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248 行き先不明の馬車
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バート・レイノルズとの約束の日。
迷ったが、スカートを履くことにして玄関で師匠を待っていた。
「あら、もう出掛けるの?」
昨日のうちにアンジェリーナ様には外出のことを伝えていたが、詳しい時間は伝えていなかった。
「はい。ハレス卿は昨晩もお帰りにならなかったのですか?」
あの日以来ハレス卿の姿を邸で見かけていない。
夜遅く帰り、朝早く出かける。または帰らないといった日々が続いていた。
「これまでもよくあったのよ。大きな行事の前とか、外国から賓客が来た時とかね」
そう言うアンジェリーナ様はどこか寂しそうだ。
「なるべく早く帰ります」
師匠が迎えに来てくれたので、二人でまずはサラヴァン商会の本部へ向かった。
「何度も色々な所へ付き合ってもらってすいません」
「気にするな。それに、付き合うのは今回が最後だと思う。そろそろアイスヴァインに帰ろうと思っているから」
「……そう……なんですか……」
エミリさんが待っているのだから、当然、師匠が帰るところはアイスヴァインだ。それはちゃんとわかっているが、いざ帰るという言葉を聞くと、やっぱり寂しい。
「なんだその顔は……子どもじゃあるまいし」
私の表情が曇ったのを見て、師匠が頭を上からぐりぐりと押さえつけた。
「だって、私と師匠が出会って何年だと思っているんですか。久しぶりに会えて嬉しかった分、またお別れするのは寂しいです」
素直に伝えると、師匠は少し驚いた顔をした。
「エミリ以外の女性からそんな風に言ってもらえる日が来るとはな……長生きしてみるもんだ」
「なに年寄りみたいなことを……」
「お前との出会いは俺にとって弟子と師匠というだけでなく、大切な宝だ」
師匠の言葉に今度は私が驚く番だった。
「師匠にそんな風に言ってもらえるなんて、弟子冥利につきます。私にとっても、師匠は師匠以上に大切なもう一人のお父さんです」
「あまり喜ばせるな」
アイスヴァイン伯爵だった父、ロイドのことは今でも忘れない。もっと生きて一緒にいたかった。父にキルヒライル様とのことを話したら、どんな風に思っただろうか。
でも、父があんな風に亡くならなかったら、私は王都に足を踏み入れなかったとも思う。
大切な人を失い、代わりに別の大切な人が出来た。
そんなことを話しているうちにサラヴァン商会本部の建物の前に着いた。
「お呼び立てして申し訳ございません」
現れたのは先日応対してくれたギル・グレン氏だった。
「そちらは……」
受付でもモーリス師匠の容貌は際立っていて、受付嬢に少し怖がられたが、ギル・グレン氏は少し眉を動かしただけだった。
「保護者です」
「さようでござますか……この前と雰囲気が少し違いますね」
それよりも彼は私の装いに小首を傾げた。
先日訪れた時は男装していて、今日はスカートだからだろうか。
「モーリス・ドルグランです」
「ドルグラン……この前こられた方は?」
「この前ここに来たのは私の息子です」
「そうでしたか……」
「あの、レイノルズ氏は……こちらにいらっしゃるとお聞きしたので参ったのですが」
部屋にはグレン氏しかいない。後から来るのだろうか。
「これは失礼いたしました。説明が足りていませんでしたね。彼はここにはおりません」
「いない? でもここに来るようにと……」
「彼がいる所に今からご案内します。こちらへどうぞ」
立ち上がってグレン氏は私たちを連れて店の裏口に回った。
裏口を出るとそこに一台の馬車が待っていた。
「この馬車が彼のもとへ連れていきます」
馬車の扉を開け、グレン氏が乗るように指示した。
「俺も同乗させてもらうぞ」
警戒して師匠が先に乗り込んだ。予想していたのかグレン氏は反論はしなかった。
「どうして窓がないんだ」
師匠の後から私も乗り込み、グレン氏が扉の前に立った。
「彼の所に案内しますが、場所はお教えできません」
「そんな御大層な人物なのか、そのレイノルズとかいう御仁は」
師匠は嫌味を込めて言った。
「申し訳ございません。私共は指示に従っているだけです。ですが、彼に会えば納得できるでしょう。馭者を脅したりして聞き出そうとなさらないように。彼は口が固いですから」
そう言ってグレン氏が扉を閉めると同時に、私と師匠を乗せた馬車が動き出した。
「何だかものものしいな。大丈夫なのか?」
「よくわかりませんが……殺気はありませんでした」
「そんなもの。うまいやつは隠そうと思えば隠せる」
「私と師匠を狙って、相手に何の得が?」
「それはそうだが……ここまで秘密主義なことをされると、普通勘繰るだろう。経験がなくてもわかる」
「会えば事情がわかるでしょう」
「楽観的だな……」
窓がない馬車の中で手がかりは音だけ。
サラヴァン商会の辺りは商業地で、昼間はかなり賑やかだった。
しばらく走って、次第に外から聞こえる音が静かになっていった。
石畳を走っていた音も変わり、土を踏む音に変わったと気づいて、少しして馬車は止まった。
迷ったが、スカートを履くことにして玄関で師匠を待っていた。
「あら、もう出掛けるの?」
昨日のうちにアンジェリーナ様には外出のことを伝えていたが、詳しい時間は伝えていなかった。
「はい。ハレス卿は昨晩もお帰りにならなかったのですか?」
あの日以来ハレス卿の姿を邸で見かけていない。
夜遅く帰り、朝早く出かける。または帰らないといった日々が続いていた。
「これまでもよくあったのよ。大きな行事の前とか、外国から賓客が来た時とかね」
そう言うアンジェリーナ様はどこか寂しそうだ。
「なるべく早く帰ります」
師匠が迎えに来てくれたので、二人でまずはサラヴァン商会の本部へ向かった。
「何度も色々な所へ付き合ってもらってすいません」
「気にするな。それに、付き合うのは今回が最後だと思う。そろそろアイスヴァインに帰ろうと思っているから」
「……そう……なんですか……」
エミリさんが待っているのだから、当然、師匠が帰るところはアイスヴァインだ。それはちゃんとわかっているが、いざ帰るという言葉を聞くと、やっぱり寂しい。
「なんだその顔は……子どもじゃあるまいし」
私の表情が曇ったのを見て、師匠が頭を上からぐりぐりと押さえつけた。
「だって、私と師匠が出会って何年だと思っているんですか。久しぶりに会えて嬉しかった分、またお別れするのは寂しいです」
素直に伝えると、師匠は少し驚いた顔をした。
「エミリ以外の女性からそんな風に言ってもらえる日が来るとはな……長生きしてみるもんだ」
「なに年寄りみたいなことを……」
「お前との出会いは俺にとって弟子と師匠というだけでなく、大切な宝だ」
師匠の言葉に今度は私が驚く番だった。
「師匠にそんな風に言ってもらえるなんて、弟子冥利につきます。私にとっても、師匠は師匠以上に大切なもう一人のお父さんです」
「あまり喜ばせるな」
アイスヴァイン伯爵だった父、ロイドのことは今でも忘れない。もっと生きて一緒にいたかった。父にキルヒライル様とのことを話したら、どんな風に思っただろうか。
でも、父があんな風に亡くならなかったら、私は王都に足を踏み入れなかったとも思う。
大切な人を失い、代わりに別の大切な人が出来た。
そんなことを話しているうちにサラヴァン商会本部の建物の前に着いた。
「お呼び立てして申し訳ございません」
現れたのは先日応対してくれたギル・グレン氏だった。
「そちらは……」
受付でもモーリス師匠の容貌は際立っていて、受付嬢に少し怖がられたが、ギル・グレン氏は少し眉を動かしただけだった。
「保護者です」
「さようでござますか……この前と雰囲気が少し違いますね」
それよりも彼は私の装いに小首を傾げた。
先日訪れた時は男装していて、今日はスカートだからだろうか。
「モーリス・ドルグランです」
「ドルグラン……この前こられた方は?」
「この前ここに来たのは私の息子です」
「そうでしたか……」
「あの、レイノルズ氏は……こちらにいらっしゃるとお聞きしたので参ったのですが」
部屋にはグレン氏しかいない。後から来るのだろうか。
「これは失礼いたしました。説明が足りていませんでしたね。彼はここにはおりません」
「いない? でもここに来るようにと……」
「彼がいる所に今からご案内します。こちらへどうぞ」
立ち上がってグレン氏は私たちを連れて店の裏口に回った。
裏口を出るとそこに一台の馬車が待っていた。
「この馬車が彼のもとへ連れていきます」
馬車の扉を開け、グレン氏が乗るように指示した。
「俺も同乗させてもらうぞ」
警戒して師匠が先に乗り込んだ。予想していたのかグレン氏は反論はしなかった。
「どうして窓がないんだ」
師匠の後から私も乗り込み、グレン氏が扉の前に立った。
「彼の所に案内しますが、場所はお教えできません」
「そんな御大層な人物なのか、そのレイノルズとかいう御仁は」
師匠は嫌味を込めて言った。
「申し訳ございません。私共は指示に従っているだけです。ですが、彼に会えば納得できるでしょう。馭者を脅したりして聞き出そうとなさらないように。彼は口が固いですから」
そう言ってグレン氏が扉を閉めると同時に、私と師匠を乗せた馬車が動き出した。
「何だかものものしいな。大丈夫なのか?」
「よくわかりませんが……殺気はありませんでした」
「そんなもの。うまいやつは隠そうと思えば隠せる」
「私と師匠を狙って、相手に何の得が?」
「それはそうだが……ここまで秘密主義なことをされると、普通勘繰るだろう。経験がなくてもわかる」
「会えば事情がわかるでしょう」
「楽観的だな……」
窓がない馬車の中で手がかりは音だけ。
サラヴァン商会の辺りは商業地で、昼間はかなり賑やかだった。
しばらく走って、次第に外から聞こえる音が静かになっていった。
石畳を走っていた音も変わり、土を踏む音に変わったと気づいて、少しして馬車は止まった。
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