出戻り王女の恋愛事情 人質ライフは意外と楽しい

七夜かなた

文字の大きさ
上 下
13 / 102
第ニ章

3

しおりを挟む
 ボルトレフ卿の領地から王都まで早馬で三日というのも、普通なら有り得ないことだ。
 普通は五日ほどかかる。
 それを今度は一週間かけて戻る。
 それは、ジゼルたちがいるからだ。

 王都に近ければ近いほど、街や村も多く点在し、暫くは移り変わる景色を眺めていた。
 途中、テートという街で小休止をした。
 
 テートの街は王都から日帰りで訪れることの出来る街だ。大きな湖があって、舟遊びやピクニックにやってくる人が多い。
 
「着きましたよ」

 馬車が止まり、グローチャーに手を添えられて降りたところは、湖を一望できる高台だった。

 湖から吹く涼しい風が心地よい。

「こういう旅でなかったら、もっと楽しめましたでしょうに」

 メアリーがそう言った。
「人質」となって見知らぬ場所へ連れて行かれるのだから、素直に楽しめないのは致し方ない。

「メアリー、考え方を変えましょう。それでも、私達のためにゆっくり進んでくれているのですから。そうですよね」 

 ジゼルに話を向けられて、グローチャーは苦笑いした。
 
「まあ、そうとも言えますが、我々もゆっくり見物ができますし、土地土地にある美味しい物が食べられるので、楽しみにしています」

 本当かどうかわからないが、その気遣いが有り難かった。

「それより、向こうで大将が待っています。行きましょう」
 
 グローチャーに案内されて、ボルトレフ卿がいるという場所まで、思い思いに休憩を取る人々の間を通っていった。

 グローチャーも含め総勢十人ほどの一団は、ジゼルが知っている制服に身を固めた兵士たちとは違い、着ている物に統一感はなく、胸帷子などは身につけているものの、比較的軽装な装備しか身につけていなかった。

「何だか野盗の集団みたいですね」
「メアリー」

 耳打ちするメアリーに、ジゼルが注意をする。
 ジゼルもそう思わなかったわけではないが、仮にも彼らはボルトレフ卿の配下の者たちだ。

「構いませんよ。今回は早く王都に来ることが目的でしたから、装備も最低限でした。それに、立派な装備があったところで、腕が悪ければ同じですから」
「ごめんなさい。気を悪くしないでください」

 ジゼルが失言を謝った。

「戦場でも烏合の衆だとか、寄せ集めの集団だとか、正規兵には色々言われています。いちいち気にしていては埒があきません。それに、そんな風に我々を蔑んで馬鹿にしていた奴らの殆どは、もう二度とそんな口をきけなくなりました」

 明るく言っているが、それはそのもの達がすでにこの世にはいないということを指しているのだと、ジゼルにはわかった。
 ジゼルは、どう返答していいのかわからなかった。
 それはメアリーも同じらしく、顔が引き攣っている。
 ジゼルはこれまで、間近で人の死を見たことがなかった。それは戦場で敵味方問わず、たくさんの死を見てきたであろう彼らからすれば、呑気だとか、生温いと言われても仕方がない。
 人を戦場へと送っておきながら、自分たちは安全な場所にいて、あたかも自分たちが何かを成し遂げたかのように、ただ勝利の美酒だけを堪能する。
 なのにその対価を出し渋られては、ボルトレフ卿が腹を立てて乗り込んでくるのも無理はない。

「あそこです」

 グローチャーが指を指した方向には何本か木が生えていて、伸びた枝が重なってちょうどいい木陰を作っている。
 その下に広げた毛布の上に、ボルトレフ卿が立てた片方の膝に肘を置いて座り、湖の方を眺めていた。
 
「大将」

 グローチャーが声をかけると、湖から視線を反らし、こちらを見た。

「来たか」

 ジゼルの方を向いた彼は、無言で自分の横に視線を向けた。

「座れ」
「え?」
「座れ」

 ボルトレフ卿は有無を言わさない口調で、短くひと言そう言って、じっとこちらを見る。

「ジゼル様、言うとおりに」

 すぐ横に立っていたグローチャーが耳打ちし、ジゼルは言われたとおりに、ボルトレフ卿の横に座った。

「飲め」

 ジゼルが座るや否や、ボルトレフ卿は目の前に革袋を差し出した。
 チャプンと水音がする。どうやら飲水が入っているらしく、ジゼルに飲めと言っているのだと気づいた。

「あ、ありがとう…ございます。ちょうど喉が渇いておりました」

 しかし、革袋から直接飲んだことがないジゼルは、それをじっと見てどうしようかと考えた。

「貸してみろ」

 そんなジゼルの手から革袋を奪い取り、縛っていた紐を解いてまたジゼルに手渡した。

「あの…」
「なんだ?」
「このまま、飲むのですか?」
「悪いな。入れ物などと言う上品なものは持ち歩いていない」
「旅の間はこちらの袋に水を入れて持ち歩きます」

 グローチャーが補足説明をする。

「そう…ですか」

 ジゼルは渡された革袋を暫く見つめる。

「ここに口を付けて飲むんだ」

 革袋を持っているジゼルの手首を掴み、縁を彼女の口元へと持っていく。

「どうした? お上品な王女様には無理か」
「い、いえいただきます」

 という部分が嫌味に聞こえ、ジゼルはなぜかムッとした。
 
「あ、おい」
「ジゼル様」
「姫様」

 ジゼルは袋の口を自分の口に咥え、袋を勢いよく傾けた。

「ん、ゴフッ! ケホ」

 それを見て、ボルトレフ卿とグローチャー、そしてメアリーが慌ててジゼルを止めようとしたが、遅かった。
 勢いよく傾けすぎて水が一気に流れ込み、ジゼルは飲み込むことが出来ずにせてしまい、口から水が溢れて咳き込んでしまった。 
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

白花の姫君~役立たずだったので人質として嫁いだはずが、大歓迎されています~

架月はるか
恋愛
魔法の力の大きさだけで、全てが決まる国。 フローラが王女として生を受けたその場所は、長い歴史を持つが故に閉鎖的な考えの国でもあった。 王家の血を引いているにもかかわらず、町娘だった母の血を色濃く継いだフローラは、「植物を元気にする」という僅かな力しか所持していない。 父王には存在を無視され、継母である王妃には虐げられて育ったフローラに、ある日近年力を付けてきている蛮族の国と呼ばれる隣国イザイア王との、政略結婚話が舞い込んでくる。 唯一の味方であった母に先立たれ、周りから役立たずと罵られ生きてきたフローラは、人質として嫁ぐ事を受け入れるしかなかった。 たった一人で国境までやって来たフローラに、迎えの騎士は優しく接してくれる。何故か町の人々も、フローラを歓迎してくれている様子だ。 野蛮な蛮族の国と聞いて、覚悟を決めてきたフローラだったが、あまりにも噂と違うイザイア国の様子に戸惑うばかりで――――。 新興国の王×虐げられていた大国の王女 転移でも転生でもない、異世界恋愛もの。 さくっと終わる短編です。全7話程度を予定しています。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...