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90 親子の対面

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「恋人」

 噛みしめるようにジュストがたったそれだけの言葉を、重々しく呟いた。

「いつか…」
「え?」
「いつか、ギャレットの全部を、俺にくれる?」

 頭を上げて、ジュストが尋ねる。

「ぜ、全部って?」

 一瞬わけがわからず、問い返した。

「えっと、僕が持っているもので、あげられるものならあげるけど」

 何があったかとギャレットは考える。
 モヒナート家に在るものは、モヒナート家の財産で買ったものだから、ギャレットが使っているのものであっても、ギャレットの物と言えるのか。
 
「物質的な物のことじゃない。ギャレットにしかないものだ」
「えっと…何かな」

 気のせいか、さっきよりジュストの色気が増している気がする。

「恋人同士なら、いつかはするよね。キスや、その先のこと」
「あ、う、そ、そっち」

 いわゆる体の関係だとギャレットがようやく気付いた。

「俺は、欲張りだ。この前までギャレットの側にさえ居られればいいと思っていたのに、いざギャレットも俺のことを好きだとわかり、キスしあったら、もっとその先がほしくなった」
「う、あ、う、そ、そうだよね」
「捕らえられ、もう会えないと思った時、ギャレットに気持ちを伝えていなかったことが悔やまれた。だから生きているうちにと思うのは、我儘だろうか」

 上目遣いにギャレットを見上げるジュストからは、半端ない色気が漂う。
 これは動物ならフェロモンがダダ漏れになっているに違いない。

「か、考えて…おくね」

 前世でも経験がなかったことだ。
 それだけ言うのが精一杯だった。

 馬車がようやくオハイエ家の家に着いて、ギャレットはほっとした。
 問題はたくさんあって、オハイエ家のことも、まだどうするか決まっていない。
 馬車が止まると、ジュストの体に緊張が走るのがわかった。
 さっきまでのやり取りは、この緊張を紛らわせようとしていたものだと気づく。

「大丈夫?」

 ジュストの膝から降りたギャレットが、強張るジュストの顔を見上げる。

「待っていたよ」

 扉が開くと、ステファンが出迎えに現れた。

「ついてきてくれ」

 ステファンが先に立ち、その後ろをジュスト、ギャレットとの順でついて行った。

「人が少ないね」

 伯爵の部屋は三階にある。玄関からずっと歩いていく間、誰ともすれ違わなかった。
 シンとしているのは、広さからではない。

「エナンナとミーシャのせいで昔からの使用人は殆どいなくなっていた。代わりに彼女たちの手足になっていた使用人たちは全員辞めさせた。今はアベリー家から必要最低限必要な人数を、何人かまわしている」

 前を向いたまま、ステファンが話す。

「そうなんだ」

 ギャレットがそれに応えるが、ジュストは無言のまま辺りを見渡している。きっと記憶の中にある様子と見比べているのだろう。閑散とした邸内に三人の靴音が響く。

「ここだ」

 ステファンが開いたままの扉の前に立った。

「中にレーヌがいる。俺とギャレットはここで待っている」
「わかった」

 そう答えてから、ジュストはギャレットに微笑み、中へと消えていった。

「伯爵の容態はどうなの?」
「明け方発作を起こした。医者が言うには薬のせいで心の臓が弱っているらしい。呼吸も浅くて体温も下がっている」

 厳しい表情でステファンが答えた。

「もっと早くなんとかしていれば…。レーヌだけでも救い出せば、伯爵までは被害はないと思っていたんだ」

 ステファンがギリギリと唇を噛み締め、拳を握る。

「ステファン、血が」

 唇が切れて、血が滲み出ているのに気付いた。

「あいつ、どうするって?」

 手の甲で乱暴に血を拭って、ステファンはジュストがこれからどうするつもりなのかと尋ねた。

「まだ決めかねているみたい」 
「そうか」
「お父さま!!」

 その時、レーヌの悲痛な声が聞こえてきて、二人でハッとなった。

「ううう」

 そしてレーヌの泣き声が聞こえてきて、ステファンと共に部屋の中へ走り込んだ。

「ご臨終です」

 ギャレットたちが寝室に足を踏み入れると、医者がそう言っているのが聞こえ、レーヌが寝台の側に座り込んで突っ伏していた。
 ジュストはその脇に立ち尽くしている。

「レーヌ」

 ステファンがレーヌに駆け寄り、そっと立ち上がらせる。

「そんなこところに座っていたら体に障る。こっちへ」

 そしてレーヌを胸に抱き寄せ、近くにあった椅子へ座らせた。

「ジュスト」

 ギャレットもジュストに近寄り、腕に触れて声をかけた。
 ビクッと彼の肩が動き、ギャレットに顔を向けた。

「ギャレット…」
「伯爵…どうだった?」

 痩せ細り、目も落ち窪んだ伯爵の変わり様に驚いた。

「レーヌが、オーランドが来たと言って、俺にも声をかけるように言ったから、俺が、『父上』と言ったら、うっすら目が開いて…涙を浮かべて笑ったように見えた。そしたら…」

 それを最後に、伯爵はそのまま眠るように息を引き取った。
 よく見ると目尻に涙が流れた後が見え、口角が微笑んでいるかのように上がっていた。
 伯爵はジュストが来るまで待っていたかのようだ。

「きっと、ジュストが来るのを待っていたんだよ」
「そうだろうか」

 結局ジュストと伯爵は父と子としての対面は果たせなかった。

 
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