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259 酒浸りの日々に
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「クソ!あの男女め!」
飲み干した杯をダンと机に叩きつけるように置いてクラウス・ セリョンは酒場の一角で悪態をついて唸った。
カーマリング侯爵邸で行われた試合で敗北を喫した彼は何とか首は免れたものの、護衛隊長の職場罷免され給金もそれまでの五分の一に減らされた。忽ち生活は一変し、同居していた妻の両親にも馬鹿にされて家に居づらくなる始末。こうして薄めた安酒をあおっては毒づく日々を過ごしていた。
彼の憎悪は雇い主である侯爵へ、娘のミレーヌへ、そしてローリィへと向いている。
「今に見てろよ、あいつら…今に吠え面をかかせてやる」
ここ最近の彼の関心はこの三人にどうやって煮え湯を飲ませるか。三人一度が無理なら誰を先に潰すか、そんなことを想像しながらほくそ笑む。
そんな彼を不気味がって誰も近寄ろうとしない。
ゴトリ。
机の上に何かが置かれ顔を上げると、見知らぬ男がワインのボトルを掴んで立っていた。
「誰だ?」
「そんな安酒よりこちらをいかがですか?」
ちらりと男が置いた酒のラベルを見ると、今彼が薄めて飲んでいる酒の百倍はする代物だった。
「誰かのテーブルと間違えているのでないか、あっちへ行け!」
シッシと犬を追い払うように手を動かすが、男は立ち去らずに向かいの席に腰を下ろした。
「カーマリング侯爵家の護衛隊長をされているセリョン様ですよね」
「情報が古いな。元だ」
クラウスは三人への恨みをぶつけるように男を睨んだ。
「存じておりますよ。しかし、カーマリング侯爵も人を見る目がありませんね。あなたほど優秀な人物を蔑ろにするなんて」
「お前…何者だ」
「あなたが誰よりも優秀な騎士だと知る者ですよ」
事情を知っている様子の男の発言に警戒を抱くところだが、それよりも自分のことを高評価する発言に彼の自尊心が疼いた。
「どこまで知っている?」
男は黙ってワインの栓を開けて、空になったクラウスの杯に注いだ。
「どうぞ」
波波と注がれた真っ赤な液体を見つめてから、クラウスは目の前の男に視線を戻した。
「必要なことは十分に…あなたがとても腕の立つ騎士で、こんな安酒場で薄めた安酒を飲んでいるような方ではないということなど」
「何が目的だ?」
「あなたの能力を見込んで是非雇いたいという方がおります。もちろん報酬は護衛隊長の時の三倍はお約束します」
「三倍?」
「足りませんか? なら四倍」
「誰だ? 誰がおれを?」
「ここでは話せません。場所を変えませんか」
男が立ち上がったがクラウスはすぐには立ち上がらず男の方を胡散臭げに見上げた。
「何処へ連れて行くつもりだ?」
「心配されなくても、あなたに不利益なことは何ひとつありません。むしろ、カーマリング家では得ることすら出来なかった好待遇をお約束します。どうされますか? 新しい雇い主は気が長い方ではありません。しかも気まぐれ。明日には気が変わっているかもしれませんよ」
クラウスは男の顔とワインのボトルを見比べ、一瞬躊躇った後にボトルを掴んで立ち上がった。
「四倍だな」
「行きましょう」
クラウスと謎の男が出ていくのを見咎める者は誰もいない。
酔っ払いが多く徘徊する場所を通り、更に裏寂れた路地を突き進む。
そこは賑わいを見せる飲み屋街の喧騒も聞こえない薄暗い場所だった。
「おい、こんな人気のない場所だなんて聞いていないぞ」
羽振りのいいことを言っておきながら、正反対の場所へ誘おうとすることにクラウスは警戒したが、男は何も言わず前を歩いていく。
「こちらへどうぞ」
ある建物の前で立ち止まり、彼を中へと誘導する。
「……」
「騙すつもりはありません。疑り深いのは大事なことですが、今は忘れてください」
「だが、お前の名前も知らん。そっちは俺のことを知っているのに…」
「それは失礼しました。私の名前はマーティンと言います」
飲み干した杯をダンと机に叩きつけるように置いてクラウス・ セリョンは酒場の一角で悪態をついて唸った。
カーマリング侯爵邸で行われた試合で敗北を喫した彼は何とか首は免れたものの、護衛隊長の職場罷免され給金もそれまでの五分の一に減らされた。忽ち生活は一変し、同居していた妻の両親にも馬鹿にされて家に居づらくなる始末。こうして薄めた安酒をあおっては毒づく日々を過ごしていた。
彼の憎悪は雇い主である侯爵へ、娘のミレーヌへ、そしてローリィへと向いている。
「今に見てろよ、あいつら…今に吠え面をかかせてやる」
ここ最近の彼の関心はこの三人にどうやって煮え湯を飲ませるか。三人一度が無理なら誰を先に潰すか、そんなことを想像しながらほくそ笑む。
そんな彼を不気味がって誰も近寄ろうとしない。
ゴトリ。
机の上に何かが置かれ顔を上げると、見知らぬ男がワインのボトルを掴んで立っていた。
「誰だ?」
「そんな安酒よりこちらをいかがですか?」
ちらりと男が置いた酒のラベルを見ると、今彼が薄めて飲んでいる酒の百倍はする代物だった。
「誰かのテーブルと間違えているのでないか、あっちへ行け!」
シッシと犬を追い払うように手を動かすが、男は立ち去らずに向かいの席に腰を下ろした。
「カーマリング侯爵家の護衛隊長をされているセリョン様ですよね」
「情報が古いな。元だ」
クラウスは三人への恨みをぶつけるように男を睨んだ。
「存じておりますよ。しかし、カーマリング侯爵も人を見る目がありませんね。あなたほど優秀な人物を蔑ろにするなんて」
「お前…何者だ」
「あなたが誰よりも優秀な騎士だと知る者ですよ」
事情を知っている様子の男の発言に警戒を抱くところだが、それよりも自分のことを高評価する発言に彼の自尊心が疼いた。
「どこまで知っている?」
男は黙ってワインの栓を開けて、空になったクラウスの杯に注いだ。
「どうぞ」
波波と注がれた真っ赤な液体を見つめてから、クラウスは目の前の男に視線を戻した。
「必要なことは十分に…あなたがとても腕の立つ騎士で、こんな安酒場で薄めた安酒を飲んでいるような方ではないということなど」
「何が目的だ?」
「あなたの能力を見込んで是非雇いたいという方がおります。もちろん報酬は護衛隊長の時の三倍はお約束します」
「三倍?」
「足りませんか? なら四倍」
「誰だ? 誰がおれを?」
「ここでは話せません。場所を変えませんか」
男が立ち上がったがクラウスはすぐには立ち上がらず男の方を胡散臭げに見上げた。
「何処へ連れて行くつもりだ?」
「心配されなくても、あなたに不利益なことは何ひとつありません。むしろ、カーマリング家では得ることすら出来なかった好待遇をお約束します。どうされますか? 新しい雇い主は気が長い方ではありません。しかも気まぐれ。明日には気が変わっているかもしれませんよ」
クラウスは男の顔とワインのボトルを見比べ、一瞬躊躇った後にボトルを掴んで立ち上がった。
「四倍だな」
「行きましょう」
クラウスと謎の男が出ていくのを見咎める者は誰もいない。
酔っ払いが多く徘徊する場所を通り、更に裏寂れた路地を突き進む。
そこは賑わいを見せる飲み屋街の喧騒も聞こえない薄暗い場所だった。
「おい、こんな人気のない場所だなんて聞いていないぞ」
羽振りのいいことを言っておきながら、正反対の場所へ誘おうとすることにクラウスは警戒したが、男は何も言わず前を歩いていく。
「こちらへどうぞ」
ある建物の前で立ち止まり、彼を中へと誘導する。
「……」
「騙すつもりはありません。疑り深いのは大事なことですが、今は忘れてください」
「だが、お前の名前も知らん。そっちは俺のことを知っているのに…」
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