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第三章
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王族のことについて影で噂話に興じていたなど、さすがに不敬罪だと咎められると皆が青ざめる。
「確かに、王族として国の威厳を保つためには、身なりを整え、侮られないように教養を身につける必要はあります。王宮も国の財力の象徴ですからそれなりの大きさや豪華さは備えておりますわ。食事も一流の料理人がおりますから、美味しいことは確かです」
噂の中心になっていたことに、ジゼルは責めるでもなくにこりと笑った。
「でも王族でも、食べなければ死んでしまいますし、同じ食べるなら美味しい方がいいと思うのも、汚いものより綺麗な物に囲まれていたいと思うのも、同じではありませんか。普通に寝て起きて、食べて。仕事の内容は違ってもやっていることは皆さんと変わらないと思いますよ」
当たり前のことだが、そこに身分差や貧富の差があるのはどうしようもない。
「いや、確かに食べなくても死なないとは思っていませんが、さすがに王女様と私達が同じというわけには…ねえ」
レシティがそう言うと、皆がそれに同意して頷く。
「私らには雲の上のお方じゃないですか。こうして隣に机を囲むように座って繕い物を一緒にしながら、おしゃべりする日が来るなんて、思ってもいませんでした」
再びレシティが言い、皆がそうだそうだと頷く。
「ジゼル様はお美しい上に、気遣いもおできになり、教養も品格も兼ね備えた方です」
そしてなぜかメアリーが、他人事なのに自分のことのように胸を突き出して自慢気に言った。
「私など王女という肩書がなければ、人として普通以下。いつまで経っても妊娠できない不良品、見掛け倒しだと…」
「ジゼル様、そのようにご自身を卑下なさらないでください」
身分が高いだけで、あなたのような見掛け倒しとんだ不良品だったわ。と、ドミニコの母親である前大公夫人に告げられた記憶が蘇り、ついジゼルはそんな言葉を漏らしてしまった。
そんな後ろ向きなジゼルの言葉を、メアリーが辛そうな顔で遮った。
「それは聞き捨てならないですね。一体誰がそんなことを言ったんですか」
「え?」
「不良品? 人を物のように言うなんて酷いわ」
その言葉に、レシティさんたちやその場にいた女性たちが過敏なくらいに反応した。
「子供ができないとかで女を非難するなんて、子供を産む道具としか思っていないってことですよね。繁殖目的の家畜扱いではないですか」
「そうですよ。男の方が不能で種無しってこともあるのに、女ばかりが悪いと責めるのはおかしいですよ」
そんな反応をされるとは思わなかったジゼルは、彼女たちの激高ぶりと、「不能」や「種無し」という直接的な言葉に目を白黒させている。
一応男女の閨事情は理解しているが、あからさまな言い方には慣れていない。
「ちょっと、ユミカ、王女様の前で。リネもいるのよ、種無しとか言わないで」
リネの横にいた女性が慌ててリネの耳を塞いで、ジゼルの方を気遣わしげに見た。
「キアラったら何をお上品ぶってるのよ。一番こういう話に興味があるくせに」
ユミカが文句を言ったキアラに対して鼻白む。
「それに、リネはちゃんと意味を理解しているわよ。奉公に出る時に、そういう話はちゃんと親から説明を聞いているはずだもの。あんたもそうでしょ? 外へ出たらどんなことがあるかわからないから、万が一の場合も考えて、女は知っておかないと。男がどんな生き物かってね」
「そ、それは…そうだけど」
「私達女は、いくら腕っ節が良くても結局男の腕力には敵わないことがある。自分で自分を守るためにも、ちゃんと男がどんなことを考えて、何をしてくるかわかっていないとね。それはユリウス様だって、同じことよ」
そこでユリウスの名前が出て、ジゼルは驚いた。
「ユリウス様だって、健康な男性だからね。今のところ奥様を亡くしてから、そういう噂はありませんけど、男は頭でなく下半身で物事を考える時がありますから」
「そ、そんなこと、言っていいのですか? もしユリウス様の耳に入ったら…」
ユリウスは彼女たちの主君だ。先程のジゼルへの物言いなど比べ物にならないくらい、今の発言は彼の人格を無視した言い方だ。
それにはジゼルの方が青ざめた。
「聞かれても、これくらいで怒るようでは器が小さいですよ」
レシティが言ったが、皆も同意するように頷いている。
「それで、お里に戻されたのは、それが理由ですか?」
ユミカがジゼルに問いかけた。
「それも…ひとつの理由です」
戦争のこともあったが、少し躊躇ってからジゼルは認めた。
「酷いわ」
「高貴な方ってのは、血筋だとかを気にしますからね。でも、七年、でしたよね。それだけ一緒に過ごしていながら、旦那の大公様はあっさり離縁を決めたんですか? 情ってものがないんですかね、お偉方は」
「彼は…元々私達は他人で、政略結婚でしたし、実のお母様の決定には逆らえませんわ」
彼らが求めていたのはエレトリカ王家の血を引くジゼルという人間で、バレッシオ公国とエレトリカ王家両方の血を引く子供が欲しかっただけなのだ。
それが叶わないなら、ジゼルという人間に何の価値もない。それが現実なのだ。
「確かに、王族として国の威厳を保つためには、身なりを整え、侮られないように教養を身につける必要はあります。王宮も国の財力の象徴ですからそれなりの大きさや豪華さは備えておりますわ。食事も一流の料理人がおりますから、美味しいことは確かです」
噂の中心になっていたことに、ジゼルは責めるでもなくにこりと笑った。
「でも王族でも、食べなければ死んでしまいますし、同じ食べるなら美味しい方がいいと思うのも、汚いものより綺麗な物に囲まれていたいと思うのも、同じではありませんか。普通に寝て起きて、食べて。仕事の内容は違ってもやっていることは皆さんと変わらないと思いますよ」
当たり前のことだが、そこに身分差や貧富の差があるのはどうしようもない。
「いや、確かに食べなくても死なないとは思っていませんが、さすがに王女様と私達が同じというわけには…ねえ」
レシティがそう言うと、皆がそれに同意して頷く。
「私らには雲の上のお方じゃないですか。こうして隣に机を囲むように座って繕い物を一緒にしながら、おしゃべりする日が来るなんて、思ってもいませんでした」
再びレシティが言い、皆がそうだそうだと頷く。
「ジゼル様はお美しい上に、気遣いもおできになり、教養も品格も兼ね備えた方です」
そしてなぜかメアリーが、他人事なのに自分のことのように胸を突き出して自慢気に言った。
「私など王女という肩書がなければ、人として普通以下。いつまで経っても妊娠できない不良品、見掛け倒しだと…」
「ジゼル様、そのようにご自身を卑下なさらないでください」
身分が高いだけで、あなたのような見掛け倒しとんだ不良品だったわ。と、ドミニコの母親である前大公夫人に告げられた記憶が蘇り、ついジゼルはそんな言葉を漏らしてしまった。
そんな後ろ向きなジゼルの言葉を、メアリーが辛そうな顔で遮った。
「それは聞き捨てならないですね。一体誰がそんなことを言ったんですか」
「え?」
「不良品? 人を物のように言うなんて酷いわ」
その言葉に、レシティさんたちやその場にいた女性たちが過敏なくらいに反応した。
「子供ができないとかで女を非難するなんて、子供を産む道具としか思っていないってことですよね。繁殖目的の家畜扱いではないですか」
「そうですよ。男の方が不能で種無しってこともあるのに、女ばかりが悪いと責めるのはおかしいですよ」
そんな反応をされるとは思わなかったジゼルは、彼女たちの激高ぶりと、「不能」や「種無し」という直接的な言葉に目を白黒させている。
一応男女の閨事情は理解しているが、あからさまな言い方には慣れていない。
「ちょっと、ユミカ、王女様の前で。リネもいるのよ、種無しとか言わないで」
リネの横にいた女性が慌ててリネの耳を塞いで、ジゼルの方を気遣わしげに見た。
「キアラったら何をお上品ぶってるのよ。一番こういう話に興味があるくせに」
ユミカが文句を言ったキアラに対して鼻白む。
「それに、リネはちゃんと意味を理解しているわよ。奉公に出る時に、そういう話はちゃんと親から説明を聞いているはずだもの。あんたもそうでしょ? 外へ出たらどんなことがあるかわからないから、万が一の場合も考えて、女は知っておかないと。男がどんな生き物かってね」
「そ、それは…そうだけど」
「私達女は、いくら腕っ節が良くても結局男の腕力には敵わないことがある。自分で自分を守るためにも、ちゃんと男がどんなことを考えて、何をしてくるかわかっていないとね。それはユリウス様だって、同じことよ」
そこでユリウスの名前が出て、ジゼルは驚いた。
「ユリウス様だって、健康な男性だからね。今のところ奥様を亡くしてから、そういう噂はありませんけど、男は頭でなく下半身で物事を考える時がありますから」
「そ、そんなこと、言っていいのですか? もしユリウス様の耳に入ったら…」
ユリウスは彼女たちの主君だ。先程のジゼルへの物言いなど比べ物にならないくらい、今の発言は彼の人格を無視した言い方だ。
それにはジゼルの方が青ざめた。
「聞かれても、これくらいで怒るようでは器が小さいですよ」
レシティが言ったが、皆も同意するように頷いている。
「それで、お里に戻されたのは、それが理由ですか?」
ユミカがジゼルに問いかけた。
「それも…ひとつの理由です」
戦争のこともあったが、少し躊躇ってからジゼルは認めた。
「酷いわ」
「高貴な方ってのは、血筋だとかを気にしますからね。でも、七年、でしたよね。それだけ一緒に過ごしていながら、旦那の大公様はあっさり離縁を決めたんですか? 情ってものがないんですかね、お偉方は」
「彼は…元々私達は他人で、政略結婚でしたし、実のお母様の決定には逆らえませんわ」
彼らが求めていたのはエレトリカ王家の血を引くジゼルという人間で、バレッシオ公国とエレトリカ王家両方の血を引く子供が欲しかっただけなのだ。
それが叶わないなら、ジゼルという人間に何の価値もない。それが現実なのだ。
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