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251 それぞれの使命感
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照れて顔を背けると、頬の傷までうっすらとピンク色になっていた。
「それで……どうされていたのですか?」
私まで照れ臭くなって、話題を変える。
「ずっと離宮にいらっしゃったのでなければ、どちらに……」
「あちこちだ。王都にいたり、主には地方へ…シュルス近辺をあちこち」
「シュルス……」
私が前アイスヴァイン伯爵の遺児だと彼に知られた時に耳にしたナジェット侯爵のことを思い出す。
「もしかして、ナジェット侯爵……彼を調べていたのですか?」
「察しがいいな。そうだ。もっともナジェット卿のことばかりではないが」
「キルヒライル……王弟殿下がそこまでなさる必要があるのですか? そんな……変装までして……」
正々堂々……権力の名の元に追及しても、必ずしも全てが明るみに出るとは限らない。
相手が慎重深く、用意周到なら尻尾を掴むのは難しい。
「何かあったらどうするんですか……王弟殿下のキルヒライルなら手出しできなくても、バート・レイノルズは簡単に消されてしまうのではないですか? 隠密行動なんて……ごめんなさい………私が口を出すことではないですね」
責める言い方をしてしまったことに気がついて謝った。
キルヒライル様が考えなしに危ない橋を渡る無謀なことをするわけがない。仮に安全が百パーセント保証されていなくても、勝算があるからこその行動。
私が口を挟むことではない。
「謝る必要はない。私のことを心配して言ってくれているんだから。ありがとう」
キルヒライル様は怒るわけでもなく、心配する私にお礼を言った。
「昔から兄上にもよく言われた」
キルヒライル様の体にあった傷を思い出す。これまでも無茶をしてきたことを物語る。
頬の傷もそうなのだろう。
「でも、兄上は国王で、そんな兄上が動けない分、自分が頑張ろうと妙な使命感を持っていたから、平気で無茶もできた。たとえ自分の身に何かあっても、それで国政は揺らぐことはない。いつ犠牲になっても本望だと思っていた」
「そんな……」
キルヒライル様の倒れる姿を想像して、かつての自分……来宮 巴の最期が思い出された。
警護する要人を庇って銃弾に倒れた前世。
死ぬ間際に頭を過ったのはどんな思いだったのか。
先に逝くことを親に謝ったのだったか。
それとも、もっと違う生き方が出来たのではと、後悔したのか。
痛みはほんの一瞬で、その後はぷっつりと意識が途絶えた。殆ど即死だったと思う。
直前のことは覚えているが、死んだ瞬間の記憶だけがない。
ない方がいいのだろうけど。
覚えていないのは、そういうことかも知れない。
「人は生まれたからにはいつか死にます。どうやって死ぬか、いつ死ぬかは誰にもわかりません。鼓動がその動きを止めるまで……天寿を全うするのか。それとも事故や病気で……あるいは誰かに殺されるか……自分で死を選ぶ人もいます。それが元から決まった運命なのかどうか……でも、自分がどんな死に方をするのか、普通は誰もわかりません」
「ローリィ?」
胸に去来するのは巴としての気持ちなのか、ローリィなのか……でも、前世を思い出してからの自分は、明らかに巴としての人生においてやり残した宿題みたいな使命感で突き進んで来たような気がする。
誰かを護りたい。
だから、キルヒライル様の気持ちもわかる。
でも今私の胸にある思いは……
「なぜ泣いている?」
「え?」
キルヒライル様に言われて、自分が泣いていることに気がついた。
「えっと…………」
「何か私は君を泣かせることをしたか?」
キルヒライル様の手が伸びて、頬を流れる涙を拭う。
色濃い瞳は時に感情がわからないが、明らかに困惑している。
「お待ち下さい! 何度も言っておりますが……」
「黙れ、時間がかかりすぎる! どういうつもりだ!」
下から争う声や音が聞こえてきて、ドタドタと階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。
「ローリィ! ローリィ、無事か」
大声で私の名前を呼ぶ師匠の声と大きな足音が聞こえたかと思うと、勢いよく私とキルヒライル様のいる部屋の扉が開いた。
「ローリィ!」
「師匠!」
「ローリィ、無事……お前……何をした?」
私の姿を見て師匠は一瞬安堵の表情を見せたが、すぐに怒りの形相に変わった。
「『ロイシュタールの猛獣』を止められる者がいなかったと見える」
キルヒライル様がそう呟くと同時に、師匠が鬼の形相で飛び掛かってきた。
『鬼』は多分この世界にはいないから、この場合は悪魔かも。
「それで……どうされていたのですか?」
私まで照れ臭くなって、話題を変える。
「ずっと離宮にいらっしゃったのでなければ、どちらに……」
「あちこちだ。王都にいたり、主には地方へ…シュルス近辺をあちこち」
「シュルス……」
私が前アイスヴァイン伯爵の遺児だと彼に知られた時に耳にしたナジェット侯爵のことを思い出す。
「もしかして、ナジェット侯爵……彼を調べていたのですか?」
「察しがいいな。そうだ。もっともナジェット卿のことばかりではないが」
「キルヒライル……王弟殿下がそこまでなさる必要があるのですか? そんな……変装までして……」
正々堂々……権力の名の元に追及しても、必ずしも全てが明るみに出るとは限らない。
相手が慎重深く、用意周到なら尻尾を掴むのは難しい。
「何かあったらどうするんですか……王弟殿下のキルヒライルなら手出しできなくても、バート・レイノルズは簡単に消されてしまうのではないですか? 隠密行動なんて……ごめんなさい………私が口を出すことではないですね」
責める言い方をしてしまったことに気がついて謝った。
キルヒライル様が考えなしに危ない橋を渡る無謀なことをするわけがない。仮に安全が百パーセント保証されていなくても、勝算があるからこその行動。
私が口を挟むことではない。
「謝る必要はない。私のことを心配して言ってくれているんだから。ありがとう」
キルヒライル様は怒るわけでもなく、心配する私にお礼を言った。
「昔から兄上にもよく言われた」
キルヒライル様の体にあった傷を思い出す。これまでも無茶をしてきたことを物語る。
頬の傷もそうなのだろう。
「でも、兄上は国王で、そんな兄上が動けない分、自分が頑張ろうと妙な使命感を持っていたから、平気で無茶もできた。たとえ自分の身に何かあっても、それで国政は揺らぐことはない。いつ犠牲になっても本望だと思っていた」
「そんな……」
キルヒライル様の倒れる姿を想像して、かつての自分……来宮 巴の最期が思い出された。
警護する要人を庇って銃弾に倒れた前世。
死ぬ間際に頭を過ったのはどんな思いだったのか。
先に逝くことを親に謝ったのだったか。
それとも、もっと違う生き方が出来たのではと、後悔したのか。
痛みはほんの一瞬で、その後はぷっつりと意識が途絶えた。殆ど即死だったと思う。
直前のことは覚えているが、死んだ瞬間の記憶だけがない。
ない方がいいのだろうけど。
覚えていないのは、そういうことかも知れない。
「人は生まれたからにはいつか死にます。どうやって死ぬか、いつ死ぬかは誰にもわかりません。鼓動がその動きを止めるまで……天寿を全うするのか。それとも事故や病気で……あるいは誰かに殺されるか……自分で死を選ぶ人もいます。それが元から決まった運命なのかどうか……でも、自分がどんな死に方をするのか、普通は誰もわかりません」
「ローリィ?」
胸に去来するのは巴としての気持ちなのか、ローリィなのか……でも、前世を思い出してからの自分は、明らかに巴としての人生においてやり残した宿題みたいな使命感で突き進んで来たような気がする。
誰かを護りたい。
だから、キルヒライル様の気持ちもわかる。
でも今私の胸にある思いは……
「なぜ泣いている?」
「え?」
キルヒライル様に言われて、自分が泣いていることに気がついた。
「えっと…………」
「何か私は君を泣かせることをしたか?」
キルヒライル様の手が伸びて、頬を流れる涙を拭う。
色濃い瞳は時に感情がわからないが、明らかに困惑している。
「お待ち下さい! 何度も言っておりますが……」
「黙れ、時間がかかりすぎる! どういうつもりだ!」
下から争う声や音が聞こえてきて、ドタドタと階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。
「ローリィ! ローリィ、無事か」
大声で私の名前を呼ぶ師匠の声と大きな足音が聞こえたかと思うと、勢いよく私とキルヒライル様のいる部屋の扉が開いた。
「ローリィ!」
「師匠!」
「ローリィ、無事……お前……何をした?」
私の姿を見て師匠は一瞬安堵の表情を見せたが、すぐに怒りの形相に変わった。
「『ロイシュタールの猛獣』を止められる者がいなかったと見える」
キルヒライル様がそう呟くと同時に、師匠が鬼の形相で飛び掛かってきた。
『鬼』は多分この世界にはいないから、この場合は悪魔かも。
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