上 下
15 / 102
第ニ章

5

しおりを挟む
 いきなりボルトレフ卿から食べ物を突きつけられ、ジゼルは戸惑った。

「なんだ? テーブルのない場所での食事はいやか?」

 ジゼルの躊躇いを、彼は別の理由だと思ったようで、鼻白んだ。

「大将、そんな風に怖い顔で言われたら、ビビるってものですよ」

 グローチャーがやんわりと窘めた。

「別に…オレの顔は」
「どうぞ、遠慮なくお召し上がりください」

 グローチャーがニコニコと笑ってジゼルに言う。
 メアリーはハラハラと見守っている。

「あの、ボルトレフ卿、私は『人質』です」
「それがどうした? 『人質』だからと、水も食事も与えないような野蛮人ではないぞ。姫は人質がどういう扱われ方をされるのかご存知なのか」
「いえ、そういうわけでは…」  
「なら、これが我々流の『人質』に対する扱いだ。もっとも人によって異なるが、甘んじて受け入れろ」

 そう言って、さらに手に持ったパンを突きつけてくる。

「で、では…遠慮なく」

 おずおずと彼の手から食べ物を受け取ったジゼルだったが、今度はそれをどうやって食べればいいかわからない。

 ちらりとボルトレフ卿を見ると、彼はまたナイフを取り出して、もうひとつ同じ物をつくり、出来上がったそれを大きな口でパクリと頬張った。

(ま、まるかじり!?)

 彼の食べ方を見て、目を丸くしてジゼルは自分の手にあるパンを見た。
 メアリーを見ると、不安げながら頷いている。
 郷に入っては郷に従えと言うが、ここは同じようにするしかない。

 思い切ってジゼルは下を向いてひと口齧った。

 パンは焼きたてなので、小麦のいい香りがして柔らかく、チーズやハムと一緒に口にすると、色々な味が同時に口の中に広がった。

「美味しい」

 思わずジゼルは言葉を溢した。

「そうだろう」

 声がしてボルトレフ卿を見ると、彼は既にひとつ目を食べ終え、次のパンを切り分けていた。
 メアリーもグローチャーから同じ物を受け取っている。

「姫様と一緒になど、いただけません」
「ここではそんな階級は関係ありません。食事をする時間は一緒ですから」

 王宮でも使用人たちと同じ席で食べることはなかった。嫁ぎ先でも同じだ。
 だからメアリーの戸惑いもわかる。

「メアリー、私のことは気にせず、あなたも食べなさい」
「ですが、姫様」
「そうだ。ここは我々の方針に従ってもらおう」 

 少年も少し離れた場所で既に黙々と食べ始めている。それを見てメアリーも遠慮がちに食べ始めた。

「おいしい」

 もう一度ジゼルが呟いた。

「こういう場所で食べるのもいいだろう?」
「はい」
「言っておくことがある」
「はい」

 ボルトレフ卿がジゼルに向かって改まった言い方をしたので、ジゼルはピシリと背筋を正した。

「そんなに緊張しなくていい」
「何でしょうか」
「うちは集団だから統率も必要だし、命令系統はしっかりしている。上からの指示は絶対だ」
「はい」
「だが、身分や序列はない。だから人質だと言って卑屈にならなくてもいいが、逆に王女だからと奉ることはしない。出来ることは自分でする。それがうちの流儀だ。最初から出来るとは思っていないが、いずれ仕事を割り当てる。そちらの侍女殿の世話になってもいいが、そのつもりでいてくれ」
「わかりました」

 労働をしろと言ってるのだとわかり、ジゼルは頷いた。

「本当にわかっているのか? 掃除や洗濯をしろと言っているのだぞ」

 ジゼルがあまりに素直に返事をするので、ボルトレフ卿は驚いていた。文句の一つでも言われるのだと思ったのだろう。

「出来るかどうかわかりません。でも、仰る通りに致しますし、はやく出来るように努力いたしますわ」

 人質を申し出たときから、どんな待遇にも耐えるつもりだった。
 最初からうまく出来るとは思えないが、やる気はあることを示した。

「姫様にご不自由はさせません。私にお任せください」
「いいえ、メアリーに頼ってばかりはいられません。ボルトレフ卿、何なりとお申し付けください」

 そう言って、ジゼルは頭を下げた。
 さらりと小麦色の髪がひと房外套のフードから零れ落ちた。

「う、うむ…殊勝な心掛けだ」

 それから再び一行はボルトレフ領へ向けて出発した。
 
「思っていたのとは違ったわね」

 馬車の中でジゼルがメアリーに話しかけた。

「さようでございますね。でも姫様、掃除など無理になさる必要はございません。私が二人分頑張ります」
「だめよ。それでは示しがつかないわ。それに、一度私もそういうことをやってみたかったの。うまく出来るかわからないけど」

 それはやせ我慢でもなんでもなく、ジゼルの正直な思いだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

人形な美貌の王女様はイケメン騎士団長の花嫁になりたい

青空一夏
恋愛
美貌の王女は騎士団長のハミルトンにずっと恋をしていた。 ところが、父王から60歳を超える皇帝のもとに嫁がされた。 嫁がなければ戦争になると言われたミレはハミルトンに帰ってきたら妻にしてほしいと頼むのだった。 王女がハミルトンのところにもどるためにたてた作戦とは‥‥

シテくれない私の彼氏

KUMANOMORI(くまのもり)
恋愛
 高校生の村瀬りかは、大学生の彼氏・岸井信(きしい まこと)と何もないことが気になっている。  触れたいし、恋人っぽいことをしてほしいけれど、シテくれないからだ。  りかは年下の高校生・若槻一馬(わかつき かずま)からのアプローチを受けていることを岸井に告げるけれど、反応が薄い。  若槻のアプローチで奪われてしまう前に、岸井と経験したいりかは、作戦を考える。  岸井にはいくつかの秘密があり、彼と経験とするにはいろいろ面倒な手順があるようで……。    岸井を手放すつもりのないりかは、やや強引な手を取るのだけれど……。  岸井がシテくれる日はくるのか?    一皮剝いだらモンスターの二人の、恋愛凸凹バトル。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?

もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。 王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト 悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

処理中です...