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アニエス編
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まさに奇跡だと思った。
それは相続手続きの期限まで、あと一週間という頃だった。
国の法律では、家長が亡くなった事実が判明してから三ヶ月以内に、次の後継者を届け出なければならないとされている。そうしなければ爵位と財産は一時国の預かりとなる。そして国が血族の中から該当する男子を指名する。この場合叔父がそうなるだろう。叔父が指名されてしまうと、もうアニエスには手も足も出なくなる。
大佐を信用していないではないが、アニエスにはもう後は無く、たとえ相手がバツ一、バツニであろうと、うんと年上であろうと、禿げていようと太っていようと構わないと思った。
しかし、大佐の家で引き合わされた相手を見て、アニエスは驚いた。
「ディルク?」
「はい。先輩」
そこにいたのは、ラファエル・ディルクだった。
「えっと、大佐。今日は私の結婚相手候補と引き合わせてくれるとのことですが…」
まさかと思いながら、彼女は大佐に自分が今日ここへ来た目的について切り出した。
「僕がそうです」
「え?」
大佐より先にラファエルが名乗り出た。
禿げでも太っていても、年上でもいいと思っていたが、ラファエルはそのどれにも当てはまらない。
それどころか、見かけだけなら、かなりの好条件の相手だ。
「そういうことだ。君の条件も承知していて、彼から立候補してきた」
「私ではご不満ですか?」
アニエスの戸惑いに、ラファエルが寂しそうに見つめてくる。出会った頃から、彼はよくアニエスにこんな表情を見せていた。まるで褒めてもらうのを期待している犬のようだ。
「ふ、不満とか…その、ディルクは名ばかりの当主でいいの?」
「僕はお飾りでいいです。先輩が手助けがほしいというなら、協力はしますが、領地運営に興味はありません」
「お飾りって…それであなたはいいの?」
「僕は既婚者という肩書きがあればいいんです。それで群がる女性の何割かは防げるので」
「女性除け」
「ジョルジュが最近婚約したばかりなのですが、その女性が…」
ジョルジュは彼の異母兄だ。それだけで、何となく事情は飲み込めた。恐らくはその女性がラファエルに言い寄ってきているのだろう。そうなると、ただでさえ彼にいい感情を持っていない彼の義母や異母兄が、黙っていないだろう。
「家に居づらくなって、今は宿住まいをしています。でも、そこでも女性従業員が勝手に僕の部屋に押し掛けてきたり、私物を盗まれたりして、この前は数人がかちあって大騒ぎになりました」
「そ、そう。それは大変ね」
「モテるのも考え物だな」
大佐と二人で、同情の目を向ける。
「まあ、二人それぞれの事情があって、結婚すればある程度解決するようだ。私としては旧友の娘にこのようなことで結婚相手を決めてほしくはないが、意に染まない従兄と結婚して苦労するよりは、まだ彼との方が良い関係を築けるのではと思っている」
「でも…」
「先輩はかつて僕を助けてくれました。今度は僕が協力する番だと思います」
「そんな、あれくらいのことで」
「いいえ。先輩には大したことはなくても、僕には忘れがたい恩です」
「義理堅いんですね」
数年前の些細な出来事とは言え、アニエスも忘れたわけではない。
アニエス自身、ラファエルのことを本当はどう思っているのか、まだよくわからない。
アニエスに対しては、屈託のない笑顔で接してくれている。
モテすぎるというのは、悩みに入るのかどうか判断できないが、彼にとってはあの顔で生まれたことが不幸なのかも知れない。
結婚するに当たり彼がベルフ家の養子に入り、名義を全て彼と彼女の共同名義にして、実権はアニエスが持つという覚え書きを交わした。
本当なら爵位を継いだ男子が全て所有し、実権も握るのだが、そこはアニエスの生家だということを考慮して、共同名義にしてくれたうえに、すべてを託してくれると言ってくれた。
そこまでの譲歩をしてもらって、アニエスに断る理由はなかった。
条件としては悪くない相手だと、わかっている。
ただ、相手の容姿が彼女の予想以上に良すぎて、一抹の不安を拭えない。
それは相続手続きの期限まで、あと一週間という頃だった。
国の法律では、家長が亡くなった事実が判明してから三ヶ月以内に、次の後継者を届け出なければならないとされている。そうしなければ爵位と財産は一時国の預かりとなる。そして国が血族の中から該当する男子を指名する。この場合叔父がそうなるだろう。叔父が指名されてしまうと、もうアニエスには手も足も出なくなる。
大佐を信用していないではないが、アニエスにはもう後は無く、たとえ相手がバツ一、バツニであろうと、うんと年上であろうと、禿げていようと太っていようと構わないと思った。
しかし、大佐の家で引き合わされた相手を見て、アニエスは驚いた。
「ディルク?」
「はい。先輩」
そこにいたのは、ラファエル・ディルクだった。
「えっと、大佐。今日は私の結婚相手候補と引き合わせてくれるとのことですが…」
まさかと思いながら、彼女は大佐に自分が今日ここへ来た目的について切り出した。
「僕がそうです」
「え?」
大佐より先にラファエルが名乗り出た。
禿げでも太っていても、年上でもいいと思っていたが、ラファエルはそのどれにも当てはまらない。
それどころか、見かけだけなら、かなりの好条件の相手だ。
「そういうことだ。君の条件も承知していて、彼から立候補してきた」
「私ではご不満ですか?」
アニエスの戸惑いに、ラファエルが寂しそうに見つめてくる。出会った頃から、彼はよくアニエスにこんな表情を見せていた。まるで褒めてもらうのを期待している犬のようだ。
「ふ、不満とか…その、ディルクは名ばかりの当主でいいの?」
「僕はお飾りでいいです。先輩が手助けがほしいというなら、協力はしますが、領地運営に興味はありません」
「お飾りって…それであなたはいいの?」
「僕は既婚者という肩書きがあればいいんです。それで群がる女性の何割かは防げるので」
「女性除け」
「ジョルジュが最近婚約したばかりなのですが、その女性が…」
ジョルジュは彼の異母兄だ。それだけで、何となく事情は飲み込めた。恐らくはその女性がラファエルに言い寄ってきているのだろう。そうなると、ただでさえ彼にいい感情を持っていない彼の義母や異母兄が、黙っていないだろう。
「家に居づらくなって、今は宿住まいをしています。でも、そこでも女性従業員が勝手に僕の部屋に押し掛けてきたり、私物を盗まれたりして、この前は数人がかちあって大騒ぎになりました」
「そ、そう。それは大変ね」
「モテるのも考え物だな」
大佐と二人で、同情の目を向ける。
「まあ、二人それぞれの事情があって、結婚すればある程度解決するようだ。私としては旧友の娘にこのようなことで結婚相手を決めてほしくはないが、意に染まない従兄と結婚して苦労するよりは、まだ彼との方が良い関係を築けるのではと思っている」
「でも…」
「先輩はかつて僕を助けてくれました。今度は僕が協力する番だと思います」
「そんな、あれくらいのことで」
「いいえ。先輩には大したことはなくても、僕には忘れがたい恩です」
「義理堅いんですね」
数年前の些細な出来事とは言え、アニエスも忘れたわけではない。
アニエス自身、ラファエルのことを本当はどう思っているのか、まだよくわからない。
アニエスに対しては、屈託のない笑顔で接してくれている。
モテすぎるというのは、悩みに入るのかどうか判断できないが、彼にとってはあの顔で生まれたことが不幸なのかも知れない。
結婚するに当たり彼がベルフ家の養子に入り、名義を全て彼と彼女の共同名義にして、実権はアニエスが持つという覚え書きを交わした。
本当なら爵位を継いだ男子が全て所有し、実権も握るのだが、そこはアニエスの生家だということを考慮して、共同名義にしてくれたうえに、すべてを託してくれると言ってくれた。
そこまでの譲歩をしてもらって、アニエスに断る理由はなかった。
条件としては悪くない相手だと、わかっている。
ただ、相手の容姿が彼女の予想以上に良すぎて、一抹の不安を拭えない。
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