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261 願っても得られない時は
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アンジェリーナ様の帰宅を玄関付近で待ち構えた。
「お帰りになられました」
門番から知らせが来て外へ出ると、馬車が玄関へと続く通路をこちらへ向かって来るところだった。
「お帰りなさいませ」
馬車から降りたアンジェリーナ様に声をかけると、彼女はあからさまに驚いた。
「ローリィ…」
心ここにあらずと言った様子に小首を傾げた。
「外出先で何か御座いましたか?」
なぜか浮かない顔のアンジェリーナ様の様子が気になって訊ねた。
「…いいえ…いえ…」
どっちかわからない返事を返されたが、確実に何かあったのはわかる。
それでも何も言わないのは誰にも言いたくないからだろう。
「少しお話をしても大丈夫ですか?」
それでもあの買い物のことは聞いておくべきかと思い訊ねた。
「…話? そうね。私も話があるの、後で部屋に来てもらえるかしら」
「わかりました」
部屋へと向かうアンジェリーナ様の背中を見送り、ジベルさんと目配せしあい、頷き合った。
暫くしてアンジェリーナ様の部屋を訪れた。
先程ジベルさんに見せてもらった品々に取り囲まれて座るアンジェリーナ様は、彼女の部屋なのにその中で一番異質に見える。
「アンジェリーナ様、もしお加減が悪いなら話は今でなくても」
勢い込んで話があると言ったが項垂れて疲れている様子のアンジェリーナ様を見ると、話をするのは今日はやめておいた方がいい気がした。
「大丈夫よ。私も話があると言ったでしょ」
「ですが…」
ひとつ大きな深呼吸をしてアンジェリーナ様は部屋を見渡した。
「この部屋、おかしいでしょ」
アンジェリーナ様も自覚があるらしく自嘲している。
「はい…あの、アンジェリーナ様の趣味なら…」
「闇雲に手当り次第集めていたらこんな風になってしまったわ」
「あの、これらは何のために集めておられるのかお訊きしてもいいですか?」
統一性のない品々を眺め渡す。
「そうね。やっぱりおかしいわね。自分でも笑えるわ」
泣き笑いの顔でアンジェリーナ様が私を見上げる。
「私、ミシェルと結婚して四年になるの」
「はい」
四年はまだ新婚の部類に入るのだろうか。何かで三年が一つ目の壁だと聞いたことがある。それを思えばおめでとうと言うべきか。
「四年…彼はいい夫でいい当主で騎士団でも優秀だわ。おまけに容姿も体格も完璧」
「はい」
惚気を聞かされているのだろうか。
「お似合いのご夫婦だと思います」
「ありがとう。でも、夫婦ってそれだけではないと思うの」
「と、言いますと?」
「貴族階級に必要なことはそれだけではだめだと言うこと。家を存続させるために必要なことがあるわ」
何となくアンジェリーナ様の言わんとしていることがわかった。
「子ども…それもご子息」
この国の法律では爵位を継ぐのは男子のみ。
私を生んだことを後悔していないし、剣の修行を始めてからは男の子と女の子両方がいるみたいで嬉しいとも言ってくれた。
けれど、父は責めたりしなかったが、母はそのことを最後まで心の中で悔やんでいたことを知っている。
「そう。四年も経つのに私たちにはまだ子どもがいない。ミシェルは何とも思っていないようだけど、周りはどんどん子どもが生まれている。妊娠の報を聞く度に私がどんな気持ちがするか…」
アンジェリーナ様の悩みは子宝に恵まれないことだとわかった。
「それで、この品々は」
「あちこち、同じ悩みを持つ方から聞いて、これを買ってすぐに子どもが出来たというものを集めたの」
「ああ…」
思ったとおりまさにご利益商法。手当り次第の結果がこの部屋の状態なのか。
「でもこんなのは迷信…あ、いえ…そのアンジェリーナ様の気持ちが済むなら…」
「ふふ…わかっているわ。信憑性のないものだって」
アンジェリーナ様もこれらが何の効果もないものだとはわかっている。けれどそこまでするほどアンジェリーナ様の気持ちは切実だったということだ。
「少しでもミシェルが気づいてくれたら、そう思って」
「そうですよね。アンジェリーナ様独りが頑張ってどうなるものでもありませんから」
問題はミシェル様がアンジェリーナ様の想いに気がついているかだ。
幸せなご夫婦で仲睦まじいと思っていたのに、悩みは人それぞれあるものだ。
そして願ってもすぐには得られないものを欲すると、時には奇行に走らせるものだ。
「お帰りになられました」
門番から知らせが来て外へ出ると、馬車が玄関へと続く通路をこちらへ向かって来るところだった。
「お帰りなさいませ」
馬車から降りたアンジェリーナ様に声をかけると、彼女はあからさまに驚いた。
「ローリィ…」
心ここにあらずと言った様子に小首を傾げた。
「外出先で何か御座いましたか?」
なぜか浮かない顔のアンジェリーナ様の様子が気になって訊ねた。
「…いいえ…いえ…」
どっちかわからない返事を返されたが、確実に何かあったのはわかる。
それでも何も言わないのは誰にも言いたくないからだろう。
「少しお話をしても大丈夫ですか?」
それでもあの買い物のことは聞いておくべきかと思い訊ねた。
「…話? そうね。私も話があるの、後で部屋に来てもらえるかしら」
「わかりました」
部屋へと向かうアンジェリーナ様の背中を見送り、ジベルさんと目配せしあい、頷き合った。
暫くしてアンジェリーナ様の部屋を訪れた。
先程ジベルさんに見せてもらった品々に取り囲まれて座るアンジェリーナ様は、彼女の部屋なのにその中で一番異質に見える。
「アンジェリーナ様、もしお加減が悪いなら話は今でなくても」
勢い込んで話があると言ったが項垂れて疲れている様子のアンジェリーナ様を見ると、話をするのは今日はやめておいた方がいい気がした。
「大丈夫よ。私も話があると言ったでしょ」
「ですが…」
ひとつ大きな深呼吸をしてアンジェリーナ様は部屋を見渡した。
「この部屋、おかしいでしょ」
アンジェリーナ様も自覚があるらしく自嘲している。
「はい…あの、アンジェリーナ様の趣味なら…」
「闇雲に手当り次第集めていたらこんな風になってしまったわ」
「あの、これらは何のために集めておられるのかお訊きしてもいいですか?」
統一性のない品々を眺め渡す。
「そうね。やっぱりおかしいわね。自分でも笑えるわ」
泣き笑いの顔でアンジェリーナ様が私を見上げる。
「私、ミシェルと結婚して四年になるの」
「はい」
四年はまだ新婚の部類に入るのだろうか。何かで三年が一つ目の壁だと聞いたことがある。それを思えばおめでとうと言うべきか。
「四年…彼はいい夫でいい当主で騎士団でも優秀だわ。おまけに容姿も体格も完璧」
「はい」
惚気を聞かされているのだろうか。
「お似合いのご夫婦だと思います」
「ありがとう。でも、夫婦ってそれだけではないと思うの」
「と、言いますと?」
「貴族階級に必要なことはそれだけではだめだと言うこと。家を存続させるために必要なことがあるわ」
何となくアンジェリーナ様の言わんとしていることがわかった。
「子ども…それもご子息」
この国の法律では爵位を継ぐのは男子のみ。
私を生んだことを後悔していないし、剣の修行を始めてからは男の子と女の子両方がいるみたいで嬉しいとも言ってくれた。
けれど、父は責めたりしなかったが、母はそのことを最後まで心の中で悔やんでいたことを知っている。
「そう。四年も経つのに私たちにはまだ子どもがいない。ミシェルは何とも思っていないようだけど、周りはどんどん子どもが生まれている。妊娠の報を聞く度に私がどんな気持ちがするか…」
アンジェリーナ様の悩みは子宝に恵まれないことだとわかった。
「それで、この品々は」
「あちこち、同じ悩みを持つ方から聞いて、これを買ってすぐに子どもが出来たというものを集めたの」
「ああ…」
思ったとおりまさにご利益商法。手当り次第の結果がこの部屋の状態なのか。
「でもこんなのは迷信…あ、いえ…そのアンジェリーナ様の気持ちが済むなら…」
「ふふ…わかっているわ。信憑性のないものだって」
アンジェリーナ様もこれらが何の効果もないものだとはわかっている。けれどそこまでするほどアンジェリーナ様の気持ちは切実だったということだ。
「少しでもミシェルが気づいてくれたら、そう思って」
「そうですよね。アンジェリーナ様独りが頑張ってどうなるものでもありませんから」
問題はミシェル様がアンジェリーナ様の想いに気がついているかだ。
幸せなご夫婦で仲睦まじいと思っていたのに、悩みは人それぞれあるものだ。
そして願ってもすぐには得られないものを欲すると、時には奇行に走らせるものだ。
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