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246 会えない辛さ

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長く所在のわからなかったキルヒライル様が不意に宴に現れたことにより、殆どの者が驚きとともに喜んだ。だが、何人かの貴族はそうでなかった。
陛下が宴を開いたのは、単に弟であるキルヒライル様の帰還を皆で祝い讃えようということだけではなかったと、ミシェル様は言う。

「それを……私に言っても大丈夫なのですか?」

「もうとっくに済んだことだ。あの日、英雄の舞が踊られなければ、宴自体成立しなかった。陛下も君がクレアと偽り踊ったことについて咎めるおつもりはない。だが、今回はそういうわけにはいかない。候補にあげたのは陛下の意図ではなかったが……」

「陛下の……お慈悲に感謝いたします」
「私から伝えておこう……だが、そう恐縮する必要はない。表向きの異図はそういうことだが、単に君という人物を見たかったのもあるのだから。何しろ君は殿下の心を動かした希少な女性だからな」

「そんな、珍獣みたいに……」

キルヒライル様の心を動かした希少な女性…そんな絶世の美女のような表現に面映ゆさを感じ、言葉を濁す。

「本当は正式に君を食事にでも招待したいとお考えだが、今はまだグスタフのことや色々と障りがあるし、君の立場も陛下に謁見できるほどのものではない」

「そ、そんな……陛下と食事など……」
「いずれ全てが片付けば、キルヒライル様とのことについて、真剣に考えるときが来る。殿下が君を望み君もそれを受け入れるなら、陛下も某かの対応は必要だとお考えだ」

私にキルヒライル様と釣り合うだけの身分があれば、今でも傍にいることが出来ただろう。

でも私にはローリィ・ハインツという名前しかない。

「陛下はそこまでお考えになられているのですか?」

単に身分だけを言えば、それなりの方の養女になればいい。王位継承権を殿下が放棄されたのは周知の事実であるため、万が一にも彼が王になることはないが、王弟としての身分まで失くしたわけではない。
彼の傍にいるなら、それなりの教養は身につける必要がある。高位の貴族令嬢は生まれたときからそう言った教養を叩き込まれている筈だ。そこに私がいきなり現れて、ただキルヒライル様に気に入られているからと大きな顔をして、彼の横に立ったところで、それは王室と貴族の間に軋轢を生むだけではないだろうか。

「私は感情だけでキルヒライル様のお傍にいられるとは思っておりません。ただ彼に庇護されて何も知らない、できないと陰口を言われて殿下の足を引っ張る存在にはなりたくありません。頑固だと思われても、傲っていると言われても傍に立つことを許されるなら、共に互いの盾となり剣となれるようになりたい。少なくとも、殿下にはそう思ってもらえるようになりたいです」

「先のことまで今は気に病む必要はない。だが、君がそういう気持ちでいることも陛下に伝えておこうか?」

「いえ、そこまでは……私の勝手な考えです。信憑性のない戯れ言です。理想ばかり高くて実が伴っていませんから」

自分がこうありたいと勝手に思っていることまで、今の段階で伝えても、自分は何の成果も上げていない。

「これはまだ真実味のない絵空事です。卿の胸のうちに留めておいてください」

「わかった。いずれその気持ちが殿下に伝わるといいな」

もうどれくらいキルヒライル様に会っていないだろう。

しばらく側を離れると決めたのは自分だったのに、こうも会えないのは少し辛い。

前世でも、こんな気持ちになった人はいなかった。

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