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61 もうすぐ卒業②
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「クッキー?君が作ったの?」
「はい。昔、お姉さまとよく作って…」
「どのお姉さまと?」
「え?」
彼女がレーヌと仲良くクッキーを焼くとは思えない。だとすれば、どこのお姉さまのことを言っているのかと、ギャレットは尋ねた。
「あの、おっしゃる意味が…」
「アベリー侯爵家のご子息に嫁がれたレーヌ様ですわ。ミーシャのお姉さまは彼女一人で他に姉妹はおりませんもの」
ミーシャの隣りにいた女子生徒が説明する。
「レーヌ様のことは知っている。だが、レーヌ様が彼女とクッキーを焼く姿が想像できなかっただけだ」
「た、確かに…姉と私は八歳離れておりますから…」
ギャレットの言葉にミーシャはモゴモゴと補足する。
「悪いけど、それはいらない。君たちで食べるといい」
「え、でも」
「得体のしれないものは食べない。僕は決まった人が作ったものしか口にしない」
ギャレットはキッパリ撥ね退けた。
「で、でも…私…」
拒絶されてミーシャは俯き、泣きそうな声で呟く。
「ギャレット、下級生を苛めるなよ」
「苛めていない。頼んでもいないのに、手作りだと言って押し付ける方がどうかと思うが。そもそも僕が誰から差し入れも受け取らないのは、周知の事実だ。マルセルも知っているじゃないか」
「それはそうだけど…」
これまでも差し入れだと称して食べ物を持ってこられたりしたが、そのどれもギャレットは受け取ったことがなかった。
「知らなかったのかもしれないので、伝えておくけど、今後こういうことはしなくていい。ほしいものがあれば自分で手配できるから」
「ミーシャ、話が違うわ」
後ろにいた子がぼそりと言った。
「し、黙っててよ」
それに向かってミーシャは物凄い形相で睨みつけ、すぐに悲しそうな表情を取り繕ってこちらを見た。
「申し訳ございません。ギャレット様はレーヌお姉さまとも、アベリー侯爵家とも家族ぐるみでお付き合いされていらっしゃるので、私のこともお見知り置き頂いて…」
「もちろん君が誰かは知っている。悪いけど、君とはステファンたちの結婚式以降会うのは初めてだ。僕は君のことを顔と名前以外知らないし、知るつもりも知りたいとも思わない」
母親と一緒になってミーシャが姉を苛めていたことは、ステファンと結婚した後、レーヌから聞いた。
ステファンも気づいていたが、それまでレーヌは彼女らを庇って口を噤んでいた。
真実を知ってステファンもアベリー家の人たちも抗議しようとしたが、レーヌがそれを止めた。
彼女たちがいつか改心してレーヌに謝ってくることはないだろうが、レーヌは家のため何もしないでくれと頼んだ。
なぜ彼女がそこまでオハイエ家のことを気にするのかわからなかったが、ギャレットもミーシャの本性をわざわざ告げることはしないつもりだった。
「だから学園で見かけても、わざわざ話しかけてくれなくてもいい」
「わ、私…」
冷たいギャレットの突き放した言い方にミーシャは驚いている。
なぜそこまで言われるのかわからないと言った表情に、ギャレットは呆れるしかなかった。
確かに容姿は整っているが、本性を知っているギャレットから見れば、ヘドロのような腐った悪臭が身内から漂っているのがわかる。
「おいおい、ギャレット、そこまで言わなくても」
「これでも穏便に言っているつもりだ。そういうことだから…」
「あ、あの…ギャレット様」
立ち去ろうとするギャレットにミーシャが袖を掴んで引き止めた。
「離せ、それから、君はどのクラスだ?」
「え、あ、あの…Eクラスです」
「E? レーヌ様はずっと特進だったのに?」
そう言うと、ミーシャは顔を赤らめた。
「あ、姉は…勉強だけが取り柄で…父も母も女なら学よりもっと大切なものがあると…だから私は他のことで…」
姉を貶める言い方をギャレット鼻で笑った。
「人にはそれぞれ持って生まれた才能が違う。成績だけで人を判断するのは平等とはいわないし、馬鹿にするつもりもない。努力の結果が今の成績なら今から頑張ればいいし、たとえ結果が伴わなくても、努力したことは評価すべきことだ。でも姉を誇りに思えないその言い方は気に入らない。血の繋がりがなくても、目標にして尊敬することは出来た筈だ。ご両親はそのことを君に教えず、努力するということを放棄したようだな」
オハイエ伯爵夫人がレーヌのことを、勉強ばかりの人間だとお茶会などで吹聴していたのは、ナディアたちから聞いていた。
たとえ特進に入れる頭脳がなかったとしても、それは仕方がないことだ。しかし、たとえ血の繋がりがなくても、姉のことを自慢できないのは、彼女たちがレーヌを大事に思っていないからだ。
「わ、私…」
「ごめん、友人を待たせているからもう行くよ、行こうマルセル」
「あ、ああ…」
黙り込んでしまったミーシャを置いてギャレットは立ち去った。
「はい。昔、お姉さまとよく作って…」
「どのお姉さまと?」
「え?」
彼女がレーヌと仲良くクッキーを焼くとは思えない。だとすれば、どこのお姉さまのことを言っているのかと、ギャレットは尋ねた。
「あの、おっしゃる意味が…」
「アベリー侯爵家のご子息に嫁がれたレーヌ様ですわ。ミーシャのお姉さまは彼女一人で他に姉妹はおりませんもの」
ミーシャの隣りにいた女子生徒が説明する。
「レーヌ様のことは知っている。だが、レーヌ様が彼女とクッキーを焼く姿が想像できなかっただけだ」
「た、確かに…姉と私は八歳離れておりますから…」
ギャレットの言葉にミーシャはモゴモゴと補足する。
「悪いけど、それはいらない。君たちで食べるといい」
「え、でも」
「得体のしれないものは食べない。僕は決まった人が作ったものしか口にしない」
ギャレットはキッパリ撥ね退けた。
「で、でも…私…」
拒絶されてミーシャは俯き、泣きそうな声で呟く。
「ギャレット、下級生を苛めるなよ」
「苛めていない。頼んでもいないのに、手作りだと言って押し付ける方がどうかと思うが。そもそも僕が誰から差し入れも受け取らないのは、周知の事実だ。マルセルも知っているじゃないか」
「それはそうだけど…」
これまでも差し入れだと称して食べ物を持ってこられたりしたが、そのどれもギャレットは受け取ったことがなかった。
「知らなかったのかもしれないので、伝えておくけど、今後こういうことはしなくていい。ほしいものがあれば自分で手配できるから」
「ミーシャ、話が違うわ」
後ろにいた子がぼそりと言った。
「し、黙っててよ」
それに向かってミーシャは物凄い形相で睨みつけ、すぐに悲しそうな表情を取り繕ってこちらを見た。
「申し訳ございません。ギャレット様はレーヌお姉さまとも、アベリー侯爵家とも家族ぐるみでお付き合いされていらっしゃるので、私のこともお見知り置き頂いて…」
「もちろん君が誰かは知っている。悪いけど、君とはステファンたちの結婚式以降会うのは初めてだ。僕は君のことを顔と名前以外知らないし、知るつもりも知りたいとも思わない」
母親と一緒になってミーシャが姉を苛めていたことは、ステファンと結婚した後、レーヌから聞いた。
ステファンも気づいていたが、それまでレーヌは彼女らを庇って口を噤んでいた。
真実を知ってステファンもアベリー家の人たちも抗議しようとしたが、レーヌがそれを止めた。
彼女たちがいつか改心してレーヌに謝ってくることはないだろうが、レーヌは家のため何もしないでくれと頼んだ。
なぜ彼女がそこまでオハイエ家のことを気にするのかわからなかったが、ギャレットもミーシャの本性をわざわざ告げることはしないつもりだった。
「だから学園で見かけても、わざわざ話しかけてくれなくてもいい」
「わ、私…」
冷たいギャレットの突き放した言い方にミーシャは驚いている。
なぜそこまで言われるのかわからないと言った表情に、ギャレットは呆れるしかなかった。
確かに容姿は整っているが、本性を知っているギャレットから見れば、ヘドロのような腐った悪臭が身内から漂っているのがわかる。
「おいおい、ギャレット、そこまで言わなくても」
「これでも穏便に言っているつもりだ。そういうことだから…」
「あ、あの…ギャレット様」
立ち去ろうとするギャレットにミーシャが袖を掴んで引き止めた。
「離せ、それから、君はどのクラスだ?」
「え、あ、あの…Eクラスです」
「E? レーヌ様はずっと特進だったのに?」
そう言うと、ミーシャは顔を赤らめた。
「あ、姉は…勉強だけが取り柄で…父も母も女なら学よりもっと大切なものがあると…だから私は他のことで…」
姉を貶める言い方をギャレット鼻で笑った。
「人にはそれぞれ持って生まれた才能が違う。成績だけで人を判断するのは平等とはいわないし、馬鹿にするつもりもない。努力の結果が今の成績なら今から頑張ればいいし、たとえ結果が伴わなくても、努力したことは評価すべきことだ。でも姉を誇りに思えないその言い方は気に入らない。血の繋がりがなくても、目標にして尊敬することは出来た筈だ。ご両親はそのことを君に教えず、努力するということを放棄したようだな」
オハイエ伯爵夫人がレーヌのことを、勉強ばかりの人間だとお茶会などで吹聴していたのは、ナディアたちから聞いていた。
たとえ特進に入れる頭脳がなかったとしても、それは仕方がないことだ。しかし、たとえ血の繋がりがなくても、姉のことを自慢できないのは、彼女たちがレーヌを大事に思っていないからだ。
「わ、私…」
「ごめん、友人を待たせているからもう行くよ、行こうマルセル」
「あ、ああ…」
黙り込んでしまったミーシャを置いてギャレットは立ち去った。
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