詫びるし、条件を言ってくれれば、君の望む相手を探そう」
「ユ、ユリウス…それは…」
「結婚したくないなら、それでも構わないが、もう俺と子供たちのことは気にかけてくれなくてもいい。ご両親も色々考えがお有りだろう。これからの君の人生をどうするのか、きちんと話し合ってはどうだ?」
「ユリウス、私は…」
明らかにオリビアは動揺している。それは彼女に、ここにいる理由がないことを告げている。そんな彼女に更にユリウスは付け加えた。
「俺も義兄として相談には乗る。子供たちは寂しがるだろうが、きちんと言って聞かせる」
子供たちはと、あえてユリウスは言及した。
自分は違うと言う意味も含まれている。
「ユリウス、なぜ、急に…そんな…」
「急ではない。前々から思っていたことだ。義母上の看病で戻ったのはいい機会だと思っていた。そのまま戻ってこなければ、それでいいと思っていた」
ジゼルはここにいていいのだろうかと、いたたまれない気持ちになった。
初めて会うオリビアが、どのような人物かはわからない。
ただ、ユリウスから告げられた言葉を、喜んでいるようにはとても見えない。
姉が思いの外早くに亡くなって、その家族に申し訳ないと思っての献身なら、立ち直ったことを喜ぶべきだろう。
しかし、オリビアからは、そのような気配はまったく感じられなかった。
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