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245 宴の主旨

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巡回を終えて異常がなかったことをジベルさんに報告し、もう一度寝ようとしたが、結局ミレーヌ嬢のことが気になって眠れなかった。

最後に見た彼女のことを思い出す。

父親と母親にやりたいことを封じられ、自分の気持ちを殺すことで使用人たちを護った。

先日の祝賀の舞で、その審査方法について陛下から叱責をされた方々に当然カーマリング侯爵も入っていた。何らかの処罰をされなかったとしても、陛下からの心証は悪くなったに違いない。

もしそうなら、あのカーマリング侯爵ならその苛立ちを家族にぶつけたりしたのではないだろうか。

行方不明だということだが、自分から家出したのか誰かに拉致されたのかわからないし、もし家出ならすぐに戻ってくるのではないだろうか。
最悪なのは家出して、誰かに拐かされたりしていないかということ。
こんな都会で深窓の令嬢が路地裏で夜を明かしたりできるとは思わない。

もんもんとしていると、すっかり朝になってしまった。

その日はシューティング・スターを走らせる日だった。何もなければ週に二回は邸の馬場で軽く走らせていた。

朝駆けを終えて後片付けをしていると、メイドの一人が、子爵が帰宅して私を呼んでいると伝えに来てくれた。

「お呼びと聞きましたが」

子爵の待つ書斎に行くと、まだ騎士団の制服を着たままの子爵が待ちかまえていた。
このところすれ違いばかりで、久しぶりに対面した子爵は少し疲れている様子だった。

「夕べ、カーマリング侯爵の家の者が来たらしいな」
「はい。お嬢様のミレーヌ様が行方知れずになったとかで、こちらに来ていないかと」
「夜勤中の私のところにも来た。知らないとジベルが言ったことがどうも信じられないらしい」
「なぜ、ここに来たと思われたのですか?」
「邸の使用人たちに我が家の所在について訊ねていたらしい。我が家というより、君に会おうとした。と言った方が正しいか……」

子爵の言葉に嫌な予感しかしない。既にカーマリング侯爵夫妻の私に対する評判はすこぶる悪い。いいように思われたいとも思わないが、逆恨みされたりするのは困る。

「それで、夕べあのように訪ねてこられたのですね。ですが、私は彼女に先日のことがあってから会ったことも連絡を取り合ってもおりません。それどころではありませんでしたから」
「それを確認したかった。君が誰と連絡を取り合っているか私も全てを把握しているわけではないからな。彼女と君が連絡を取り合っていたらと思っていたが………君がそうでないと言うなら、何処に行ったのか……カーマリング侯爵も不運続きだな」

「といいますと?」

「この前の祝賀の舞を舞う踊り子の審査での不手際で、彼は式部の責任者を解雇された。そのうえ今回のことだ」

「解雇……そんなことになっていたのですか」

審査方法について言及された陛下の様子から何かしらあるとは思っていたが、そういうことになった上に娘が行方知れずになったとあれば、弱り目に祟り目……もっとも娘に対する威圧的な彼の態度から、ただ娘の身を案ずる父親像が想像できない。

「気がかりではあるが、侯爵家で捜索の人手を出しているなら、こちらとしても向こうから協力の依頼もなく動くこともできまい」

ミシェル様の言うことはもっともだ。ミレーヌ嬢のことは心配だが、それはあくまで侯爵家の事情であって、無闇に手を出すことも出来ない。

「それはそうと、だいたいのことは聞いているが、舞の件は残念だったな。確かに振りは完璧だったが、祝賀の舞は五人で踊るもの。誰かが極端に飛び抜けても劣っても成立しない。それに君には悪いが、全体の背丈の釣り合いも考えてのことだ」

確かに英雄の舞のような二人舞と違い、群舞ならそういうことも重要視されるのだろう。

「そう……だったんですね。選ばれなかったのは当然です。それに陛下は踊り子クレアが誰かご存じだったのですよね」
「そのようだな」
「だったら、大事な行事に偽物の踊り子を選ぶことはないと思っていました。あの場に出られただけでも有り難いと思っております」
「そうか……候補者の中に名を見つけて、一時は外そうとされたのだが、それでは逆に不審に思われるだろうと言うことで、放置されていたそうだ。しかし、普段は陛下があの場に最初から立ち会われることはない」
「それであんな風に突然お越しになられたのですね。でも、私も嘘の名を使っておりました。処罰されてもいたしかないと思っております」

考えてみれば偽の身分で陛下の前で踊るなど、問答無用で処罰されても仕方ない。

「あの競い舞を行った宴自体、殿下の突然の帰国に対する貴族たちの反応を見るものだった。競い舞は単なる口実だった。真剣に舞を披露してくれた君たちには申し訳なかったと、陛下がおっしゃっていた」

あの時の宴の真の目的をミシェル様が語った。
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