上 下
253 / 266

251 それぞれの使命感

しおりを挟む
照れて顔を背けると、頬の傷までうっすらとピンク色になっていた。

「それで……どうされていたのですか?」

私まで照れ臭くなって、話題を変える。

「ずっと離宮にいらっしゃったのでなければ、どちらに……」

「あちこちだ。王都にいたり、主には地方へ…シュルス近辺をあちこち」
「シュルス……」

私が前アイスヴァイン伯爵の遺児だと彼に知られた時に耳にしたナジェット侯爵のことを思い出す。

「もしかして、ナジェット侯爵……彼を調べていたのですか?」
「察しがいいな。そうだ。もっともナジェット卿のことばかりではないが」
「キルヒライル……王弟殿下がそこまでなさる必要があるのですか? そんな……変装までして……」

正々堂々……権力の名の元に追及しても、必ずしも全てが明るみに出るとは限らない。
相手が慎重深く、用意周到なら尻尾を掴むのは難しい。

「何かあったらどうするんですか……王弟殿下のキルヒライルなら手出しできなくても、バート・レイノルズは簡単に消されてしまうのではないですか? 隠密行動なんて……ごめんなさい………私が口を出すことではないですね」

責める言い方をしてしまったことに気がついて謝った。
キルヒライル様が考えなしに危ない橋を渡る無謀なことをするわけがない。仮に安全が百パーセント保証されていなくても、勝算があるからこその行動。
私が口を挟むことではない。

「謝る必要はない。私のことを心配して言ってくれているんだから。ありがとう」

キルヒライル様は怒るわけでもなく、心配する私にお礼を言った。

「昔から兄上にもよく言われた」

キルヒライル様の体にあった傷を思い出す。これまでも無茶をしてきたことを物語る。
頬の傷もそうなのだろう。

「でも、兄上は国王で、そんな兄上が動けない分、自分が頑張ろうと妙な使命感を持っていたから、平気で無茶もできた。たとえ自分の身に何かあっても、それで国政は揺らぐことはない。いつ犠牲になっても本望だと思っていた」

「そんな……」

キルヒライル様の倒れる姿を想像して、かつての自分……来宮 巴の最期が思い出された。

警護する要人を庇って銃弾に倒れた前世。
死ぬ間際に頭を過ったのはどんな思いだったのか。
先に逝くことを親に謝ったのだったか。
それとも、もっと違う生き方が出来たのではと、後悔したのか。

痛みはほんの一瞬で、その後はぷっつりと意識が途絶えた。殆ど即死だったと思う。
直前のことは覚えているが、死んだ瞬間の記憶だけがない。
ない方がいいのだろうけど。
覚えていないのは、そういうことかも知れない。

「人は生まれたからにはいつか死にます。どうやって死ぬか、いつ死ぬかは誰にもわかりません。鼓動がその動きを止めるまで……天寿を全うするのか。それとも事故や病気で……あるいは誰かに殺されるか……自分で死を選ぶ人もいます。それが元から決まった運命なのかどうか……でも、自分がどんな死に方をするのか、普通は誰もわかりません」
「ローリィ?」

胸に去来するのは巴としての気持ちなのか、ローリィなのか……でも、前世を思い出してからの自分は、明らかに巴としての人生においてやり残した宿題みたいな使命感で突き進んで来たような気がする。
誰かを護りたい。

だから、キルヒライル様の気持ちもわかる。

でも今私の胸にある思いは……

「なぜ泣いている?」

「え?」

キルヒライル様に言われて、自分が泣いていることに気がついた。

「えっと…………」

「何か私は君を泣かせることをしたか?」

キルヒライル様の手が伸びて、頬を流れる涙を拭う。
色濃い瞳は時に感情がわからないが、明らかに困惑している。

「お待ち下さい! 何度も言っておりますが……」
「黙れ、時間がかかりすぎる! どういうつもりだ!」

下から争う声や音が聞こえてきて、ドタドタと階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。

「ローリィ! ローリィ、無事か」

大声で私の名前を呼ぶ師匠の声と大きな足音が聞こえたかと思うと、勢いよく私とキルヒライル様のいる部屋の扉が開いた。

「ローリィ!」
「師匠!」
「ローリィ、無事……お前……何をした?」

私の姿を見て師匠は一瞬安堵の表情を見せたが、すぐに怒りの形相に変わった。

「『ロイシュタールの猛獣』を止められる者がいなかったと見える」

キルヒライル様がそう呟くと同時に、師匠が鬼の形相で飛び掛かってきた。

『鬼』は多分この世界にはいないから、この場合は悪魔かも。
しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい

春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。 そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか? 婚約者が不貞をしたのは私のせいで、 婚約破棄を命じられたのも私のせいですって? うふふ。面白いことを仰いますわね。 ※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。 ※カクヨムにも投稿しています。

なにひとつ、まちがっていない。

いぬい たすく
恋愛
若くして王となるレジナルドは従妹でもある公爵令嬢エレノーラとの婚約を解消した。 それにかわる恋人との結婚に胸を躍らせる彼には見えなかった。 ――なにもかもを間違えた。 そう後悔する自分の将来の姿が。 Q この世界の、この国の技術レベルってどのくらい?政治体制はどんな感じなの? A 作者もそこまで考えていません。  どうぞ頭のネジを二三本緩めてからお読みください。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

処理中です...