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63 新たな展開①

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「きゃあっ」

目の前で派手にミーシャ=オハイエが転んだ。
何も無いところで。

滅多に関わることがないと思っていたが、食堂での一件以来、ミーシャはギャレットの周りをうろつくようになった。

階段や廊下でもよくすれ違った。何度か曲がり角でぶつかりかけたこともある。
目の前でハンカチや本を落とされたり、図書室でもギャレットが見ている本棚の向こうにいたりする。

そして今日は極めつけ、目の前で見事に転んだ。
しかしその転び方は、よくある喜劇の転び方ではなく、計算しつくされた女優の演技にしか見えない。

「あ、ありがとうございます。ギャレット様」

目の前で人が転んでいたら助けないわけにいかない。
仕方なく手を伸ばすと、ガシッときつく握り返してきた。

「あ、足が」

そしてさも足を挫きましたとばかりによろけて体を寄せてきた。

(なんだ、何が起っているんだ)

きつい香水の香りと、わざとらしく体(胸)を押し付けられ、ギャレットは鳥肌がたった。
彼女の肩を掴んでぱっと押しのけた。

「君たち彼女の友達だろう。彼女を医務室へ連れて行ってあげなさい」

ギャレットは側に立っていたミーシャの友人たちに声をかけた。

「え、で、でも」
「彼女たちには無理です。殿方でないと支えていただくのは大変かと」
「では、タマラ先生、このご令嬢が転んで足を怪我したようです。医務室へお願いできますか」

ちょうど通りかかった剣術の補助講師を呼び止めた。
彼の方が腕もギャレットより太くがっしりしている。

「わかりました」
「い、いえ大丈夫ですわ。これくらい」

タマラが手を伸ばすと、ミーシャがその手から逃げるように立ち上がった。

「何ともないようだ。良かった。今度から廊下を歩くときは足元を見て」

ギャレットは思惑が外れて悔しそうなミーシャを放って、次の教室へ向かった。

「女の子ってこえええ」
「あざといわね」

ラエルやクリス達が面白がって囃し立てる。

「黙れ」

それをギャレットはギロリと睨んだ。

この展開はまるで乙女ゲームのイベントではないか。
ここはとっくに本筋から離れていても、TL小説の世界だったはず。
しかし今起こっているのは主人公と攻略対象の出会いイベントか、好感度アップのためのクエストのようだ。

しかしミーシャはよくある乙女ゲームのヒロインというよりは、悪役令嬢だし、いくらチャレンジされたところで、ギャレットの好感度は上がらない。
それどころか瀑下がりだ。
いや、もともとマイナスだから下がることもないか。

「勘弁してほしい」
「お気の毒さま。随分積極的なご令嬢だね」
「まったく慎みとか謙虚という言葉を知らないみたいだ」

深々とギャレットはため息を吐いた。
救いは今日が金曜日で、明日は家に帰れる。
この前ジュストから来た手紙では、今週末は休みだと書いてあった。

近々王太子様が隣国へ外交に行く予定になっていて、その準備でジュストも休み返上で働いていた。
夕食には何とか帰ってきたが、二人で過ごす時間はあまりなかった。

仕事なのだし、仕方のないことだ。それに小さい頃のようにいつでも一緒にというわけにはいかない。

それでも寂しいという気持ちが湧き上がってきてしまう。

ジュストに取って今でも一番大事なのはギャレットであることに変わりはないみたいだが、果たしてその気持ちが、ギャレットの気持ちと同じなのか。

さっきミーシャに触れられて、ぞわりとしたのは、個人的に彼女が嫌いだからというわけでもなさそうだ。
ラエルのように、初めから自分を恋愛対象としていない女性とは平気だし、クリスたちのことは仲間として好きだが、恋愛対象ではない。

ギャレットは、ジュストに対して弟として以上の気持ちを抱いていることを、少し前から自覚していた。
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