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250 ちょうど良かった
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目の前に立つ人物は、私の呟きが聞こえたのか、姿勢は崩さなかったが、視線が動いたのがわかった。
「なんの……」
「とぼけるなら、私はバート・レイノルズ氏には特に用はありませんので、これで失礼いたします」
「ま、待て」
お辞儀をして踵を返しかけた私を呼び止める声は、間違いなくキルヒライル様だった。
「変装は完璧なはずだったんだが……」
髪は染めているのだろう。髭だけを剥がした顔の右側には、特徴的な頬の傷が現れた。
「少し……おやつれになりましたか?」
少し痩せただろうか。最後に見た時より頬の辺りが細くなっている気がする。
「どうだろうか……毎日鏡を見ているとわからないが」
どうしよう。こんな場合、どうしたらいいんだろう。このまま会話を続ける?
それとも、もう少し傍に近寄った方がいいのだろうか。
抱きついたりしたら、迷惑だろうか。
父と母はどうしてた? 師匠たちはどんなだった?
でも彼らは夫婦だから、まだ何者でもない私とキルヒライル様では親密さは違うのかも。
私ったら、久し振りに会ったのに最初に言う言葉が「痩せた?」とか、親や兄弟が言う台詞じゃないの。
「ローリィ……?」
頭の中でぐるぐると考えて突っ立ったままの私に、変装したキルヒライル様が心配そうに見つめてきた。
「怒っているのか? すまなかった。騙すようにこんなものものしい雰囲気の場所に連れてきて……」
「怒っては……あの……こんな時、どうしたらいいのか……」
「どうしたら………」
考えをそのまま口にすると、キルヒライル様も考え込んでしまった。
「ローリィは……どうしたい?」
「キルヒライル……様は?」
「そうだな……まず、名前に『様』はいらない。それから……」
持っていた外した後の髭をもたれ掛かった机に置いて、自分の両手を見下ろしてから、姿勢を正してその腕を大きく広げた。
「ここに……この腕で君を抱き締めたい」
その瞬間、二人同時に駆け寄って互いに抱き締めあった。
どうして離宮で療養しているはずのキルヒライル様がここにいるのか。
バート・レイノルズと名乗っているのはなぜか。
どうして変装しているのか。
なぜここにいるのか。
あの紙はなぜ私にあのタイミングで託されたのか。
色んな疑問はあったが、何も言わずにただ肌で感じるキルヒライル様のぬくもりを味わった。
キルヒライル様の大きな手が私の背中に回り、もう片方の手が髪をそっと撫で付ける。
私は必死でその背中にしがみつき、胸いっぱいにキルヒライル様の香りを吸い込んだ。
「君と……好きな人と離れているのが、とても辛いものだと初めて知ったよ」
私も辛くなりかけている時だったが、キルヒライル様も同じだと知って嬉しかった。
「元気…でしたか?」
どうしていたのかと色々訊ねたい気持ちはあったが、何よりも体は大丈夫なのか。それが知りたかった。
「大丈夫だ。君は……元気だった?」
「はい。ハレス卿を始め、皆さんとてもよくしてくれています」
「私も元気にしていたよ。君が思っている以上にね」
「でも、離宮で療養されていたんですよね」
「………そのことを話すと長くなるんだが……」
言葉を濁した言い方が気になった。
「………違うんですか?」
キルヒライル様の体をぐいと押し退けて、濃紺の瞳を覗き込む。
「まあ……違うと言えば違うし……そうと言えば……そう……かな」
歯切れの悪い言い方だった。
でも、何となくわかってしまった。
彼がバート・レイノルズという名前で現れた理由。
療養していると聞いていたのに、言葉を濁す理由。
「いつから……最初から離宮には入らなかったのですか? 離宮には誰もいないのですか? それとも誰か身代わりが?」
偽装工作。
テレビドラマでも良くある展開。
離宮に引きこもっていると見せかけて、変装して裏で暗躍していた。
サラヴァン商会のバート・レイノルズはそのための身分。
陛下も、そしてハレス卿もそれを知っていたのだろう。
「察しがいいな。離宮には、私に扮した者が滞在している」
「陛下がバート・レイノルズの名を私に教えたことは……」
「それは兄上が判断されたことで、私も後から聞いた。ちょうどここに戻ってくる時期が近かったからだろう。あまり驚かないのだな」
「十分驚きました。今でも信じられません。でも……」
「でも?」
キルヒライル様の胸から身を起こし、顔を覗き込む。
髪は染めているのかカツラなのか。
コンタクトレンズがないから、瞳は濃紺のままだ。
やっぱり少しやつれたというよりは、前より精悍な顔つきになっている。
それでも相変わらず男前だ。
「ちょうど良かったです。キルヒライル様に会いたいなと思いかけて、恋しくなっていた時だったので、嬉しさの方が勝ちました」
そう言うと、キルヒライル様の顔がみるみる赤くなった。
「なんの……」
「とぼけるなら、私はバート・レイノルズ氏には特に用はありませんので、これで失礼いたします」
「ま、待て」
お辞儀をして踵を返しかけた私を呼び止める声は、間違いなくキルヒライル様だった。
「変装は完璧なはずだったんだが……」
髪は染めているのだろう。髭だけを剥がした顔の右側には、特徴的な頬の傷が現れた。
「少し……おやつれになりましたか?」
少し痩せただろうか。最後に見た時より頬の辺りが細くなっている気がする。
「どうだろうか……毎日鏡を見ているとわからないが」
どうしよう。こんな場合、どうしたらいいんだろう。このまま会話を続ける?
それとも、もう少し傍に近寄った方がいいのだろうか。
抱きついたりしたら、迷惑だろうか。
父と母はどうしてた? 師匠たちはどんなだった?
でも彼らは夫婦だから、まだ何者でもない私とキルヒライル様では親密さは違うのかも。
私ったら、久し振りに会ったのに最初に言う言葉が「痩せた?」とか、親や兄弟が言う台詞じゃないの。
「ローリィ……?」
頭の中でぐるぐると考えて突っ立ったままの私に、変装したキルヒライル様が心配そうに見つめてきた。
「怒っているのか? すまなかった。騙すようにこんなものものしい雰囲気の場所に連れてきて……」
「怒っては……あの……こんな時、どうしたらいいのか……」
「どうしたら………」
考えをそのまま口にすると、キルヒライル様も考え込んでしまった。
「ローリィは……どうしたい?」
「キルヒライル……様は?」
「そうだな……まず、名前に『様』はいらない。それから……」
持っていた外した後の髭をもたれ掛かった机に置いて、自分の両手を見下ろしてから、姿勢を正してその腕を大きく広げた。
「ここに……この腕で君を抱き締めたい」
その瞬間、二人同時に駆け寄って互いに抱き締めあった。
どうして離宮で療養しているはずのキルヒライル様がここにいるのか。
バート・レイノルズと名乗っているのはなぜか。
どうして変装しているのか。
なぜここにいるのか。
あの紙はなぜ私にあのタイミングで託されたのか。
色んな疑問はあったが、何も言わずにただ肌で感じるキルヒライル様のぬくもりを味わった。
キルヒライル様の大きな手が私の背中に回り、もう片方の手が髪をそっと撫で付ける。
私は必死でその背中にしがみつき、胸いっぱいにキルヒライル様の香りを吸い込んだ。
「君と……好きな人と離れているのが、とても辛いものだと初めて知ったよ」
私も辛くなりかけている時だったが、キルヒライル様も同じだと知って嬉しかった。
「元気…でしたか?」
どうしていたのかと色々訊ねたい気持ちはあったが、何よりも体は大丈夫なのか。それが知りたかった。
「大丈夫だ。君は……元気だった?」
「はい。ハレス卿を始め、皆さんとてもよくしてくれています」
「私も元気にしていたよ。君が思っている以上にね」
「でも、離宮で療養されていたんですよね」
「………そのことを話すと長くなるんだが……」
言葉を濁した言い方が気になった。
「………違うんですか?」
キルヒライル様の体をぐいと押し退けて、濃紺の瞳を覗き込む。
「まあ……違うと言えば違うし……そうと言えば……そう……かな」
歯切れの悪い言い方だった。
でも、何となくわかってしまった。
彼がバート・レイノルズという名前で現れた理由。
療養していると聞いていたのに、言葉を濁す理由。
「いつから……最初から離宮には入らなかったのですか? 離宮には誰もいないのですか? それとも誰か身代わりが?」
偽装工作。
テレビドラマでも良くある展開。
離宮に引きこもっていると見せかけて、変装して裏で暗躍していた。
サラヴァン商会のバート・レイノルズはそのための身分。
陛下も、そしてハレス卿もそれを知っていたのだろう。
「察しがいいな。離宮には、私に扮した者が滞在している」
「陛下がバート・レイノルズの名を私に教えたことは……」
「それは兄上が判断されたことで、私も後から聞いた。ちょうどここに戻ってくる時期が近かったからだろう。あまり驚かないのだな」
「十分驚きました。今でも信じられません。でも……」
「でも?」
キルヒライル様の胸から身を起こし、顔を覗き込む。
髪は染めているのかカツラなのか。
コンタクトレンズがないから、瞳は濃紺のままだ。
やっぱり少しやつれたというよりは、前より精悍な顔つきになっている。
それでも相変わらず男前だ。
「ちょうど良かったです。キルヒライル様に会いたいなと思いかけて、恋しくなっていた時だったので、嬉しさの方が勝ちました」
そう言うと、キルヒライル様の顔がみるみる赤くなった。
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