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第三章

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「そして、アベルはドラゴンの住処へと向かいました」

 あの後ジゼルはリロイの部屋へと連れて行かれ、ソファの真ん中に座らされた。
 そしてピタリと両脇からミアとリロイに挟まれた。

 リロイが読んでほしいと最初に持ってきたのは、アベルと言う名の少年が、自分の住む村を襲って両親を死なせたドラゴンを倒す旅に出るお話だった。
 昔から良く読まれているもので、ジュリアンも好きで読んでいた。

 ケーラに一冊だけですよ。と言われていたが、リロイはその言いつけをちゃんと守った。
 確かに一冊には違いなかったが、ただし、それを三回も読まされたのだった。

「おもしろかった。もう一回読んで」
「え、同じ本を、ですか?」
「うん、お父様よりずっとずっと上手」

 一回目を読み終えすぐにそう言われて驚いた。
 しかし、面白かった、上手だと言われて悪い気はしなかったので、もう一度読んだ。

 二回目を読み終え、もう一度とせがまれた時に、メアリーが心配そうに見ていたが、本の挿絵を食い入るようにして話に聞き入っている姿を見て、ジゼルは請われるままに三回目を読み始めた。

 話が中盤にさしかかった時、ジゼルは腕に重みを感じた。二人がジゼルの腕にすがるようにして眠っている。

「ふふ」

 パタンと読んでいた本を閉じて、ジゼルはすやすやと寝息を立てて眠る二人の寝顔を眺めた。

「ムニャムニャ」

 何か夢でも見ているのか、ミアは口を動かして何事か呟いている。
 リロイはフフフと夢の中で笑っている。
 子供や動物が安心して眠っているのを見ると、それだけで幸せになる。
 側で眠っているということは、安心してくれているということだ。

 もともと人なつっこいのだろう。
 自分たちの父親の妻、自分たちの母親になる人だと誤解されているようだが、ボルトレフ卿はちゃんと誤解は解いてくれたのだろうか。
 慕ってくれるのはうれしいが、誤解されては彼も困るだろう。
 
「そう言えば、あのシャツ、出来上がったのを届けないと」

 そう思いつつも、動けば二人を起こしてしまう。それも忍びなく、ジゼルは腕はそのままにして、そっと背中を背もたれに預けた。

 先程泣いたことで、胸にあったつかえのようなものが、押し流されて、今はすっきりしている。

 誰にも言えなかった思いを、共有してくれる人がいる。
 それだけで、自分だけではないのだと、心強く感じた。

 それだけで、ここに来て良かったと前向きな気持ちになる。
 それに、可愛らしいこの子達にも会えた。 
 もし王宮に戻っても、頼めば彼らの近況を時折手紙で教えてもらえるだろうか。
 そして文字を書けるようになったら、彼らともやり取りをしてみたい。

 自分の子を持てない女性もいる。一方で、せっかく生んだ我が子を抱き締めることもできない女性もいる。
 
 リロイとミアがジゼルを自分たちの母親になる人物だと勘違いしたのは、もしかしたら暗に母親という存在を求めているのかも知れない。

 ユリウス・ボルトレフ。

 最初彼が王宮に現れた時、あまりの堂々とした立ち居振る舞いと、王である父に対して臆することなく言いたいことを言う態度に、畏れを抱いた。

 柔らかい物腰で母親に逆らえないドミニコとは、同じ上に立つ者として何もかも違う。
 
 圧倒的力で纏わりつく護衛たちを、鮮やかとも言える仕草で払い除け、真っ直ぐ壇上の国王に向って突き進んできた彼の、力強い赤い瞳に、ジゼルは身が震えたことを思い出す。

 あの身震いが単なる畏怖なのか、何なのかわからない。

 ただ、最初に思ったほど恐ろしい人ではなかった。

 それどころか周りからも慕われ、子供たちをこよなく愛するその姿に、人を第一印象で決めつけてはいけないという言葉を思い出す。

 まだ病み上がりで体力が無かったからか、二人の寝顔を眺めて、その心地良い寝息を聞いているうちに、ジゼルはそのまま眠りに落ちていた。

*****

 夢の中で、ジゼルは雲の上にいた。真っ青な空の上に浮かぶ白い雲。
 風が心地良く吹いて頬を撫でる。

 雲の上から下を見ると、どこまでも広い草原が広がっている。
 緑の草が風になびき、光を受けて波のように草花が煌めく。
 まるで草の海だと思った。

 その緑の中に、他とは違う濃い色が動いているのが見えた。
 黒っぽいそれはしなやかな四本脚の獣のようで、勢いよく草原を進んでいる。
 遠目ではわからないが、その姿は堂々として自由で、力強い。
 もっと見ようとしてジゼルは雲の上から身を乗り出した。

 ―落ちる

 そう思った瞬間、はっと目が覚めた。

「起きたのか」
「え…」

 すぐ目の前に、自分を見下ろすユリウス・ボルトレフの顔があって、赤い瞳と視線がかち合った。
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