11 / 102
第ニ章
1
しおりを挟む
「ジゼル、申し訳ない。私が不甲斐ないばかりに、お前をまたつらい目に合わせることになった」
「父上、もう顔をお上げください。ボルトレフ卿との約束が果たせなかったことに、私も無関係ではありません。いいえ、むしろ私がいなければ、此度の問題も起こらなかったのですから」
「そのように責任を感じる必要はない。私も離縁を提案したし、第一、あのままお前を放っておくことはできなかった」
「子どもが出来ないからと、愛人を囲うなど、ドミニコもテレーゼ前大公妃も、心無いことをされるわ」
国王も王妃も、なかなか子どもが出来ないことと、ドミニコが愛人を囲ったことで、ジゼルが気に病んだと思っている。
ドミニコが暴力を振るっていたことは知らない。それを知れば父達はもっと苦しむことがわかっている。
それに、ドミニコとは二度と会うこともないだろう。言ったところでもう関係ないことだ。
「今度のことは、家族全員で乗り切ろう。一日でも早く残りのお金を工面して、お前を救い出す」
「姉上、だから希望を捨てずに、耐えてください。私も父上たちを助け、出来ることは何でもいたします」
「どんな時も、自分を大事にね」
「父上、母上、ジュリアン」
その夜の食事は、小さかった頃の出来事や、ジュリアンといたずらをして怒られたことなど、楽しい思い出話で盛り上がった。
侍女一人の同行は許可されていたが、急なことでもあり自分は人質なのだからと、ジゼルは誰も連れて行かないつもりだった。
しかし、話を聞いてメアリーが同行を願い出てきた。
「本当にいいの? 今ならまだ間に合うわよ」
約束の場所へ向かう馬車の中で、ジゼルはもう一度メアリーに問いかけた。
後ろにはもう一台、宰相が乗った馬車がついてきている。
昨日ボルトレフ卿が口にした追加条件を記した書面と、報酬の半額とを積んでいる。
家族とは王宮で別れを済ませた。朝早く仰々しく王都の中を国王一家が移動しては、何事かと民が騒ぐからだ。
「いいえ、ジゼル様お一人で男たちに囲まれて旅をさせるわけには参りません」
メアリーは頑として同行することを誇示した。
「それに私はジゼル様がこちらに戻られてからずっとお世話をさせていただき、体調の変化や、お世話の方法なども存じ上げております。私以上に適任者はおりません」
ジゼルが人質になることを買って出た時と、同じ台詞をメアリーは口にした。
「ジゼル、メアリーの言うとおりよ。私達もメアリーが一緒にいてくれるということだけで、とても心強く思っています」
などと母上に言われてしまえば、もうジゼルには拒絶することは出来なかった。
婚家で色々あったことで、すっかり両親は心を痛めている。
その上今回のことで、娘を人質にしなけらばならない更に心労が嵩むことは否めない。
メアリー一人の同行で、少しでも肩の荷が降りるならと思った。
「それより、そのボルトレフ卿という方、大丈夫なのですか?」
「大丈夫とは? すぐには命の危険はないわ」
「それも心配ですが、私が申し上げているのは、そんなことではありません」
「どういうこと?」
「まさかジゼル様に対し、人質だからと無体なことをしたりしませんよね」
メアリーはボルトレフ卿がジゼルに体の関係を求めてはこないかと、そんな心配をしている。
「ボルトレフ卿は、奥方などいらっしゃるのでしょうか。いたとしても、安全とは限りませんが」
「さあ、どうかしら。レディントンなら知っているかもしれませんけど」
ボルトレフ卿個人にはまったく関心がなかったジゼルは、メアリーの疑問に答えることが出来なかった。
年齢は恐らくはジゼルとそれほど変わらない。
グレーに緑の色味が混ざった髪は、剛毛そうに思えた。
何より印象的なのは、あの深紅の瞳。赤に黒が入った瞳は、強い意志と生命力を感じさせる。
体つきは戦士らしく立派なもので、一族の長としての貫禄も十分兼ね備えていた。
(そう言えばあれって狼の毛皮かしら? 黒い狼なんて聞いたことがないわ)
彼が身につけてきた毛皮は、ふさふさしていた。
彼自身が狩った獣の毛皮だろう。
「考えすぎよ。ボルトレフ卿にとって私は人質としての価値しかないわ」
「ジゼル様を目の前にして、その気にならない男性がこの世にいるでしょうか。しかも、今はその美しさ以上に女性としての色艶まであるのですよ。手を出してこない保証は絶対ありません」
「でも彼には、夫を愛人に取られて離縁された憐れな王女としか思われていないと思うわ」
ジゼルの境遇を聞いたときに、彼がボソリと呟いた言葉を思い出す。
(本当に、酷いわよね)
改めて第三者から言われると、そう思えてくる。
(けれど、こんなこと、私だけじゃないわ)
そう思いながら耐えてきたのだった。
馬車はそうこうしている内に、東の城門に辿り着いた。
「父上、もう顔をお上げください。ボルトレフ卿との約束が果たせなかったことに、私も無関係ではありません。いいえ、むしろ私がいなければ、此度の問題も起こらなかったのですから」
「そのように責任を感じる必要はない。私も離縁を提案したし、第一、あのままお前を放っておくことはできなかった」
「子どもが出来ないからと、愛人を囲うなど、ドミニコもテレーゼ前大公妃も、心無いことをされるわ」
国王も王妃も、なかなか子どもが出来ないことと、ドミニコが愛人を囲ったことで、ジゼルが気に病んだと思っている。
ドミニコが暴力を振るっていたことは知らない。それを知れば父達はもっと苦しむことがわかっている。
それに、ドミニコとは二度と会うこともないだろう。言ったところでもう関係ないことだ。
「今度のことは、家族全員で乗り切ろう。一日でも早く残りのお金を工面して、お前を救い出す」
「姉上、だから希望を捨てずに、耐えてください。私も父上たちを助け、出来ることは何でもいたします」
「どんな時も、自分を大事にね」
「父上、母上、ジュリアン」
その夜の食事は、小さかった頃の出来事や、ジュリアンといたずらをして怒られたことなど、楽しい思い出話で盛り上がった。
侍女一人の同行は許可されていたが、急なことでもあり自分は人質なのだからと、ジゼルは誰も連れて行かないつもりだった。
しかし、話を聞いてメアリーが同行を願い出てきた。
「本当にいいの? 今ならまだ間に合うわよ」
約束の場所へ向かう馬車の中で、ジゼルはもう一度メアリーに問いかけた。
後ろにはもう一台、宰相が乗った馬車がついてきている。
昨日ボルトレフ卿が口にした追加条件を記した書面と、報酬の半額とを積んでいる。
家族とは王宮で別れを済ませた。朝早く仰々しく王都の中を国王一家が移動しては、何事かと民が騒ぐからだ。
「いいえ、ジゼル様お一人で男たちに囲まれて旅をさせるわけには参りません」
メアリーは頑として同行することを誇示した。
「それに私はジゼル様がこちらに戻られてからずっとお世話をさせていただき、体調の変化や、お世話の方法なども存じ上げております。私以上に適任者はおりません」
ジゼルが人質になることを買って出た時と、同じ台詞をメアリーは口にした。
「ジゼル、メアリーの言うとおりよ。私達もメアリーが一緒にいてくれるということだけで、とても心強く思っています」
などと母上に言われてしまえば、もうジゼルには拒絶することは出来なかった。
婚家で色々あったことで、すっかり両親は心を痛めている。
その上今回のことで、娘を人質にしなけらばならない更に心労が嵩むことは否めない。
メアリー一人の同行で、少しでも肩の荷が降りるならと思った。
「それより、そのボルトレフ卿という方、大丈夫なのですか?」
「大丈夫とは? すぐには命の危険はないわ」
「それも心配ですが、私が申し上げているのは、そんなことではありません」
「どういうこと?」
「まさかジゼル様に対し、人質だからと無体なことをしたりしませんよね」
メアリーはボルトレフ卿がジゼルに体の関係を求めてはこないかと、そんな心配をしている。
「ボルトレフ卿は、奥方などいらっしゃるのでしょうか。いたとしても、安全とは限りませんが」
「さあ、どうかしら。レディントンなら知っているかもしれませんけど」
ボルトレフ卿個人にはまったく関心がなかったジゼルは、メアリーの疑問に答えることが出来なかった。
年齢は恐らくはジゼルとそれほど変わらない。
グレーに緑の色味が混ざった髪は、剛毛そうに思えた。
何より印象的なのは、あの深紅の瞳。赤に黒が入った瞳は、強い意志と生命力を感じさせる。
体つきは戦士らしく立派なもので、一族の長としての貫禄も十分兼ね備えていた。
(そう言えばあれって狼の毛皮かしら? 黒い狼なんて聞いたことがないわ)
彼が身につけてきた毛皮は、ふさふさしていた。
彼自身が狩った獣の毛皮だろう。
「考えすぎよ。ボルトレフ卿にとって私は人質としての価値しかないわ」
「ジゼル様を目の前にして、その気にならない男性がこの世にいるでしょうか。しかも、今はその美しさ以上に女性としての色艶まであるのですよ。手を出してこない保証は絶対ありません」
「でも彼には、夫を愛人に取られて離縁された憐れな王女としか思われていないと思うわ」
ジゼルの境遇を聞いたときに、彼がボソリと呟いた言葉を思い出す。
(本当に、酷いわよね)
改めて第三者から言われると、そう思えてくる。
(けれど、こんなこと、私だけじゃないわ)
そう思いながら耐えてきたのだった。
馬車はそうこうしている内に、東の城門に辿り着いた。
28
お気に入りに追加
397
あなたにおすすめの小説
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
愛する人がいる人と結婚した私は、もう一度やり直す機会が与えられたようです
能登原あめ
恋愛
※ シリアス、本編終了後にR18の予定です。センシティブな内容を含みますので、ご注意下さい。
「夫に尽くして、子供を産むことが幸せにつながる」
そう言われて育ったローラは、1週間前に決まった婚約者の元へ、花嫁見習いとして向かった。
相手には愛する人がいたけれど、領民を守るためにこの政略結婚を受け入れるしかなかく、ローラにも礼儀正しい。
でもこの結婚はローラの父が申し出なければ、恋人達を引き裂くことにはならなかったのでは?
ローラにできるのは次期伯爵夫人として頑張ることと跡継ぎを産むこと。
でも現実はそう甘くなかった。
出産で命を落としたローラが目を覚ますと――。
* 「婚約解消から5年、再び巡り会いました。」のパラレルですが、単独でお読みいただけると思います。
* コメント欄のネタバレ配慮してませんのでお気をつけ下さい。
* ゆるふわ設定の本編6話+番外編R(話数未定)
* 表紙はCanvaさまで作成した画像を使用しております。
【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる