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260 魂に刷り込まれたもの
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その日もミシェル・ハレスは遅くまで執務室で仕事をしていた、
今回の式部の大幅な人事異動は、他の部署にも多大な影響があった。
誰かが異動すれば、新たなポストを作るか誰かを動かさなければならない。
人が大きく動き、警備計画が変更され、警備体制を整えるのに思った以上に時間がかかった。
新年の宴の踊り子選抜の騒動に、式部の上層部が一部の舞屋などに肩入れしたりしていたことが今回の新年の宴の舞手選びで判明した。
ローリィ・ハインツ。またの名をローゼリア・アイスヴァイン。
今は自分の妻の護衛として自分の屋敷に滞在しているストロベリーブロンドの背の高い彼女が関わった選考で明るみに出たわけだが、彼女が関わるとなぜか物事が大事になるのは気のせいだろうか。
彼女個人のことは嫌いではない。妻のアンジェリーナほどではないが、好ましく思っている。
彼女の腕前を見てキルヒライル殿下の護衛に推薦したことは後悔はしていない。
そのお陰で殿下も難を逃れることができた。
しかし、キルヒライル殿下が、そんな彼女に女性として興味を持っている事実には正直納得は出来ても戸惑いが隠せない。
人としてはいい人間だとはわかるが、自分が殿下と同じように彼女を女性として見られるかと言えば無理だ。
彼女の中に異性としての魅力を見出した殿下の眼力には驚いた。
女性の趣味が違うと言えばそれまでだが、よりによって複雑な事情を抱えた女性を好きになったものだと思わないではない。
放っておいても彼女は目立つ。
ストロベリーブロンドの髪にアメジストの瞳。少し吊り目で気が強そうに見えるが、すでに亡くなったという両親もそれなりに容姿は良かったのではなかろうか。
女性にしては背が高いが、彼女より背が高い男ならそこそこいるし、少ないが身長差に拘らない男性もいるだろう。
しかも見た目だけでなく彼女の放つ空気が、彼女をさらに目立たせている。
異性より同性に好かれる。しかも倒錯的なまでに女性たちを惹き付ける。
見ていてこちらが呆れるほどに…
彼は自らの人生を切り開こうと努力している彼女の姿勢に感心するとともに、どこか気負い過ぎて痛々しく思っていた。
『人の役に立つ人になりなさい』
そう親から言われて育つ子は多い。人と人は支え合って生きている。それぞれがひとつの歯車となり、うまく噛み合っているからこそ世界は廻っている。
農夫や漁師などがいなければ食糧を確保できないし、料理人がいなければそれらを食すこともできない。機織りやお針子がいなければ着る物を確保するのが難しい。その点で言えば皆何かしら『役に立っている』
そして彼女は、『誰かを護らなければ』という使命感が人より強い。
家族を護る。大切な人を護る。誰でも思うところだが、それが職業となると、騎士でもない人間がそう思うことはあまりない。
キルヒライル殿下の護衛の話を持ちかけた時も、報酬よりはその信念で引き受けたところが大きいと彼は見ている。
何があって彼女はそう思うようになったのか。
武術を習い始めたのはまだ幼い頃だと聞く。
それはまるで魂に刷り込まれているかのようだと思った。
陛下がバート・レイノルズの存在を彼女に明かしたのは、キルヒライル様のすべてを彼女に託したことに他ならないと、彼は思っている。
今は平民として生きているが、もともとは貴族の出だし、少し体裁を整えればキルヒライル様とも釣り合いが取れる。
常に兄王のためにその身を捧げてきた殿下と、誰かを護りたいと思っている彼女は、その性質という意味ではよく似ている。
ただ守ってあげるだけの女性にこれまで興味を示されなかった殿下には、彼女のような存在が新鮮に見えたのは間違いない。
あとは今抱えている問題が少しでも早く解決してくれることを願うばかりだ。
アンジェリーナにはここ最近寂しい思いをさせている。せめて子どもがいれば状況は違っていただろうが、こればかりは焦っても無理なことはわかっている。
ようやく半分になった書類の山の残りを片付けながら、彼は心の中で妻に謝った。
もう少しで色々なことが落ち着くだろう。
そうすれば、少し休暇を取って妻とゆっくり過ごすのもいい。
今回の式部の大幅な人事異動は、他の部署にも多大な影響があった。
誰かが異動すれば、新たなポストを作るか誰かを動かさなければならない。
人が大きく動き、警備計画が変更され、警備体制を整えるのに思った以上に時間がかかった。
新年の宴の踊り子選抜の騒動に、式部の上層部が一部の舞屋などに肩入れしたりしていたことが今回の新年の宴の舞手選びで判明した。
ローリィ・ハインツ。またの名をローゼリア・アイスヴァイン。
今は自分の妻の護衛として自分の屋敷に滞在しているストロベリーブロンドの背の高い彼女が関わった選考で明るみに出たわけだが、彼女が関わるとなぜか物事が大事になるのは気のせいだろうか。
彼女個人のことは嫌いではない。妻のアンジェリーナほどではないが、好ましく思っている。
彼女の腕前を見てキルヒライル殿下の護衛に推薦したことは後悔はしていない。
そのお陰で殿下も難を逃れることができた。
しかし、キルヒライル殿下が、そんな彼女に女性として興味を持っている事実には正直納得は出来ても戸惑いが隠せない。
人としてはいい人間だとはわかるが、自分が殿下と同じように彼女を女性として見られるかと言えば無理だ。
彼女の中に異性としての魅力を見出した殿下の眼力には驚いた。
女性の趣味が違うと言えばそれまでだが、よりによって複雑な事情を抱えた女性を好きになったものだと思わないではない。
放っておいても彼女は目立つ。
ストロベリーブロンドの髪にアメジストの瞳。少し吊り目で気が強そうに見えるが、すでに亡くなったという両親もそれなりに容姿は良かったのではなかろうか。
女性にしては背が高いが、彼女より背が高い男ならそこそこいるし、少ないが身長差に拘らない男性もいるだろう。
しかも見た目だけでなく彼女の放つ空気が、彼女をさらに目立たせている。
異性より同性に好かれる。しかも倒錯的なまでに女性たちを惹き付ける。
見ていてこちらが呆れるほどに…
彼は自らの人生を切り開こうと努力している彼女の姿勢に感心するとともに、どこか気負い過ぎて痛々しく思っていた。
『人の役に立つ人になりなさい』
そう親から言われて育つ子は多い。人と人は支え合って生きている。それぞれがひとつの歯車となり、うまく噛み合っているからこそ世界は廻っている。
農夫や漁師などがいなければ食糧を確保できないし、料理人がいなければそれらを食すこともできない。機織りやお針子がいなければ着る物を確保するのが難しい。その点で言えば皆何かしら『役に立っている』
そして彼女は、『誰かを護らなければ』という使命感が人より強い。
家族を護る。大切な人を護る。誰でも思うところだが、それが職業となると、騎士でもない人間がそう思うことはあまりない。
キルヒライル殿下の護衛の話を持ちかけた時も、報酬よりはその信念で引き受けたところが大きいと彼は見ている。
何があって彼女はそう思うようになったのか。
武術を習い始めたのはまだ幼い頃だと聞く。
それはまるで魂に刷り込まれているかのようだと思った。
陛下がバート・レイノルズの存在を彼女に明かしたのは、キルヒライル様のすべてを彼女に託したことに他ならないと、彼は思っている。
今は平民として生きているが、もともとは貴族の出だし、少し体裁を整えればキルヒライル様とも釣り合いが取れる。
常に兄王のためにその身を捧げてきた殿下と、誰かを護りたいと思っている彼女は、その性質という意味ではよく似ている。
ただ守ってあげるだけの女性にこれまで興味を示されなかった殿下には、彼女のような存在が新鮮に見えたのは間違いない。
あとは今抱えている問題が少しでも早く解決してくれることを願うばかりだ。
アンジェリーナにはここ最近寂しい思いをさせている。せめて子どもがいれば状況は違っていただろうが、こればかりは焦っても無理なことはわかっている。
ようやく半分になった書類の山の残りを片付けながら、彼は心の中で妻に謝った。
もう少しで色々なことが落ち着くだろう。
そうすれば、少し休暇を取って妻とゆっくり過ごすのもいい。
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