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第四章
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最後のデザートの木苺のタルトまで、子供たちはジゼルの真似をして食べた。
そのせいで食事にかなりの時間を要し、食事が終わる頃になると、子供たちは目を擦り始めた。
「もう限界だな」
「私が連れていきます。ユリウス様たちはお食事をお続けください。リロイ様、ミア様、お部屋に行きましょう」
ケーラが二人に声をかける。
「おやすみなさい。お父様。王女様」
「おやすみなさい」
椅子から降りて二人はペコリと頭を下げた。
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい」
二人はケーラに手を引かれて部屋へと向かった。
「すまなかったな。食べた気がしなかっただろう」
ユリウスはデザートは食べなかった。代わりに少し甘めのデザートワインを飲んでいた。
「いいえ。お食事はどれも美味しくいただきました」
「それを聞けばイゴールが喜ぶだろう。こちらはとても助かった。何しろ子供たちは何度口を酸っぱくして言っても、マナーが身に付かなかったのに、百聞は一見にしかずだな」
「まだ小さいのですから、そんなに気になさらなくてもよろしいのでは?」
「あなたはあの子達の年齢の頃はあんな風だったか?」
「いえ、自分で食べられるようになった頃から、食事のマナーは叩き込まれました。きちんと出来るまでは、父たちと一緒の食卓にはつけませんでした」
「なら、早すぎるということはないと思うが」
「それは…そうですね」
ユリウスは残っていたワインを飲み干して、盃を机の上に置いた。
「それはそうと、俺を見て何か気づかないか?」
「え?」
ジゼルが改めてユリウスに視線を向けると、彼は着ていたシャツの肩先を指さした。
「あ、そのシャツ」
彼の仕草を見て、ジゼルはそれが何なのか気づいた。
「そう。あなたにさっき渡したシャツだ」
「え、あ、その…い、いかがでしたか?」
「初めてにしてはよく出来ている。いや、期待以上だ」
ユリウスが袖口を優しく撫でる。
その仕草があまりに煽情的に見え、ジゼルはまるで自分が今彼の手に撫でられているような気持ちになった。
「そ、それでは、合格…ですか?」
「そうだな。あなたが良ければ明日からレシティの所へ通うといい」
「はい。ありがとうございます!」
勢いよくジゼルは返事をした。
「そんなに嬉しいか」
「はい。その…私でも出来ることがあるのが、嬉しくて」
「それだけではないだろう」
「え?」
ユリウスは、すっとジゼルの方に体を傾けた。
「子供たちはあなたに本を読んでもらって喜んでいた。『お父様より何倍も上手だったよ』と言っていた」
「本当ですか?」
「ああ。それにさっきのことも、これまでいくら言っても食べ方など気にしなかった子供たちが、あなたを見てやる気になった」
「賢くて素直な子達ですから、いずれは気づいたと思いますよ」
「だが、あなたがいたから子供たちは今気づいた」
あまりに近くで話すので、彼の体温が近くに感じられる。先程彼に抱えられていた時のことを思い出し、変に意識する。
「もうひとつ、頼みを聞いてくれるか?」
「な、何でしょうか」
何を頼まれるのかとジゼルは緊張する。自分の心臓の音がいやに大きく聞こえる。
「そんなに緊張しなくても、出来ないことは頼まない」
そんなジゼルの反応に、彼は安心させるように微笑んだ。
赤い瞳に優しい光が宿る。
初めて彼の目と視線が絡んだ時は恐ろしいと思ったが、今ではその瞳が冬の寒さを和らげる暖炉の火のように思える。
「もし、あなたさえ良かったら、ここにいる間、子供たちの家庭教師をしてみないか」
「私が…教師?」
「そう。あなたの言葉なら、子供たちは素直に聞くと思う。何より子供たちが喜ぶだろう」
「私に、出来ると思いますか」
「言っただろう、出来ないことは頼まない。それに、期待以上に出来るとこともわかっている」
ユリウスはもう一度シャツの肩先を指差した。
「人をおだてるのが上手ですね」
「おだてているわけではない。真実を言っている」
いつの間にかユリウスは顔だけでなく、上半身もジゼルの方に向けている。
正面から見据えられていることに気づき、ジゼルは心臓の高鳴りと共に妙な渇きを覚え、まだ少し残っていたワインをコクリと飲んだ。
「私に、大切なお子様たちを任せてよろしいのですか?」
「そう思うから提案している。もし教師として待遇に希望があるなら」
「いえ、特には…今以上の好待遇は不要です」
「ここでの滞在を、そんな風に思ってくれているのか?」
「もちろんです。最初は『人質』と言われて、地下にでも押し込められるかと覚悟していました」
「そんな地下などここにはない」
「今のは私の想像です。何しろ『人質』などなったことがありませんから」
真の牢獄は地下でなくても作れるものだ。
ジゼルはドミニコと過ごした公国での日々を思い浮かべる。
高級な家具が置かれていても、清潔なシーツを敷いた柔らかい寝台があったとしても、そこで繰り広げられた悪夢の日々は、見かけだけ取り繕った地獄だった。
「特別扱いはなさらないと、ここへ来る時におっしゃいましたが、私には十分な待遇をしていただいていると思います」
「そう思ってくれているなら嬉しい。何なら、好きなだけここにいてくれてもいいぞ。俺は構わない」
「え?」
思わずジゼルは聞き返した。
「ユリウス、その女は誰なの⁉」
しかし、突然そんな声が聞こえ、背中を向けていた入口の方をジゼルは振り返った。
そのせいで食事にかなりの時間を要し、食事が終わる頃になると、子供たちは目を擦り始めた。
「もう限界だな」
「私が連れていきます。ユリウス様たちはお食事をお続けください。リロイ様、ミア様、お部屋に行きましょう」
ケーラが二人に声をかける。
「おやすみなさい。お父様。王女様」
「おやすみなさい」
椅子から降りて二人はペコリと頭を下げた。
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい」
二人はケーラに手を引かれて部屋へと向かった。
「すまなかったな。食べた気がしなかっただろう」
ユリウスはデザートは食べなかった。代わりに少し甘めのデザートワインを飲んでいた。
「いいえ。お食事はどれも美味しくいただきました」
「それを聞けばイゴールが喜ぶだろう。こちらはとても助かった。何しろ子供たちは何度口を酸っぱくして言っても、マナーが身に付かなかったのに、百聞は一見にしかずだな」
「まだ小さいのですから、そんなに気になさらなくてもよろしいのでは?」
「あなたはあの子達の年齢の頃はあんな風だったか?」
「いえ、自分で食べられるようになった頃から、食事のマナーは叩き込まれました。きちんと出来るまでは、父たちと一緒の食卓にはつけませんでした」
「なら、早すぎるということはないと思うが」
「それは…そうですね」
ユリウスは残っていたワインを飲み干して、盃を机の上に置いた。
「それはそうと、俺を見て何か気づかないか?」
「え?」
ジゼルが改めてユリウスに視線を向けると、彼は着ていたシャツの肩先を指さした。
「あ、そのシャツ」
彼の仕草を見て、ジゼルはそれが何なのか気づいた。
「そう。あなたにさっき渡したシャツだ」
「え、あ、その…い、いかがでしたか?」
「初めてにしてはよく出来ている。いや、期待以上だ」
ユリウスが袖口を優しく撫でる。
その仕草があまりに煽情的に見え、ジゼルはまるで自分が今彼の手に撫でられているような気持ちになった。
「そ、それでは、合格…ですか?」
「そうだな。あなたが良ければ明日からレシティの所へ通うといい」
「はい。ありがとうございます!」
勢いよくジゼルは返事をした。
「そんなに嬉しいか」
「はい。その…私でも出来ることがあるのが、嬉しくて」
「それだけではないだろう」
「え?」
ユリウスは、すっとジゼルの方に体を傾けた。
「子供たちはあなたに本を読んでもらって喜んでいた。『お父様より何倍も上手だったよ』と言っていた」
「本当ですか?」
「ああ。それにさっきのことも、これまでいくら言っても食べ方など気にしなかった子供たちが、あなたを見てやる気になった」
「賢くて素直な子達ですから、いずれは気づいたと思いますよ」
「だが、あなたがいたから子供たちは今気づいた」
あまりに近くで話すので、彼の体温が近くに感じられる。先程彼に抱えられていた時のことを思い出し、変に意識する。
「もうひとつ、頼みを聞いてくれるか?」
「な、何でしょうか」
何を頼まれるのかとジゼルは緊張する。自分の心臓の音がいやに大きく聞こえる。
「そんなに緊張しなくても、出来ないことは頼まない」
そんなジゼルの反応に、彼は安心させるように微笑んだ。
赤い瞳に優しい光が宿る。
初めて彼の目と視線が絡んだ時は恐ろしいと思ったが、今ではその瞳が冬の寒さを和らげる暖炉の火のように思える。
「もし、あなたさえ良かったら、ここにいる間、子供たちの家庭教師をしてみないか」
「私が…教師?」
「そう。あなたの言葉なら、子供たちは素直に聞くと思う。何より子供たちが喜ぶだろう」
「私に、出来ると思いますか」
「言っただろう、出来ないことは頼まない。それに、期待以上に出来るとこともわかっている」
ユリウスはもう一度シャツの肩先を指差した。
「人をおだてるのが上手ですね」
「おだてているわけではない。真実を言っている」
いつの間にかユリウスは顔だけでなく、上半身もジゼルの方に向けている。
正面から見据えられていることに気づき、ジゼルは心臓の高鳴りと共に妙な渇きを覚え、まだ少し残っていたワインをコクリと飲んだ。
「私に、大切なお子様たちを任せてよろしいのですか?」
「そう思うから提案している。もし教師として待遇に希望があるなら」
「いえ、特には…今以上の好待遇は不要です」
「ここでの滞在を、そんな風に思ってくれているのか?」
「もちろんです。最初は『人質』と言われて、地下にでも押し込められるかと覚悟していました」
「そんな地下などここにはない」
「今のは私の想像です。何しろ『人質』などなったことがありませんから」
真の牢獄は地下でなくても作れるものだ。
ジゼルはドミニコと過ごした公国での日々を思い浮かべる。
高級な家具が置かれていても、清潔なシーツを敷いた柔らかい寝台があったとしても、そこで繰り広げられた悪夢の日々は、見かけだけ取り繕った地獄だった。
「特別扱いはなさらないと、ここへ来る時におっしゃいましたが、私には十分な待遇をしていただいていると思います」
「そう思ってくれているなら嬉しい。何なら、好きなだけここにいてくれてもいいぞ。俺は構わない」
「え?」
思わずジゼルは聞き返した。
「ユリウス、その女は誰なの⁉」
しかし、突然そんな声が聞こえ、背中を向けていた入口の方をジゼルは振り返った。
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