29 / 102
第三章
10
しおりを挟む
「そして、アベルはドラゴンの住処へと向かいました」
あの後ジゼルはリロイの部屋へと連れて行かれ、ソファの真ん中に座らされた。
そしてピタリと両脇からミアとリロイに挟まれた。
リロイが読んでほしいと最初に持ってきたのは、アベルと言う名の少年が、自分の住む村を襲って両親を死なせたドラゴンを倒す旅に出るお話だった。
昔から良く読まれているもので、ジュリアンも好きで読んでいた。
ケーラに一冊だけですよ。と言われていたが、リロイはその言いつけをちゃんと守った。
確かに一冊には違いなかったが、ただし、それを三回も読まされたのだった。
「おもしろかった。もう一回読んで」
「え、同じ本を、ですか?」
「うん、お父様よりずっとずっと上手」
一回目を読み終えすぐにそう言われて驚いた。
しかし、面白かった、上手だと言われて悪い気はしなかったので、もう一度読んだ。
二回目を読み終え、もう一度とせがまれた時に、メアリーが心配そうに見ていたが、本の挿絵を食い入るようにして話に聞き入っている姿を見て、ジゼルは請われるままに三回目を読み始めた。
話が中盤にさしかかった時、ジゼルは腕に重みを感じた。二人がジゼルの腕にすがるようにして眠っている。
「ふふ」
パタンと読んでいた本を閉じて、ジゼルはすやすやと寝息を立てて眠る二人の寝顔を眺めた。
「ムニャムニャ」
何か夢でも見ているのか、ミアは口を動かして何事か呟いている。
リロイはフフフと夢の中で笑っている。
子供や動物が安心して眠っているのを見ると、それだけで幸せになる。
側で眠っているということは、安心してくれているということだ。
もともと人なつっこいのだろう。
自分たちの父親の妻、自分たちの母親になる人だと誤解されているようだが、ボルトレフ卿はちゃんと誤解は解いてくれたのだろうか。
慕ってくれるのはうれしいが、誤解されては彼も困るだろう。
「そう言えば、あのシャツ、出来上がったのを届けないと」
そう思いつつも、動けば二人を起こしてしまう。それも忍びなく、ジゼルは腕はそのままにして、そっと背中を背もたれに預けた。
先程泣いたことで、胸にあったつかえのようなものが、押し流されて、今はすっきりしている。
誰にも言えなかった思いを、共有してくれる人がいる。
それだけで、自分だけではないのだと、心強く感じた。
それだけで、ここに来て良かったと前向きな気持ちになる。
それに、可愛らしいこの子達にも会えた。
もし王宮に戻っても、頼めば彼らの近況を時折手紙で教えてもらえるだろうか。
そして文字を書けるようになったら、彼らともやり取りをしてみたい。
自分の子を持てない女性もいる。一方で、せっかく生んだ我が子を抱き締めることもできない女性もいる。
リロイとミアがジゼルを自分たちの母親になる人物だと勘違いしたのは、もしかしたら暗に母親という存在を求めているのかも知れない。
ユリウス・ボルトレフ。
最初彼が王宮に現れた時、あまりの堂々とした立ち居振る舞いと、王である父に対して臆することなく言いたいことを言う態度に、畏れを抱いた。
柔らかい物腰で母親に逆らえないドミニコとは、同じ上に立つ者として何もかも違う。
圧倒的力で纏わりつく護衛たちを、鮮やかとも言える仕草で払い除け、真っ直ぐ壇上の国王に向って突き進んできた彼の、力強い赤い瞳に、ジゼルは身が震えたことを思い出す。
あの身震いが単なる畏怖なのか、何なのかわからない。
ただ、最初に思ったほど恐ろしい人ではなかった。
それどころか周りからも慕われ、子供たちをこよなく愛するその姿に、人を第一印象で決めつけてはいけないという言葉を思い出す。
まだ病み上がりで体力が無かったからか、二人の寝顔を眺めて、その心地良い寝息を聞いているうちに、ジゼルはそのまま眠りに落ちていた。
*****
夢の中で、ジゼルは雲の上にいた。真っ青な空の上に浮かぶ白い雲。
風が心地良く吹いて頬を撫でる。
雲の上から下を見ると、どこまでも広い草原が広がっている。
緑の草が風になびき、光を受けて波のように草花が煌めく。
まるで草の海だと思った。
その緑の中に、他とは違う濃い色が動いているのが見えた。
黒っぽいそれはしなやかな四本脚の獣のようで、勢いよく草原を進んでいる。
遠目ではわからないが、その姿は堂々として自由で、力強い。
もっと見ようとしてジゼルは雲の上から身を乗り出した。
―落ちる
そう思った瞬間、はっと目が覚めた。
「起きたのか」
「え…」
すぐ目の前に、自分を見下ろすユリウス・ボルトレフの顔があって、赤い瞳と視線がかち合った。
あの後ジゼルはリロイの部屋へと連れて行かれ、ソファの真ん中に座らされた。
そしてピタリと両脇からミアとリロイに挟まれた。
リロイが読んでほしいと最初に持ってきたのは、アベルと言う名の少年が、自分の住む村を襲って両親を死なせたドラゴンを倒す旅に出るお話だった。
昔から良く読まれているもので、ジュリアンも好きで読んでいた。
ケーラに一冊だけですよ。と言われていたが、リロイはその言いつけをちゃんと守った。
確かに一冊には違いなかったが、ただし、それを三回も読まされたのだった。
「おもしろかった。もう一回読んで」
「え、同じ本を、ですか?」
「うん、お父様よりずっとずっと上手」
一回目を読み終えすぐにそう言われて驚いた。
しかし、面白かった、上手だと言われて悪い気はしなかったので、もう一度読んだ。
二回目を読み終え、もう一度とせがまれた時に、メアリーが心配そうに見ていたが、本の挿絵を食い入るようにして話に聞き入っている姿を見て、ジゼルは請われるままに三回目を読み始めた。
話が中盤にさしかかった時、ジゼルは腕に重みを感じた。二人がジゼルの腕にすがるようにして眠っている。
「ふふ」
パタンと読んでいた本を閉じて、ジゼルはすやすやと寝息を立てて眠る二人の寝顔を眺めた。
「ムニャムニャ」
何か夢でも見ているのか、ミアは口を動かして何事か呟いている。
リロイはフフフと夢の中で笑っている。
子供や動物が安心して眠っているのを見ると、それだけで幸せになる。
側で眠っているということは、安心してくれているということだ。
もともと人なつっこいのだろう。
自分たちの父親の妻、自分たちの母親になる人だと誤解されているようだが、ボルトレフ卿はちゃんと誤解は解いてくれたのだろうか。
慕ってくれるのはうれしいが、誤解されては彼も困るだろう。
「そう言えば、あのシャツ、出来上がったのを届けないと」
そう思いつつも、動けば二人を起こしてしまう。それも忍びなく、ジゼルは腕はそのままにして、そっと背中を背もたれに預けた。
先程泣いたことで、胸にあったつかえのようなものが、押し流されて、今はすっきりしている。
誰にも言えなかった思いを、共有してくれる人がいる。
それだけで、自分だけではないのだと、心強く感じた。
それだけで、ここに来て良かったと前向きな気持ちになる。
それに、可愛らしいこの子達にも会えた。
もし王宮に戻っても、頼めば彼らの近況を時折手紙で教えてもらえるだろうか。
そして文字を書けるようになったら、彼らともやり取りをしてみたい。
自分の子を持てない女性もいる。一方で、せっかく生んだ我が子を抱き締めることもできない女性もいる。
リロイとミアがジゼルを自分たちの母親になる人物だと勘違いしたのは、もしかしたら暗に母親という存在を求めているのかも知れない。
ユリウス・ボルトレフ。
最初彼が王宮に現れた時、あまりの堂々とした立ち居振る舞いと、王である父に対して臆することなく言いたいことを言う態度に、畏れを抱いた。
柔らかい物腰で母親に逆らえないドミニコとは、同じ上に立つ者として何もかも違う。
圧倒的力で纏わりつく護衛たちを、鮮やかとも言える仕草で払い除け、真っ直ぐ壇上の国王に向って突き進んできた彼の、力強い赤い瞳に、ジゼルは身が震えたことを思い出す。
あの身震いが単なる畏怖なのか、何なのかわからない。
ただ、最初に思ったほど恐ろしい人ではなかった。
それどころか周りからも慕われ、子供たちをこよなく愛するその姿に、人を第一印象で決めつけてはいけないという言葉を思い出す。
まだ病み上がりで体力が無かったからか、二人の寝顔を眺めて、その心地良い寝息を聞いているうちに、ジゼルはそのまま眠りに落ちていた。
*****
夢の中で、ジゼルは雲の上にいた。真っ青な空の上に浮かぶ白い雲。
風が心地良く吹いて頬を撫でる。
雲の上から下を見ると、どこまでも広い草原が広がっている。
緑の草が風になびき、光を受けて波のように草花が煌めく。
まるで草の海だと思った。
その緑の中に、他とは違う濃い色が動いているのが見えた。
黒っぽいそれはしなやかな四本脚の獣のようで、勢いよく草原を進んでいる。
遠目ではわからないが、その姿は堂々として自由で、力強い。
もっと見ようとしてジゼルは雲の上から身を乗り出した。
―落ちる
そう思った瞬間、はっと目が覚めた。
「起きたのか」
「え…」
すぐ目の前に、自分を見下ろすユリウス・ボルトレフの顔があって、赤い瞳と視線がかち合った。
37
お気に入りに追加
398
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる