8 / 102
第一章
7
しおりを挟む
宴が終わり、ジゼルはジュリアンと共に父の執務室へ来るように言われた。
「父上、ジュリアンとジゼルです」
「入りなさい」
許可を得て二人が部屋に入ると、そこには国王である父と王妃である母以外に、宰相と例の元帥がいた。
驚いたのはその配置。
普段国王が座る場所に、足を組んで肘掛けに片肘をついて堂々と座っているのが元帥その人で、父が反対側に座り、母が長椅子に一人腰掛けている。そして宰相が父のすぐ脇に立っていた。
「そこに座りなさい」
振り返ってジゼルたちを見た国王が、空いている長椅子を指し示す。
二人は元帥から距離を取って片側に詰めて座った。
ジュリアンが姉を彼から守るように、彼に近い場所に陣取った。
「そんなに警戒しなくても、俺も人の子だ。取って食ったりはしない」
口元を歪め、皮肉めいた口調で元帥は笑った。
その視線は遠慮もなく現れた二人に注がれる。
ジゼルからジュリアンに、そして再びジゼルに。
ジゼルはその深紅の瞳の鋭さに、居心地の悪い思いをする。
「すまない、ジュリアン。せっかくの誕生祝いだったのに」
気の毒なほどか細い声で国王が息子に侘びた。
「構いません、それより父上…」
ジュリアンはちらりと元帥の方を見る。
「一体何があったのですか?」
「う、うむ…そのことなのだがな…」
「はっきり言えばいい。お前たちの父親は約束も守れない卑怯者だとな」
「え、ど、どういうことですか?」
歯切れの悪い国王の言葉を引き継ぎ、ボルトレフが言い切った。
「や、約束は守る。だが、もう暫く待ってくれと」
「半年待ったぞ。もう十分だと思うが」
「だ、だが、あんな大金、すぐには」
「大金? 父上、どういうことですか?」
いきなりお金の話になり、ジュリアンが驚いて詰め寄る。
「あ、そ、それはだな…」
国王は目の前のボルトレフの方を窺い見る。
「構わん。ここだけの話にするなら話してもいい。どうせ、もう隠しておけないだろうし、こうなっては連帯責任だ」
(この人、いったいいくつなのかしら)
ジゼルはふと思った。
国王に対して少しも臆することなく、堂々とした態度と物言いをし、百戦錬磨の軍神らしく屈強な体格をしているが、恐らくは国王よりは遥かに若いだろう。
もしかしたらジゼルとそれほど変わらないのでは、ないだろうか。
「実は、これは代々王に即位した者と王妃、そして宰相だけが知っていることなのだが…」
そう言って国王はジュリアンとジゼルに語りだした。
数百年前、まだこの国が今ほど大国でなかった頃、当時国王を悩ませていたのが、ボルトレフ率いる一団の侵攻だった。
彼らは大胆不敵で圧倒的武力で侵攻を繰り返し、エレトリカ国と隣国との街路で商隊を襲い、武力を削いでいった。
争いは次の代まで続いた。
そしてある時、当時軍の参謀でもあった宰相が、敵を味方に引き入れることを提案した。
彼らの武力に対抗するのではなく、味方に引き込み戦力とする。
その当時烏合の衆であった彼らに領地と称号、爵位を与えて自国の戦力とする。
彼らはそれに応じて報酬を得る。
元は孤児や犯罪者、流民で殆どが根無し草だった彼ら一団は、その提案を受け入れた。
しかし、その契約を知られては国の威信に関わる。
互いに関係者だけが知らされ、そして契約は長年受け継がれ守られてきた。
そしてその関係はうまくいっていた。
エレトリカは他国からの侵攻から何百年もの間、守られてきた。
今の今までは。
「トリカディールとの戦も、我々はそちらの要求にきちんと応え、満足のいく結果を出したと思ったが、そのうちそのうちと言って、まだ銅銭の一枚も支払われていない。だから、こうやって取り立てに来たのだ」
ここに来た目的を彼は語った。
「ここまで馬を飛ばして丸三日、俺がここまでしたのだから、いい返事が聞けると期待しているがどうか?」
「後半年、いや、五ヶ月待ってもらえないだろうか」
「そもそも、なぜ支払えない? 戦争が始まった時には、すでに報酬の用意は出来ていると言っていた筈だ」
「そ、それは…」
元帥の言葉に国王が言い淀む。
「え、父上…それは本当なのですか?」
それを聞いたジュリアンとジゼルが驚く。
「その金はどこにいった?」
「そ、それは誤解だ。あのときはあると思わせただけだ」
「ほう。ないものをあると言って俺たちを謀ったということか? 大胆不敵だな」
「い、為政者には時にはそんなフリも必要だ」
「父上、父上はそんな策士めいたこと、できる方ではありませんよね」
うそぶいてみせる父に、ジゼルがそんなことが出来る父ではないと、弁明する。
「きっとやむにやまれぬ事情があったのです。ですから」
「ジゼル、そなたは黙っていなさい」
「ですが父上」
ジゼルとしては父が卑怯者と呼ばれ、約束を違えるような人物だと思われるのが我慢ならなかった。
そんなことが出来る人物ではないと、元帥に訴えたかった。
「ジゼル王女、確かついこの間、バレッシオ公国のドミニコ大公と離縁したとか」
「そ、そうです」
よく響く力強い声で元帥がジゼルに話しかけた。
少し甲高いドミニコの声とまるで違う、自身に満ちたその声音に、ジゼルは震えながらも果敢に答えた。
「離婚の原因は、エレトリカとトリカディールとの戦争か? あそこはトリカディールと昔から仲がいい」
「ボルトレフ卿、娘の離婚は今は関係ありません。これは私の不徳のせいで…」
元帥の話を、国王がひときわ大きい声で遮った。
「そ、そうです。娘の離婚とこのことは…」
「なるほど、そういうことですか」
合点がいったというように、元帥が笑った。
「父上、ジュリアンとジゼルです」
「入りなさい」
許可を得て二人が部屋に入ると、そこには国王である父と王妃である母以外に、宰相と例の元帥がいた。
驚いたのはその配置。
普段国王が座る場所に、足を組んで肘掛けに片肘をついて堂々と座っているのが元帥その人で、父が反対側に座り、母が長椅子に一人腰掛けている。そして宰相が父のすぐ脇に立っていた。
「そこに座りなさい」
振り返ってジゼルたちを見た国王が、空いている長椅子を指し示す。
二人は元帥から距離を取って片側に詰めて座った。
ジュリアンが姉を彼から守るように、彼に近い場所に陣取った。
「そんなに警戒しなくても、俺も人の子だ。取って食ったりはしない」
口元を歪め、皮肉めいた口調で元帥は笑った。
その視線は遠慮もなく現れた二人に注がれる。
ジゼルからジュリアンに、そして再びジゼルに。
ジゼルはその深紅の瞳の鋭さに、居心地の悪い思いをする。
「すまない、ジュリアン。せっかくの誕生祝いだったのに」
気の毒なほどか細い声で国王が息子に侘びた。
「構いません、それより父上…」
ジュリアンはちらりと元帥の方を見る。
「一体何があったのですか?」
「う、うむ…そのことなのだがな…」
「はっきり言えばいい。お前たちの父親は約束も守れない卑怯者だとな」
「え、ど、どういうことですか?」
歯切れの悪い国王の言葉を引き継ぎ、ボルトレフが言い切った。
「や、約束は守る。だが、もう暫く待ってくれと」
「半年待ったぞ。もう十分だと思うが」
「だ、だが、あんな大金、すぐには」
「大金? 父上、どういうことですか?」
いきなりお金の話になり、ジュリアンが驚いて詰め寄る。
「あ、そ、それはだな…」
国王は目の前のボルトレフの方を窺い見る。
「構わん。ここだけの話にするなら話してもいい。どうせ、もう隠しておけないだろうし、こうなっては連帯責任だ」
(この人、いったいいくつなのかしら)
ジゼルはふと思った。
国王に対して少しも臆することなく、堂々とした態度と物言いをし、百戦錬磨の軍神らしく屈強な体格をしているが、恐らくは国王よりは遥かに若いだろう。
もしかしたらジゼルとそれほど変わらないのでは、ないだろうか。
「実は、これは代々王に即位した者と王妃、そして宰相だけが知っていることなのだが…」
そう言って国王はジュリアンとジゼルに語りだした。
数百年前、まだこの国が今ほど大国でなかった頃、当時国王を悩ませていたのが、ボルトレフ率いる一団の侵攻だった。
彼らは大胆不敵で圧倒的武力で侵攻を繰り返し、エレトリカ国と隣国との街路で商隊を襲い、武力を削いでいった。
争いは次の代まで続いた。
そしてある時、当時軍の参謀でもあった宰相が、敵を味方に引き入れることを提案した。
彼らの武力に対抗するのではなく、味方に引き込み戦力とする。
その当時烏合の衆であった彼らに領地と称号、爵位を与えて自国の戦力とする。
彼らはそれに応じて報酬を得る。
元は孤児や犯罪者、流民で殆どが根無し草だった彼ら一団は、その提案を受け入れた。
しかし、その契約を知られては国の威信に関わる。
互いに関係者だけが知らされ、そして契約は長年受け継がれ守られてきた。
そしてその関係はうまくいっていた。
エレトリカは他国からの侵攻から何百年もの間、守られてきた。
今の今までは。
「トリカディールとの戦も、我々はそちらの要求にきちんと応え、満足のいく結果を出したと思ったが、そのうちそのうちと言って、まだ銅銭の一枚も支払われていない。だから、こうやって取り立てに来たのだ」
ここに来た目的を彼は語った。
「ここまで馬を飛ばして丸三日、俺がここまでしたのだから、いい返事が聞けると期待しているがどうか?」
「後半年、いや、五ヶ月待ってもらえないだろうか」
「そもそも、なぜ支払えない? 戦争が始まった時には、すでに報酬の用意は出来ていると言っていた筈だ」
「そ、それは…」
元帥の言葉に国王が言い淀む。
「え、父上…それは本当なのですか?」
それを聞いたジュリアンとジゼルが驚く。
「その金はどこにいった?」
「そ、それは誤解だ。あのときはあると思わせただけだ」
「ほう。ないものをあると言って俺たちを謀ったということか? 大胆不敵だな」
「い、為政者には時にはそんなフリも必要だ」
「父上、父上はそんな策士めいたこと、できる方ではありませんよね」
うそぶいてみせる父に、ジゼルがそんなことが出来る父ではないと、弁明する。
「きっとやむにやまれぬ事情があったのです。ですから」
「ジゼル、そなたは黙っていなさい」
「ですが父上」
ジゼルとしては父が卑怯者と呼ばれ、約束を違えるような人物だと思われるのが我慢ならなかった。
そんなことが出来る人物ではないと、元帥に訴えたかった。
「ジゼル王女、確かついこの間、バレッシオ公国のドミニコ大公と離縁したとか」
「そ、そうです」
よく響く力強い声で元帥がジゼルに話しかけた。
少し甲高いドミニコの声とまるで違う、自身に満ちたその声音に、ジゼルは震えながらも果敢に答えた。
「離婚の原因は、エレトリカとトリカディールとの戦争か? あそこはトリカディールと昔から仲がいい」
「ボルトレフ卿、娘の離婚は今は関係ありません。これは私の不徳のせいで…」
元帥の話を、国王がひときわ大きい声で遮った。
「そ、そうです。娘の離婚とこのことは…」
「なるほど、そういうことですか」
合点がいったというように、元帥が笑った。
26
お気に入りに追加
398
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる