2 / 91
2 赤い目の少年②
しおりを挟む
「今日もまた終電だった」
連日連夜の残業に私は疲れ切っていた。
二流の大学を卒業し、就職活動はことごとく惨敗。派遣生活を経てようやく二十五歳で就職した会社はブラックだった。
サービス残業、休日出勤は当たり前。次々と病んで同僚が辞めていく中、なかなか人員補充もされず、業務はどんどん増えていく。
這々の体でワンルームマンションに辿り着き、玄関を開けると捨て損ねたゴミの山を乗り越えてベッドへそのまま倒れ込んだ。
「うう・・小説・・読みたい」
唯一の楽しみはTL小説を読むこと。ネットであらすじや感想を読んでは購入し、休日は優雅にコーヒーを飲みながら読もうと思っていた小説が五万と貯まっている。
しかし現実は日々数ページ読んではそのまま寝落ちしてしまう。
それでも時には読むのを止められず、気づけば朝を迎えていた。
ヒロインとヒーローの両片思いじれじれや、ヒロイン達の恋を加速させる試練の数々。学生時代にサークルで知り合った同級生と束の間の恋人関係だった以外、恋愛経験の無い私には憧れの世界だった。
「ま、現実にこんなのある訳ないけどね」
そう思いながらも、現実の過酷さを忘れさせてくれる。どんなことがあっても最後はハッピーエンドのTL小説に私はのめり込んでいた。
最後に読んでいたのは「放蕩貴族は月の乙女を愛して止まない」というタイトルの小説だった。
女性にもてるヒーローが、親友の想い人で家族に虐げられて育っていたヒロインをいつしか好きになり、やがて二人は試練を乗り越え結ばれるというものだった。
その試練とは、ヒロインと同じ境遇で幼少期に虐待を受けていた男性の義弟が、義兄への嫌がらせでヒロインを浚って傷つけようとするというもの。
ヒロインを助けるため義弟を殺した彼は、ヒーローにヒロインを託し、自分は獄中で死ぬのだった。
その男の名はジュスト=モヒナート。
そしてジュストの義弟で、彼に殺されるのが・・・
(え、これってギャレット=モヒナート?)
昏睡状態から目が覚めたわたしは、鏡に映った自分の姿を見て絶句した。
目覚めた瞬間、頭に五歳までのギャレットの記憶が流れ込んできて、慌てて鏡を見た。
柔らかく波打つ金髪に、大きなくりくりとした紫の瞳。かつて見た天使の像のように愛らしい顔。
それは登場人物欄に描かれたその小説の唯一と言っていい悪役令息の幼い頃の姿だった。
(よ、よりによって男・・しかも殺されるやつ)
悪役の退場の仕方はそれぞれ。投獄に追放、はたまた地位や財産を奪われ没落の一途を辿る。
苦しい思いをして生きていくよりいいじゃないかと言われれば、それまでだが、せっかく金持ち貴族に生まれたからには思う存分良い思いをして長生きしたい。
(わたしって、死んだの?)
TLをメインに読んでいたわたしだけど、異世界転生などの知識は普通にある。
これってそういうことなのか?
「ギャ、ギャレット様・・どうされたのですか?」
いつの間にか部屋に入ってきたメイドの格好した若い女性が、おどおどしながら鏡の前で膝をついて項垂れるわたし・・ギャレットに声を掛けてきた。
その怯え具合を見て、普段からギャレットが使用人達にどんな風に接してきたのかわかる。
天使の顔をした悪魔。それがギャレット=モヒナート。
なかなか子どもができなかったモヒナート侯爵、ラファイエとナディアの一粒種として生まれた彼を、両親は極限まで甘やかして育てた。
欲しいものは何でも与え、彼がやりたくなと言えば、仕方ないと許し。逆にやりたいと言えば何でもやらせた。
結果できあがった我が儘放題のお坊ちゃま。
彼の非常さと理不尽さは年を追うごとに増し、使用人達がその最たる犠牲者になった。
ただ、そうするのは両親が見ていない所でだけ。両親の前では良い子ぶる。
「ねえ」
わたしは座り込んだまま、彼女に声をかけた。
声もどこかの少年合唱団かと言うような透き通った声だ。
小説ではそこまで描写されていなかった。
「は、はい」
「わたしって・・今何歳?」
さっき鏡を見たとき、頭に包帯が巻かれていた。
これはもしかして・・・
「わ、わたし? あの、ギャレット様?」
「あ、間違えた・・えっとぼ、僕は、今何歳?」
思わず一人称を「わたし」で言ってしまった。
危ない。
でもすぐには慣れないな。
「ギャレット!」
その時、ひと組の男女が部屋に入ってきた。
「気がついたのか」
「ギャレットちゃん、目が覚めたのね」
泣きながらそう言ってわたしを抱きしめる二人は、間違いなくギャレットの両親。
「もう、二度と目が覚めないのかと思ったわ」
「一体何があったんだ」
わたし(ギャレット)を抱きしめる両親の肩越しに、こちらを青い顔をして見ている少年の姿が目に入った。
黒髪に赤い目。手足が長くひょろりと背が高い少年。
「ジュスト=モヒナート」
将来わたし(ギャレット)を殺す少年の姿がそこにあった。
連日連夜の残業に私は疲れ切っていた。
二流の大学を卒業し、就職活動はことごとく惨敗。派遣生活を経てようやく二十五歳で就職した会社はブラックだった。
サービス残業、休日出勤は当たり前。次々と病んで同僚が辞めていく中、なかなか人員補充もされず、業務はどんどん増えていく。
這々の体でワンルームマンションに辿り着き、玄関を開けると捨て損ねたゴミの山を乗り越えてベッドへそのまま倒れ込んだ。
「うう・・小説・・読みたい」
唯一の楽しみはTL小説を読むこと。ネットであらすじや感想を読んでは購入し、休日は優雅にコーヒーを飲みながら読もうと思っていた小説が五万と貯まっている。
しかし現実は日々数ページ読んではそのまま寝落ちしてしまう。
それでも時には読むのを止められず、気づけば朝を迎えていた。
ヒロインとヒーローの両片思いじれじれや、ヒロイン達の恋を加速させる試練の数々。学生時代にサークルで知り合った同級生と束の間の恋人関係だった以外、恋愛経験の無い私には憧れの世界だった。
「ま、現実にこんなのある訳ないけどね」
そう思いながらも、現実の過酷さを忘れさせてくれる。どんなことがあっても最後はハッピーエンドのTL小説に私はのめり込んでいた。
最後に読んでいたのは「放蕩貴族は月の乙女を愛して止まない」というタイトルの小説だった。
女性にもてるヒーローが、親友の想い人で家族に虐げられて育っていたヒロインをいつしか好きになり、やがて二人は試練を乗り越え結ばれるというものだった。
その試練とは、ヒロインと同じ境遇で幼少期に虐待を受けていた男性の義弟が、義兄への嫌がらせでヒロインを浚って傷つけようとするというもの。
ヒロインを助けるため義弟を殺した彼は、ヒーローにヒロインを託し、自分は獄中で死ぬのだった。
その男の名はジュスト=モヒナート。
そしてジュストの義弟で、彼に殺されるのが・・・
(え、これってギャレット=モヒナート?)
昏睡状態から目が覚めたわたしは、鏡に映った自分の姿を見て絶句した。
目覚めた瞬間、頭に五歳までのギャレットの記憶が流れ込んできて、慌てて鏡を見た。
柔らかく波打つ金髪に、大きなくりくりとした紫の瞳。かつて見た天使の像のように愛らしい顔。
それは登場人物欄に描かれたその小説の唯一と言っていい悪役令息の幼い頃の姿だった。
(よ、よりによって男・・しかも殺されるやつ)
悪役の退場の仕方はそれぞれ。投獄に追放、はたまた地位や財産を奪われ没落の一途を辿る。
苦しい思いをして生きていくよりいいじゃないかと言われれば、それまでだが、せっかく金持ち貴族に生まれたからには思う存分良い思いをして長生きしたい。
(わたしって、死んだの?)
TLをメインに読んでいたわたしだけど、異世界転生などの知識は普通にある。
これってそういうことなのか?
「ギャ、ギャレット様・・どうされたのですか?」
いつの間にか部屋に入ってきたメイドの格好した若い女性が、おどおどしながら鏡の前で膝をついて項垂れるわたし・・ギャレットに声を掛けてきた。
その怯え具合を見て、普段からギャレットが使用人達にどんな風に接してきたのかわかる。
天使の顔をした悪魔。それがギャレット=モヒナート。
なかなか子どもができなかったモヒナート侯爵、ラファイエとナディアの一粒種として生まれた彼を、両親は極限まで甘やかして育てた。
欲しいものは何でも与え、彼がやりたくなと言えば、仕方ないと許し。逆にやりたいと言えば何でもやらせた。
結果できあがった我が儘放題のお坊ちゃま。
彼の非常さと理不尽さは年を追うごとに増し、使用人達がその最たる犠牲者になった。
ただ、そうするのは両親が見ていない所でだけ。両親の前では良い子ぶる。
「ねえ」
わたしは座り込んだまま、彼女に声をかけた。
声もどこかの少年合唱団かと言うような透き通った声だ。
小説ではそこまで描写されていなかった。
「は、はい」
「わたしって・・今何歳?」
さっき鏡を見たとき、頭に包帯が巻かれていた。
これはもしかして・・・
「わ、わたし? あの、ギャレット様?」
「あ、間違えた・・えっとぼ、僕は、今何歳?」
思わず一人称を「わたし」で言ってしまった。
危ない。
でもすぐには慣れないな。
「ギャレット!」
その時、ひと組の男女が部屋に入ってきた。
「気がついたのか」
「ギャレットちゃん、目が覚めたのね」
泣きながらそう言ってわたしを抱きしめる二人は、間違いなくギャレットの両親。
「もう、二度と目が覚めないのかと思ったわ」
「一体何があったんだ」
わたし(ギャレット)を抱きしめる両親の肩越しに、こちらを青い顔をして見ている少年の姿が目に入った。
黒髪に赤い目。手足が長くひょろりと背が高い少年。
「ジュスト=モヒナート」
将来わたし(ギャレット)を殺す少年の姿がそこにあった。
101
お気に入りに追加
1,006
あなたにおすすめの小説

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘/りん
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる