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アニエス編
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「げ、アニエス・ファン・デン・ベルフ」
「やばい、部隊長だ」
彼らはアニエスを見て青ざめる。
名前は思い出せないが、顔は見覚えがある。確かアニエスとは少し下くらいの、別の隊の者たちだ。
彼らの向こうには、お尻をついて座り込んでいる人物の下半身が見える。
「そう、私はアニエス・ファン・デン・ベルフよ。あなたたちは、ここで何をしているのかしら」
聞こえてきた内容からすれば、大勢で一人に対して言いがかりをつけているように見える。
「やばい、逃げろ」
彼らはアニエスの登場に慌てて、その場から逃げ去った。
「わかっているな、ラファエル。身の程を弁えろ」
一人が去り際にそう言い放った。
「ラファエル?」
アニエスは一人残された人物を見て、それが噂のラファエル・ディルクだとすぐにわかった。
彼はぶたれらしい頬を赤くして、立ち去った騎士たちの方に厳しい視線を向けていたが、アニエスと目が合うとその表情を和らげてニコリと微笑んだ。
「ありがとうございます」
たとえ傷ついていたとしても、その美貌の破壊力は決して損なわれていない。なるほど、女性たちが騒ぐだけのことはある。騎士団には貴族の子弟が多く、大抵整った顔立ちをしているが、その中でも、彼の美貌は際立っている。
しかし、彼女の好みは歳下ではなく、落ち着いた歳上の男性だ。
「いえ、大丈夫です」
立ち上がるのを助けようと差し出したアニエスの手を、彼は断って自分で立ち上がり、パンパンと制服についた土埃を払った。
「ハンカチは持ってる?」
唇から血が出ているのを見て、アニエスはポケットからハンカチを取り出した。
「ありがとうございます。ベルフ先輩」
しかし彼はそれを受け取らず、締めていたタイで血を拭った。
「望むなら証言するけど」
ハンカチを元に戻し、余計なお世話だと思いながら、もし暴力を振るわれたことを抗議するなら口添えすると、申し出た。
「いえ結構です。そんなことをすれば、かえってややこしくなります」
「そう」
「それに、彼らは僕の兄の友人達です」
「お兄さん?」
「はい。ただし半分だけ」
「ああ」
ラファエルが庶子であることは耳にしていたので、驚きはしなかった。
「それでいいの? 私が話せば上も親身になってくれるわ」
「はい。ですが、大丈夫です。お心遣い感謝します」
「上官だし、部隊長としてこの部下が困っているなら力になりたいと思っているだけよ。あなたもこの仲間なんだから」
「ご立派です。正義感が強いのですね」
部隊長であるアニエスが証言すれば、上層部もきちんと対応してくれるだろう。
しかし、異母兄の仲間からの暴力なら、もし告げ口しようものなら、彼の家での立場をさらに悪化させることも有り得ると察した。
「お節介で、貴族令嬢らしくないとよく言われるけどね」
「貴族令嬢など、表向きは着飾っていても、その中身は醜悪な者が多い。そのような令嬢になる必要などありませんよ。ベルフ先輩は彼女たちよりずっとずっと素敵な人です」
「…そ、そう。ありがとう」
他の令嬢たちへの辛辣な言葉に驚くとともに、褒められてアニエスは照れた。
「でも、ありがとうございます。このご恩は忘れません」
「そんな大袈裟な」
「いいえ。殆どの者が見て見ぬ振りをしている中で、部隊長だけが助けてくれました」
その出逢いがきっかけで、彼はアニエスを見たら笑顔で駆け寄ってくるようになった。
その出自のせいか、人に心を開かなかった彼が、アニエスに懐いたのを見た周りは驚いていた。
アニエスとしては、ほかの部下達と同じように接していたつもりだった。しかし、彼は男でアニエスは女。しかもラファエルはその美貌で多くの女性たちを惑わせてきた。
だから、彼女もとうとう彼に落ちたのかと変に勘ぐられた。
アニエスがラファエルに落ちたというのはあっても、ラファエルがアニエスに落ちたと考える人がいないことに、アニエスは密かに苦笑した。
しかし、二年前ラファエルはその後すぐ国境勤務に配属され、以降彼と会うことはなかった。
「やばい、部隊長だ」
彼らはアニエスを見て青ざめる。
名前は思い出せないが、顔は見覚えがある。確かアニエスとは少し下くらいの、別の隊の者たちだ。
彼らの向こうには、お尻をついて座り込んでいる人物の下半身が見える。
「そう、私はアニエス・ファン・デン・ベルフよ。あなたたちは、ここで何をしているのかしら」
聞こえてきた内容からすれば、大勢で一人に対して言いがかりをつけているように見える。
「やばい、逃げろ」
彼らはアニエスの登場に慌てて、その場から逃げ去った。
「わかっているな、ラファエル。身の程を弁えろ」
一人が去り際にそう言い放った。
「ラファエル?」
アニエスは一人残された人物を見て、それが噂のラファエル・ディルクだとすぐにわかった。
彼はぶたれらしい頬を赤くして、立ち去った騎士たちの方に厳しい視線を向けていたが、アニエスと目が合うとその表情を和らげてニコリと微笑んだ。
「ありがとうございます」
たとえ傷ついていたとしても、その美貌の破壊力は決して損なわれていない。なるほど、女性たちが騒ぐだけのことはある。騎士団には貴族の子弟が多く、大抵整った顔立ちをしているが、その中でも、彼の美貌は際立っている。
しかし、彼女の好みは歳下ではなく、落ち着いた歳上の男性だ。
「いえ、大丈夫です」
立ち上がるのを助けようと差し出したアニエスの手を、彼は断って自分で立ち上がり、パンパンと制服についた土埃を払った。
「ハンカチは持ってる?」
唇から血が出ているのを見て、アニエスはポケットからハンカチを取り出した。
「ありがとうございます。ベルフ先輩」
しかし彼はそれを受け取らず、締めていたタイで血を拭った。
「望むなら証言するけど」
ハンカチを元に戻し、余計なお世話だと思いながら、もし暴力を振るわれたことを抗議するなら口添えすると、申し出た。
「いえ結構です。そんなことをすれば、かえってややこしくなります」
「そう」
「それに、彼らは僕の兄の友人達です」
「お兄さん?」
「はい。ただし半分だけ」
「ああ」
ラファエルが庶子であることは耳にしていたので、驚きはしなかった。
「それでいいの? 私が話せば上も親身になってくれるわ」
「はい。ですが、大丈夫です。お心遣い感謝します」
「上官だし、部隊長としてこの部下が困っているなら力になりたいと思っているだけよ。あなたもこの仲間なんだから」
「ご立派です。正義感が強いのですね」
部隊長であるアニエスが証言すれば、上層部もきちんと対応してくれるだろう。
しかし、異母兄の仲間からの暴力なら、もし告げ口しようものなら、彼の家での立場をさらに悪化させることも有り得ると察した。
「お節介で、貴族令嬢らしくないとよく言われるけどね」
「貴族令嬢など、表向きは着飾っていても、その中身は醜悪な者が多い。そのような令嬢になる必要などありませんよ。ベルフ先輩は彼女たちよりずっとずっと素敵な人です」
「…そ、そう。ありがとう」
他の令嬢たちへの辛辣な言葉に驚くとともに、褒められてアニエスは照れた。
「でも、ありがとうございます。このご恩は忘れません」
「そんな大袈裟な」
「いいえ。殆どの者が見て見ぬ振りをしている中で、部隊長だけが助けてくれました」
その出逢いがきっかけで、彼はアニエスを見たら笑顔で駆け寄ってくるようになった。
その出自のせいか、人に心を開かなかった彼が、アニエスに懐いたのを見た周りは驚いていた。
アニエスとしては、ほかの部下達と同じように接していたつもりだった。しかし、彼は男でアニエスは女。しかもラファエルはその美貌で多くの女性たちを惑わせてきた。
だから、彼女もとうとう彼に落ちたのかと変に勘ぐられた。
アニエスがラファエルに落ちたというのはあっても、ラファエルがアニエスに落ちたと考える人がいないことに、アニエスは密かに苦笑した。
しかし、二年前ラファエルはその後すぐ国境勤務に配属され、以降彼と会うことはなかった。
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