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244 多忙の理由
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ハレス子爵が夜遅くまで帰らなかった理由。それは踊り子選考に陛下が臨席されたことが原因だった。
選考方法の不公平さから選考担当者が降格し、それにより式部の人事に大きな異動があり、カーマリング侯爵も陛下からきついお叱りを受け、責任者から外された。
副官が取りあえずの責任者になり、残った者で宴を取り仕切る必要があるということで、式部は上を下への大騒ぎだった。
ひとつの部署にそのような大きな変動があったということで、少なからず王宮内の全てがごたつき、貴族社会もカーマリング侯爵の粛正人事により明日は我が身かと緊張が走った。
そのことを私が知ったのはずっと後のことだったので、そんなことになっているとは全く知らなかった。
そういう事情もあり子爵とも顔を会わせることもなく、レイノルズ氏について伝えることもできないでいた。
最初の頃はいつサラヴァン商会から連絡が来るかと毎日のように緊張していたが、二日経っても三日経っても連絡がなかった。
王宮でのことがあってから一週間、商会を訪れてから六日後の夜、ハレス子爵家の扉を力強く叩く人物がいた。
その日子爵は夜勤勤務のため留守となっていた。
ジベルさんが不安に思いながら対応に出ていた。
私たちは既に寝支度を終えていたが、まだ殆どの者が眠りにはついていなかったため、万が一に備えて私はいつでも動けるよう身支度を整え、護衛のためにアンジェリーナ様の部屋で待機した。
アンジェリーナ様の部屋は裏庭に面しているため、正面玄関を覗くことはできないし、邸もそれなりの広さがあるため、玄関でのやり取りは聞こえてこない。
「こんな遅くに、余程のことがあったのかしら」
アンジェリーナ様もなかなかジベルさんが状況を伝えに来ないことに不安を口にする。待つということは時間の流れが余計に遅く感じるものだ。
「奥様、よろしいでしょうか」
待つこと三十分程度。ジベルさんがアンジェリーナ様に報告にやってきた。
「ジベル、誰が訪ねてきたの?旦那様に何かあったの?」
ジベルさんが入ってくるや否やアンジェリーナ様が、私の手を握りながら訊ねる。
「ご安心ください。旦那様のことではありませんでした」
「そう……」
それを聞いて握っていた手の力をアンジェリーナ様が緩める。
「……では、誰がどのような用件で?」
子爵のことでないなら、誰が何のためにこんな時間に訪ねてきたのか。
「訪ねてきたのはカーマリング侯爵家の方です……そのご令嬢が行方不明だとこかで、此方に来ていないかと。もちろん、こちらには来ていないとお帰りいただきましたが」
「ミレーヌさんが!」
ほんの少し前出会った彼女の姿を思い浮かべる。祝賀の舞のことなどでゴタゴタしていてとっくに侯爵家での出来事は過去の出来事だった。
ちょうど一週間前には王宮でカーマリング侯爵も見かけたが、あまり関わり合いになりたくなくて、彼のことは避けていた。
「心配なことですけど、事情もわかりませんし、こちらには来ていないのですから、仕方ありませんね。一体我が家に来ているなどと、どうして思ったでしょう」
子爵が留守の夜の不意の来客にアンジェリーナ様は身構えていらっしゃったが、何もできることはない。
「ご苦労様でした。警護の者達には悪いけれど、邸の周りを巡回して、不振な人物が……ミレーヌ嬢がいないか確認しておいてください。何もなければいいけれど……」
「私も行った方がいいでしょうか?他の皆さんはミレーヌ嬢の顔を知りませんし」
私が申し出るとアンジェリーナ様は一瞬考え、頷いた。
「そうですね。でも、必ずいるとは限りません」
「わかっております」
「何もなければジベルに報告だけして解散ということで、皆さんも休んでもらってください」
アンジェリーナ様の部屋から出て、ハレス邸の他の夜勤の護衛の人達と周囲を巡回したが、ミレーヌ嬢どころか猫の子一匹見つからなかった。
選考方法の不公平さから選考担当者が降格し、それにより式部の人事に大きな異動があり、カーマリング侯爵も陛下からきついお叱りを受け、責任者から外された。
副官が取りあえずの責任者になり、残った者で宴を取り仕切る必要があるということで、式部は上を下への大騒ぎだった。
ひとつの部署にそのような大きな変動があったということで、少なからず王宮内の全てがごたつき、貴族社会もカーマリング侯爵の粛正人事により明日は我が身かと緊張が走った。
そのことを私が知ったのはずっと後のことだったので、そんなことになっているとは全く知らなかった。
そういう事情もあり子爵とも顔を会わせることもなく、レイノルズ氏について伝えることもできないでいた。
最初の頃はいつサラヴァン商会から連絡が来るかと毎日のように緊張していたが、二日経っても三日経っても連絡がなかった。
王宮でのことがあってから一週間、商会を訪れてから六日後の夜、ハレス子爵家の扉を力強く叩く人物がいた。
その日子爵は夜勤勤務のため留守となっていた。
ジベルさんが不安に思いながら対応に出ていた。
私たちは既に寝支度を終えていたが、まだ殆どの者が眠りにはついていなかったため、万が一に備えて私はいつでも動けるよう身支度を整え、護衛のためにアンジェリーナ様の部屋で待機した。
アンジェリーナ様の部屋は裏庭に面しているため、正面玄関を覗くことはできないし、邸もそれなりの広さがあるため、玄関でのやり取りは聞こえてこない。
「こんな遅くに、余程のことがあったのかしら」
アンジェリーナ様もなかなかジベルさんが状況を伝えに来ないことに不安を口にする。待つということは時間の流れが余計に遅く感じるものだ。
「奥様、よろしいでしょうか」
待つこと三十分程度。ジベルさんがアンジェリーナ様に報告にやってきた。
「ジベル、誰が訪ねてきたの?旦那様に何かあったの?」
ジベルさんが入ってくるや否やアンジェリーナ様が、私の手を握りながら訊ねる。
「ご安心ください。旦那様のことではありませんでした」
「そう……」
それを聞いて握っていた手の力をアンジェリーナ様が緩める。
「……では、誰がどのような用件で?」
子爵のことでないなら、誰が何のためにこんな時間に訪ねてきたのか。
「訪ねてきたのはカーマリング侯爵家の方です……そのご令嬢が行方不明だとこかで、此方に来ていないかと。もちろん、こちらには来ていないとお帰りいただきましたが」
「ミレーヌさんが!」
ほんの少し前出会った彼女の姿を思い浮かべる。祝賀の舞のことなどでゴタゴタしていてとっくに侯爵家での出来事は過去の出来事だった。
ちょうど一週間前には王宮でカーマリング侯爵も見かけたが、あまり関わり合いになりたくなくて、彼のことは避けていた。
「心配なことですけど、事情もわかりませんし、こちらには来ていないのですから、仕方ありませんね。一体我が家に来ているなどと、どうして思ったでしょう」
子爵が留守の夜の不意の来客にアンジェリーナ様は身構えていらっしゃったが、何もできることはない。
「ご苦労様でした。警護の者達には悪いけれど、邸の周りを巡回して、不振な人物が……ミレーヌ嬢がいないか確認しておいてください。何もなければいいけれど……」
「私も行った方がいいでしょうか?他の皆さんはミレーヌ嬢の顔を知りませんし」
私が申し出るとアンジェリーナ様は一瞬考え、頷いた。
「そうですね。でも、必ずいるとは限りません」
「わかっております」
「何もなければジベルに報告だけして解散ということで、皆さんも休んでもらってください」
アンジェリーナ様の部屋から出て、ハレス邸の他の夜勤の護衛の人達と周囲を巡回したが、ミレーヌ嬢どころか猫の子一匹見つからなかった。
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