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第ニ章
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ボルトレフ卿の領地から王都まで早馬で三日というのも、普通なら有り得ないことだ。
普通は五日ほどかかる。
それを今度は一週間かけて戻る。
それは、ジゼルたちがいるからだ。
王都に近ければ近いほど、街や村も多く点在し、暫くは移り変わる景色を眺めていた。
途中、テートという街で小休止をした。
テートの街は王都から日帰りで訪れることの出来る街だ。大きな湖があって、舟遊びやピクニックにやってくる人が多い。
「着きましたよ」
馬車が止まり、グローチャーに手を添えられて降りたところは、湖を一望できる高台だった。
湖から吹く涼しい風が心地よい。
「こういう旅でなかったら、もっと楽しめましたでしょうに」
メアリーがそう言った。
「人質」となって見知らぬ場所へ連れて行かれるのだから、素直に楽しめないのは致し方ない。
「メアリー、考え方を変えましょう。それでも、私達のためにゆっくり進んでくれているのですから。そうですよね」
ジゼルに話を向けられて、グローチャーは苦笑いした。
「まあ、そうとも言えますが、我々もゆっくり見物ができますし、土地土地にある美味しい物が食べられるので、楽しみにしています」
本当かどうかわからないが、その気遣いが有り難かった。
「それより、向こうで大将が待っています。行きましょう」
グローチャーに案内されて、ボルトレフ卿がいるという場所まで、思い思いに休憩を取る人々の間を通っていった。
グローチャーも含め総勢十人ほどの一団は、ジゼルが知っている制服に身を固めた兵士たちとは違い、着ている物に統一感はなく、胸帷子などは身につけているものの、比較的軽装な装備しか身につけていなかった。
「何だか野盗の集団みたいですね」
「メアリー」
耳打ちするメアリーに、ジゼルが注意をする。
ジゼルもそう思わなかったわけではないが、仮にも彼らはボルトレフ卿の配下の者たちだ。
「構いませんよ。今回は早く王都に来ることが目的でしたから、装備も最低限でした。それに、立派な装備があったところで、腕が悪ければ同じですから」
「ごめんなさい。気を悪くしないでください」
ジゼルが失言を謝った。
「戦場でも烏合の衆だとか、寄せ集めの集団だとか、正規兵には色々言われています。いちいち気にしていては埒があきません。それに、そんな風に我々を蔑んで馬鹿にしていた奴らの殆どは、もう二度とそんな口をきけなくなりました」
明るく言っているが、それはそのもの達がすでにこの世にはいないということを指しているのだと、ジゼルにはわかった。
ジゼルは、どう返答していいのかわからなかった。
それはメアリーも同じらしく、顔が引き攣っている。
ジゼルはこれまで、間近で人の死を見たことがなかった。それは戦場で敵味方問わず、たくさんの死を見てきたであろう彼らからすれば、呑気だとか、生温いと言われても仕方がない。
人を戦場へと送っておきながら、自分たちは安全な場所にいて、あたかも自分たちが何かを成し遂げたかのように、ただ勝利の美酒だけを堪能する。
なのにその対価を出し渋られては、ボルトレフ卿が腹を立てて乗り込んでくるのも無理はない。
「あそこです」
グローチャーが指を指した方向には何本か木が生えていて、伸びた枝が重なってちょうどいい木陰を作っている。
その下に広げた毛布の上に、ボルトレフ卿が立てた片方の膝に肘を置いて座り、湖の方を眺めていた。
「大将」
グローチャーが声をかけると、湖から視線を反らし、こちらを見た。
「来たか」
ジゼルの方を向いた彼は、無言で自分の横に視線を向けた。
「座れ」
「え?」
「座れ」
ボルトレフ卿は有無を言わさない口調で、短くひと言そう言って、じっとこちらを見る。
「ジゼル様、言うとおりに」
すぐ横に立っていたグローチャーが耳打ちし、ジゼルは言われたとおりに、ボルトレフ卿の横に座った。
「飲め」
ジゼルが座るや否や、ボルトレフ卿は目の前に革袋を差し出した。
チャプンと水音がする。どうやら飲水が入っているらしく、ジゼルに飲めと言っているのだと気づいた。
「あ、ありがとう…ございます。ちょうど喉が渇いておりました」
しかし、革袋から直接飲んだことがないジゼルは、それをじっと見てどうしようかと考えた。
「貸してみろ」
そんなジゼルの手から革袋を奪い取り、縛っていた紐を解いてまたジゼルに手渡した。
「あの…」
「なんだ?」
「このまま、飲むのですか?」
「悪いな。入れ物などと言う上品なものは持ち歩いていない」
「旅の間はこちらの袋に水を入れて持ち歩きます」
グローチャーが補足説明をする。
「そう…ですか」
ジゼルは渡された革袋を暫く見つめる。
「ここに口を付けて飲むんだ」
革袋を持っているジゼルの手首を掴み、縁を彼女の口元へと持っていく。
「どうした? お上品な王女様には無理か」
「い、いえいただきます」
お上品なという部分が嫌味に聞こえ、ジゼルはなぜかムッとした。
「あ、おい」
「ジゼル様」
「姫様」
ジゼルは袋の口を自分の口に咥え、袋を勢いよく傾けた。
「ん、ゴフッ! ケホ」
それを見て、ボルトレフ卿とグローチャー、そしてメアリーが慌ててジゼルを止めようとしたが、遅かった。
勢いよく傾けすぎて水が一気に流れ込み、ジゼルは飲み込むことが出来ずに噎せてしまい、口から水が溢れて咳き込んでしまった。
普通は五日ほどかかる。
それを今度は一週間かけて戻る。
それは、ジゼルたちがいるからだ。
王都に近ければ近いほど、街や村も多く点在し、暫くは移り変わる景色を眺めていた。
途中、テートという街で小休止をした。
テートの街は王都から日帰りで訪れることの出来る街だ。大きな湖があって、舟遊びやピクニックにやってくる人が多い。
「着きましたよ」
馬車が止まり、グローチャーに手を添えられて降りたところは、湖を一望できる高台だった。
湖から吹く涼しい風が心地よい。
「こういう旅でなかったら、もっと楽しめましたでしょうに」
メアリーがそう言った。
「人質」となって見知らぬ場所へ連れて行かれるのだから、素直に楽しめないのは致し方ない。
「メアリー、考え方を変えましょう。それでも、私達のためにゆっくり進んでくれているのですから。そうですよね」
ジゼルに話を向けられて、グローチャーは苦笑いした。
「まあ、そうとも言えますが、我々もゆっくり見物ができますし、土地土地にある美味しい物が食べられるので、楽しみにしています」
本当かどうかわからないが、その気遣いが有り難かった。
「それより、向こうで大将が待っています。行きましょう」
グローチャーに案内されて、ボルトレフ卿がいるという場所まで、思い思いに休憩を取る人々の間を通っていった。
グローチャーも含め総勢十人ほどの一団は、ジゼルが知っている制服に身を固めた兵士たちとは違い、着ている物に統一感はなく、胸帷子などは身につけているものの、比較的軽装な装備しか身につけていなかった。
「何だか野盗の集団みたいですね」
「メアリー」
耳打ちするメアリーに、ジゼルが注意をする。
ジゼルもそう思わなかったわけではないが、仮にも彼らはボルトレフ卿の配下の者たちだ。
「構いませんよ。今回は早く王都に来ることが目的でしたから、装備も最低限でした。それに、立派な装備があったところで、腕が悪ければ同じですから」
「ごめんなさい。気を悪くしないでください」
ジゼルが失言を謝った。
「戦場でも烏合の衆だとか、寄せ集めの集団だとか、正規兵には色々言われています。いちいち気にしていては埒があきません。それに、そんな風に我々を蔑んで馬鹿にしていた奴らの殆どは、もう二度とそんな口をきけなくなりました」
明るく言っているが、それはそのもの達がすでにこの世にはいないということを指しているのだと、ジゼルにはわかった。
ジゼルは、どう返答していいのかわからなかった。
それはメアリーも同じらしく、顔が引き攣っている。
ジゼルはこれまで、間近で人の死を見たことがなかった。それは戦場で敵味方問わず、たくさんの死を見てきたであろう彼らからすれば、呑気だとか、生温いと言われても仕方がない。
人を戦場へと送っておきながら、自分たちは安全な場所にいて、あたかも自分たちが何かを成し遂げたかのように、ただ勝利の美酒だけを堪能する。
なのにその対価を出し渋られては、ボルトレフ卿が腹を立てて乗り込んでくるのも無理はない。
「あそこです」
グローチャーが指を指した方向には何本か木が生えていて、伸びた枝が重なってちょうどいい木陰を作っている。
その下に広げた毛布の上に、ボルトレフ卿が立てた片方の膝に肘を置いて座り、湖の方を眺めていた。
「大将」
グローチャーが声をかけると、湖から視線を反らし、こちらを見た。
「来たか」
ジゼルの方を向いた彼は、無言で自分の横に視線を向けた。
「座れ」
「え?」
「座れ」
ボルトレフ卿は有無を言わさない口調で、短くひと言そう言って、じっとこちらを見る。
「ジゼル様、言うとおりに」
すぐ横に立っていたグローチャーが耳打ちし、ジゼルは言われたとおりに、ボルトレフ卿の横に座った。
「飲め」
ジゼルが座るや否や、ボルトレフ卿は目の前に革袋を差し出した。
チャプンと水音がする。どうやら飲水が入っているらしく、ジゼルに飲めと言っているのだと気づいた。
「あ、ありがとう…ございます。ちょうど喉が渇いておりました」
しかし、革袋から直接飲んだことがないジゼルは、それをじっと見てどうしようかと考えた。
「貸してみろ」
そんなジゼルの手から革袋を奪い取り、縛っていた紐を解いてまたジゼルに手渡した。
「あの…」
「なんだ?」
「このまま、飲むのですか?」
「悪いな。入れ物などと言う上品なものは持ち歩いていない」
「旅の間はこちらの袋に水を入れて持ち歩きます」
グローチャーが補足説明をする。
「そう…ですか」
ジゼルは渡された革袋を暫く見つめる。
「ここに口を付けて飲むんだ」
革袋を持っているジゼルの手首を掴み、縁を彼女の口元へと持っていく。
「どうした? お上品な王女様には無理か」
「い、いえいただきます」
お上品なという部分が嫌味に聞こえ、ジゼルはなぜかムッとした。
「あ、おい」
「ジゼル様」
「姫様」
ジゼルは袋の口を自分の口に咥え、袋を勢いよく傾けた。
「ん、ゴフッ! ケホ」
それを見て、ボルトレフ卿とグローチャー、そしてメアリーが慌ててジゼルを止めようとしたが、遅かった。
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