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第四章
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「そうか、わかった。世話をかけた」
「いえ」
ジゼルが子どもたちに本を読んでいる間に、レシティとケーラは、ユリウスの執務室に来ていた。
「私の経験が役に立てたなら、良かったです」
「レシティにも、嫌なことを頼んだ。すまない」
ユリウスがレシティに頭を下げて謝った。
「いいえ、そんな、大したことはしておりません。私も子供が出来ないと悩んだことがあったと、ただ話しただけです。同じ思いをした人がいると聞けば、自分の気持ちを吐き出すきっかけになりますから。ユリウス様の思惑通りでしたね」
レシティがランディフ・グローチャーの義母であることは、この邸で暮らす者なら誰もが知っている。
ランディフの実の母親は大きなお腹を抱え、この地にやってきた。ユリウスの父親が身重で道端に蹲っている彼の母親を見つけ、保護したのだった。保護してすぐに産気付いた母親は、彼を産み落としてその後すぐに亡くなった。自分がどこの誰かも明かさずに。孤児となったそんな彼を、レシティと夫が引き取った。
ランディフを引き取ると決めたのは、レシティの夫だった。
その頃にレシティ夫婦に子供が出来る兆しがまったくなく、レシティは酷く落ち込んでいた。
二人は生まれてすぐ孤児になったランディフを、我が子のように可愛がった。
そのことを知っていたユリウスは、ジゼルをレシティに引き合わせた。
王女が離縁されたのは、七年経っても子供が出来なかったから。大公は他に愛人をつくり、その愛人に子が出来たからだということは、ユリウスの耳にも入っていた。
「私はまだ幸運でした。夫も、夫の両親も子が出来ないからと、私に辛く当たったりはしなかった。しっかり者で良く働く美人の嫁だと喜んでくれました」
「そうか」
レシティが自分のことを「美人の嫁」と言った言葉は聞こえていたユリウスだったが、特に激しく同意も否定もせず、ただ、普通に相槌を返した。
「ユリウス様、そこは同意するか、笑うところです」
「何がだ?」
聞いているのかいないのか、レシティに言われたことの意味が理解できず、問い返した。
「もういいです。せっかく顔も良くていい男なのに、鈍感なのですからね。そんなことでは好きだと自覚して告白をする前に、おじいちゃんになってしまいます」
「どういう意味だ?」
レシティの意味ありげな言葉に、ユリウスは問い返した。
「単なる『人質』と言う割に、王女様のことを気にかけていらっしゃると、レシティは申しているのです」
ケーラがその問いに答えると、そうだとレシティも頷いた。
「俺は皆のことを気にかけているつもりだが。子供たちのことも、一族の者のことも。たとえ期間限定でも、彼女もここで滞在する間は、ちゃんとした待遇を心がけているだけだ」
「まあ、そう仰られるなら、そういうことにしておきましょう」
「なんだ、その含みのある言い方は?」
フフフと互いに目配せし合うケーラとレシティに、ムッとしたもののユリウスは咎めはしない。
「ジゼル王女殿下の憂いも、これで少し晴れるとよろしいですね」
「それで、その後彼女は?」
「涙が止まってすぐケーラさんとお子様たちが来られ、一緒にお茶とお菓子を楽しまれておりました」
「子供たちは、迷惑をかけてはいなかったか?」
子が出来ないから離縁されたと涙を流した後で、子供と接するのは辛くはなかったのかと心配した。
「子供や動物の純真さは、癒しになりますよ。私もランディフに救われました。というより、子育てが大変でじっくり考える暇などなかったと言うのが事実ですが」
「今はどうしている?」
「リロイ様が本を読んでほしいとお願いし、リロイ様のお部屋にいかれました。何でも出来るユリウス様の唯一苦手な分野ですね」
「それを言うな」
痛いところを突かれ、ユリウスは顔をしかめる。
「登場人物になりきって台詞を言うなど、役者でもないのに出来るわけがないだろう」
「そんなことを仰るから、いつまで経っても上達しないのです」
「こんなことでダメ出しをされるとは思わなかった」
「苦手なのに、せがまれればやろうとするのは、良いことだと思いますよ」
「そうですよ。お子様たちのことを大事にされていらっしゃるのは、誰もが存じております」
「俺を褒め殺しするつもりか。二人からそこまで言われると、何だか気味が悪い」
ケーラとレシティはこの邸の中でも、皆に一目置かれる存在だ。そんな二人をユリウスは母とも慕い、尊重している。
「まあ、その言い方はなんですか。せっかく褒めて差し上げているのに」
「有り難いが、褒められるようなことは何もしていない。俺は当たり前のことをしているだけだ」
子供たちのことは、たとえリゼが生きていたとしても、今のように関わっただろうし、一族のことも手を抜くつもりはない。
「あなたのお父様も、立派な指導者でした。その後継者であるあなたも、十分ご自分の責務を果たしていることは、誰もが認めています。けれど、いい父親、いい総領であろうとしてくれるのはいいですが、無理をしていないかと心配になります」
「無理はしていない」
「それならいいのですが。そうそう、忘れておりました。お預かりしていたシャツです」
ユリウスが王女に預けたシャツをレシティが渡した。それを受け取り、破れていた場所をユリウスが確認する。
「どうですか? 仕上がりは」
「うむ。なかなかだな。いや、思った以上に良く出来ている」
ひとつひとつの縫い目が均等で、本当にユリウスはそう思った。
「それはそれは丁寧に一生懸命に縫っていましたよ」
「そうか」
レシティの言葉を聞いて、ユリウスは針を持って縫い物に没頭するジゼルの姿を想像して、笑みを浮かべた。
「いえ」
ジゼルが子どもたちに本を読んでいる間に、レシティとケーラは、ユリウスの執務室に来ていた。
「私の経験が役に立てたなら、良かったです」
「レシティにも、嫌なことを頼んだ。すまない」
ユリウスがレシティに頭を下げて謝った。
「いいえ、そんな、大したことはしておりません。私も子供が出来ないと悩んだことがあったと、ただ話しただけです。同じ思いをした人がいると聞けば、自分の気持ちを吐き出すきっかけになりますから。ユリウス様の思惑通りでしたね」
レシティがランディフ・グローチャーの義母であることは、この邸で暮らす者なら誰もが知っている。
ランディフの実の母親は大きなお腹を抱え、この地にやってきた。ユリウスの父親が身重で道端に蹲っている彼の母親を見つけ、保護したのだった。保護してすぐに産気付いた母親は、彼を産み落としてその後すぐに亡くなった。自分がどこの誰かも明かさずに。孤児となったそんな彼を、レシティと夫が引き取った。
ランディフを引き取ると決めたのは、レシティの夫だった。
その頃にレシティ夫婦に子供が出来る兆しがまったくなく、レシティは酷く落ち込んでいた。
二人は生まれてすぐ孤児になったランディフを、我が子のように可愛がった。
そのことを知っていたユリウスは、ジゼルをレシティに引き合わせた。
王女が離縁されたのは、七年経っても子供が出来なかったから。大公は他に愛人をつくり、その愛人に子が出来たからだということは、ユリウスの耳にも入っていた。
「私はまだ幸運でした。夫も、夫の両親も子が出来ないからと、私に辛く当たったりはしなかった。しっかり者で良く働く美人の嫁だと喜んでくれました」
「そうか」
レシティが自分のことを「美人の嫁」と言った言葉は聞こえていたユリウスだったが、特に激しく同意も否定もせず、ただ、普通に相槌を返した。
「ユリウス様、そこは同意するか、笑うところです」
「何がだ?」
聞いているのかいないのか、レシティに言われたことの意味が理解できず、問い返した。
「もういいです。せっかく顔も良くていい男なのに、鈍感なのですからね。そんなことでは好きだと自覚して告白をする前に、おじいちゃんになってしまいます」
「どういう意味だ?」
レシティの意味ありげな言葉に、ユリウスは問い返した。
「単なる『人質』と言う割に、王女様のことを気にかけていらっしゃると、レシティは申しているのです」
ケーラがその問いに答えると、そうだとレシティも頷いた。
「俺は皆のことを気にかけているつもりだが。子供たちのことも、一族の者のことも。たとえ期間限定でも、彼女もここで滞在する間は、ちゃんとした待遇を心がけているだけだ」
「まあ、そう仰られるなら、そういうことにしておきましょう」
「なんだ、その含みのある言い方は?」
フフフと互いに目配せし合うケーラとレシティに、ムッとしたもののユリウスは咎めはしない。
「ジゼル王女殿下の憂いも、これで少し晴れるとよろしいですね」
「それで、その後彼女は?」
「涙が止まってすぐケーラさんとお子様たちが来られ、一緒にお茶とお菓子を楽しまれておりました」
「子供たちは、迷惑をかけてはいなかったか?」
子が出来ないから離縁されたと涙を流した後で、子供と接するのは辛くはなかったのかと心配した。
「子供や動物の純真さは、癒しになりますよ。私もランディフに救われました。というより、子育てが大変でじっくり考える暇などなかったと言うのが事実ですが」
「今はどうしている?」
「リロイ様が本を読んでほしいとお願いし、リロイ様のお部屋にいかれました。何でも出来るユリウス様の唯一苦手な分野ですね」
「それを言うな」
痛いところを突かれ、ユリウスは顔をしかめる。
「登場人物になりきって台詞を言うなど、役者でもないのに出来るわけがないだろう」
「そんなことを仰るから、いつまで経っても上達しないのです」
「こんなことでダメ出しをされるとは思わなかった」
「苦手なのに、せがまれればやろうとするのは、良いことだと思いますよ」
「そうですよ。お子様たちのことを大事にされていらっしゃるのは、誰もが存じております」
「俺を褒め殺しするつもりか。二人からそこまで言われると、何だか気味が悪い」
ケーラとレシティはこの邸の中でも、皆に一目置かれる存在だ。そんな二人をユリウスは母とも慕い、尊重している。
「まあ、その言い方はなんですか。せっかく褒めて差し上げているのに」
「有り難いが、褒められるようなことは何もしていない。俺は当たり前のことをしているだけだ」
子供たちのことは、たとえリゼが生きていたとしても、今のように関わっただろうし、一族のことも手を抜くつもりはない。
「あなたのお父様も、立派な指導者でした。その後継者であるあなたも、十分ご自分の責務を果たしていることは、誰もが認めています。けれど、いい父親、いい総領であろうとしてくれるのはいいですが、無理をしていないかと心配になります」
「無理はしていない」
「それならいいのですが。そうそう、忘れておりました。お預かりしていたシャツです」
ユリウスが王女に預けたシャツをレシティが渡した。それを受け取り、破れていた場所をユリウスが確認する。
「どうですか? 仕上がりは」
「うむ。なかなかだな。いや、思った以上に良く出来ている」
ひとつひとつの縫い目が均等で、本当にユリウスはそう思った。
「それはそれは丁寧に一生懸命に縫っていましたよ」
「そうか」
レシティの言葉を聞いて、ユリウスは針を持って縫い物に没頭するジゼルの姿を想像して、笑みを浮かべた。
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