出戻り王女の恋愛事情 人質ライフは意外と楽しい

七夜かなた

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第ニ章

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「ジゼル、申し訳ない。私が不甲斐ないばかりに、お前をまたつらい目に合わせることになった」
「父上、もう顔をお上げください。ボルトレフ卿との約束が果たせなかったことに、私も無関係ではありません。いいえ、むしろ私がいなければ、此度の問題も起こらなかったのですから」
「そのように責任を感じる必要はない。私も離縁を提案したし、第一、あのままお前を放っておくことはできなかった」
「子どもが出来ないからと、愛人を囲うなど、ドミニコもテレーゼ前大公妃も、心無いことをされるわ」

 国王も王妃も、なかなか子どもが出来ないことと、ドミニコが愛人を囲ったことで、ジゼルが気に病んだと思っている。
 ドミニコが暴力を振るっていたことは知らない。それを知れば父達はもっと苦しむことがわかっている。
 それに、ドミニコとは二度と会うこともないだろう。言ったところでもう関係ないことだ。 
 
「今度のことは、家族全員で乗り切ろう。一日でも早く残りのお金を工面して、お前を救い出す」
「姉上、だから希望を捨てずに、耐えてください。私も父上たちを助け、出来ることは何でもいたします」
「どんな時も、自分を大事にね」
「父上、母上、ジュリアン」
 
 その夜の食事は、小さかった頃の出来事や、ジュリアンといたずらをして怒られたことなど、楽しい思い出話で盛り上がった。
 

 侍女一人の同行は許可されていたが、急なことでもあり自分は人質なのだからと、ジゼルは誰も連れて行かないつもりだった。
 しかし、話を聞いてメアリーが同行を願い出てきた。

「本当にいいの? 今ならまだ間に合うわよ」

 約束の場所へ向かう馬車の中で、ジゼルはもう一度メアリーに問いかけた。
 後ろにはもう一台、宰相が乗った馬車がついてきている。
 昨日ボルトレフ卿が口にした追加条件を記した書面と、報酬の半額とを積んでいる。
 家族とは王宮で別れを済ませた。朝早く仰々しく王都の中を国王一家が移動しては、何事かと民が騒ぐからだ。

「いいえ、ジゼル様お一人で男たちに囲まれて旅をさせるわけには参りません」

 メアリーは頑として同行することを誇示した。

「それに私はジゼル様がこちらに戻られてからずっとお世話をさせていただき、体調の変化や、お世話の方法なども存じ上げております。私以上に適任者はおりません」

 ジゼルが人質になることを買って出た時と、同じ台詞をメアリーは口にした。

「ジゼル、メアリーの言うとおりよ。私達もメアリーが一緒にいてくれるということだけで、とても心強く思っています」

 などと母上に言われてしまえば、もうジゼルには拒絶することは出来なかった。
 婚家で色々あったことで、すっかり両親は心を痛めている。
 その上今回のことで、娘を人質にしなけらばならない更に心労が嵩むことは否めない。
 メアリー一人の同行で、少しでも肩の荷が降りるならと思った。

「それより、そのボルトレフ卿という方、大丈夫なのですか?」
「大丈夫とは? すぐには命の危険はないわ」
「それも心配ですが、私が申し上げているのは、そんなことではありません」
「どういうこと?」
「まさかジゼル様に対し、人質だからと無体なことをしたりしませんよね」

 メアリーはボルトレフ卿がジゼルに体の関係を求めてはこないかと、そんな心配をしている。

「ボルトレフ卿は、奥方などいらっしゃるのでしょうか。いたとしても、安全とは限りませんが」
「さあ、どうかしら。レディントンなら知っているかもしれませんけど」

 ボルトレフ卿個人にはまったく関心がなかったジゼルは、メアリーの疑問に答えることが出来なかった。

 年齢は恐らくはジゼルとそれほど変わらない。
 グレーに緑の色味が混ざった髪は、剛毛そうに思えた。
 何より印象的なのは、あの深紅の瞳。赤に黒が入った瞳は、強い意志と生命力を感じさせる。

 体つきは戦士らしく立派なもので、一族の長としての貫禄も十分兼ね備えていた。

(そう言えばあれって狼の毛皮かしら? 黒い狼なんて聞いたことがないわ)

 彼が身につけてきた毛皮は、ふさふさしていた。
 彼自身が狩った獣の毛皮だろう。

「考えすぎよ。ボルトレフ卿にとって私は人質としての価値しかないわ」
「ジゼル様を目の前にして、その気にならない男性がこの世にいるでしょうか。しかも、今はその美しさ以上に女性としての色艶まであるのですよ。手を出してこない保証は絶対ありません」
「でも彼には、夫を愛人に取られて離縁された憐れな王女としか思われていないと思うわ」

 ジゼルの境遇を聞いたときに、彼がボソリと呟いた言葉を思い出す。

(本当に、酷いわよね)

 改めて第三者から言われると、そう思えてくる。
 
(けれど、こんなこと、私だけじゃないわ)

 そう思いながら耐えてきたのだった。  

 馬車はそうこうしている内に、東の城門に辿り着いた。
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