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第ニ章
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いきなりボルトレフ卿から食べ物を突きつけられ、ジゼルは戸惑った。
「なんだ? テーブルのない場所での食事はいやか?」
ジゼルの躊躇いを、彼は別の理由だと思ったようで、鼻白んだ。
「大将、そんな風に怖い顔で言われたら、ビビるってものですよ」
グローチャーがやんわりと窘めた。
「別に…オレの顔は」
「どうぞ、遠慮なくお召し上がりください」
グローチャーがニコニコと笑ってジゼルに言う。
メアリーはハラハラと見守っている。
「あの、ボルトレフ卿、私は『人質』です」
「それがどうした? 『人質』だからと、水も食事も与えないような野蛮人ではないぞ。姫は人質がどういう扱われ方をされるのかご存知なのか」
「いえ、そういうわけでは…」
「なら、これが我々流の『人質』に対する扱いだ。もっとも人によって異なるが、甘んじて受け入れろ」
そう言って、さらに手に持ったパンを突きつけてくる。
「で、では…遠慮なく」
おずおずと彼の手から食べ物を受け取ったジゼルだったが、今度はそれをどうやって食べればいいかわからない。
ちらりとボルトレフ卿を見ると、彼はまたナイフを取り出して、もうひとつ同じ物をつくり、出来上がったそれを大きな口でパクリと頬張った。
(ま、まるかじり!?)
彼の食べ方を見て、目を丸くしてジゼルは自分の手にあるパンを見た。
メアリーを見ると、不安げながら頷いている。
郷に入っては郷に従えと言うが、ここは同じようにするしかない。
思い切ってジゼルは下を向いてひと口齧った。
パンは焼きたてなので、小麦のいい香りがして柔らかく、チーズやハムと一緒に口にすると、色々な味が同時に口の中に広がった。
「美味しい」
思わずジゼルは言葉を溢した。
「そうだろう」
声がしてボルトレフ卿を見ると、彼は既にひとつ目を食べ終え、次のパンを切り分けていた。
メアリーもグローチャーから同じ物を受け取っている。
「姫様と一緒になど、いただけません」
「ここではそんな階級は関係ありません。食事をする時間は一緒ですから」
王宮でも使用人たちと同じ席で食べることはなかった。嫁ぎ先でも同じだ。
だからメアリーの戸惑いもわかる。
「メアリー、私のことは気にせず、あなたも食べなさい」
「ですが、姫様」
「そうだ。ここは我々の方針に従ってもらおう」
少年も少し離れた場所で既に黙々と食べ始めている。それを見てメアリーも遠慮がちに食べ始めた。
「おいしい」
もう一度ジゼルが呟いた。
「こういう場所で食べるのもいいだろう?」
「はい」
「言っておくことがある」
「はい」
ボルトレフ卿がジゼルに向かって改まった言い方をしたので、ジゼルはピシリと背筋を正した。
「そんなに緊張しなくていい」
「何でしょうか」
「うちは集団だから統率も必要だし、命令系統はしっかりしている。上からの指示は絶対だ」
「はい」
「だが、身分や序列はない。だから人質だと言って卑屈にならなくてもいいが、逆に王女だからと奉ることはしない。出来ることは自分でする。それがうちの流儀だ。最初から出来るとは思っていないが、いずれ仕事を割り当てる。そちらの侍女殿の世話になってもいいが、そのつもりでいてくれ」
「わかりました」
労働をしろと言ってるのだとわかり、ジゼルは頷いた。
「本当にわかっているのか? 掃除や洗濯をしろと言っているのだぞ」
ジゼルがあまりに素直に返事をするので、ボルトレフ卿は驚いていた。文句の一つでも言われるのだと思ったのだろう。
「出来るかどうかわかりません。でも、仰る通りに致しますし、はやく出来るように努力いたしますわ」
人質を申し出たときから、どんな待遇にも耐えるつもりだった。
最初からうまく出来るとは思えないが、やる気はあることを示した。
「姫様にご不自由はさせません。私にお任せください」
「いいえ、メアリーに頼ってばかりはいられません。ボルトレフ卿、何なりとお申し付けください」
そう言って、ジゼルは頭を下げた。
さらりと小麦色の髪がひと房外套のフードから零れ落ちた。
「う、うむ…殊勝な心掛けだ」
それから再び一行はボルトレフ領へ向けて出発した。
「思っていたのとは違ったわね」
馬車の中でジゼルがメアリーに話しかけた。
「さようでございますね。でも姫様、掃除など無理になさる必要はございません。私が二人分頑張ります」
「だめよ。それでは示しがつかないわ。それに、一度私もそういうことをやってみたかったの。うまく出来るかわからないけど」
それはやせ我慢でもなんでもなく、ジゼルの正直な思いだった。
「なんだ? テーブルのない場所での食事はいやか?」
ジゼルの躊躇いを、彼は別の理由だと思ったようで、鼻白んだ。
「大将、そんな風に怖い顔で言われたら、ビビるってものですよ」
グローチャーがやんわりと窘めた。
「別に…オレの顔は」
「どうぞ、遠慮なくお召し上がりください」
グローチャーがニコニコと笑ってジゼルに言う。
メアリーはハラハラと見守っている。
「あの、ボルトレフ卿、私は『人質』です」
「それがどうした? 『人質』だからと、水も食事も与えないような野蛮人ではないぞ。姫は人質がどういう扱われ方をされるのかご存知なのか」
「いえ、そういうわけでは…」
「なら、これが我々流の『人質』に対する扱いだ。もっとも人によって異なるが、甘んじて受け入れろ」
そう言って、さらに手に持ったパンを突きつけてくる。
「で、では…遠慮なく」
おずおずと彼の手から食べ物を受け取ったジゼルだったが、今度はそれをどうやって食べればいいかわからない。
ちらりとボルトレフ卿を見ると、彼はまたナイフを取り出して、もうひとつ同じ物をつくり、出来上がったそれを大きな口でパクリと頬張った。
(ま、まるかじり!?)
彼の食べ方を見て、目を丸くしてジゼルは自分の手にあるパンを見た。
メアリーを見ると、不安げながら頷いている。
郷に入っては郷に従えと言うが、ここは同じようにするしかない。
思い切ってジゼルは下を向いてひと口齧った。
パンは焼きたてなので、小麦のいい香りがして柔らかく、チーズやハムと一緒に口にすると、色々な味が同時に口の中に広がった。
「美味しい」
思わずジゼルは言葉を溢した。
「そうだろう」
声がしてボルトレフ卿を見ると、彼は既にひとつ目を食べ終え、次のパンを切り分けていた。
メアリーもグローチャーから同じ物を受け取っている。
「姫様と一緒になど、いただけません」
「ここではそんな階級は関係ありません。食事をする時間は一緒ですから」
王宮でも使用人たちと同じ席で食べることはなかった。嫁ぎ先でも同じだ。
だからメアリーの戸惑いもわかる。
「メアリー、私のことは気にせず、あなたも食べなさい」
「ですが、姫様」
「そうだ。ここは我々の方針に従ってもらおう」
少年も少し離れた場所で既に黙々と食べ始めている。それを見てメアリーも遠慮がちに食べ始めた。
「おいしい」
もう一度ジゼルが呟いた。
「こういう場所で食べるのもいいだろう?」
「はい」
「言っておくことがある」
「はい」
ボルトレフ卿がジゼルに向かって改まった言い方をしたので、ジゼルはピシリと背筋を正した。
「そんなに緊張しなくていい」
「何でしょうか」
「うちは集団だから統率も必要だし、命令系統はしっかりしている。上からの指示は絶対だ」
「はい」
「だが、身分や序列はない。だから人質だと言って卑屈にならなくてもいいが、逆に王女だからと奉ることはしない。出来ることは自分でする。それがうちの流儀だ。最初から出来るとは思っていないが、いずれ仕事を割り当てる。そちらの侍女殿の世話になってもいいが、そのつもりでいてくれ」
「わかりました」
労働をしろと言ってるのだとわかり、ジゼルは頷いた。
「本当にわかっているのか? 掃除や洗濯をしろと言っているのだぞ」
ジゼルがあまりに素直に返事をするので、ボルトレフ卿は驚いていた。文句の一つでも言われるのだと思ったのだろう。
「出来るかどうかわかりません。でも、仰る通りに致しますし、はやく出来るように努力いたしますわ」
人質を申し出たときから、どんな待遇にも耐えるつもりだった。
最初からうまく出来るとは思えないが、やる気はあることを示した。
「姫様にご不自由はさせません。私にお任せください」
「いいえ、メアリーに頼ってばかりはいられません。ボルトレフ卿、何なりとお申し付けください」
そう言って、ジゼルは頭を下げた。
さらりと小麦色の髪がひと房外套のフードから零れ落ちた。
「う、うむ…殊勝な心掛けだ」
それから再び一行はボルトレフ領へ向けて出発した。
「思っていたのとは違ったわね」
馬車の中でジゼルがメアリーに話しかけた。
「さようでございますね。でも姫様、掃除など無理になさる必要はございません。私が二人分頑張ります」
「だめよ。それでは示しがつかないわ。それに、一度私もそういうことをやってみたかったの。うまく出来るかわからないけど」
それはやせ我慢でもなんでもなく、ジゼルの正直な思いだった。
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