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218 父と母の願い
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踊り子クレアを探している男に出会って二日後、ハレス邸に再び師匠が訪ねてきた。
師匠が初めて子爵邸を訪れたのは、ウィリアムさんのお宅に泊まった次の日、第三近衛騎士団の詰所を訪れた日だった。
あの時、ウィリアムさんから私の帰宅が少し遅くなると伝言をもらっていたアンジェリーナ様が、私が戻ったのを聞きつけ駆け込んで来てくれたが、背後に立つ師匠を見て小さな悲鳴を上げたのは言うまでもない。
師匠がやってきたのは朝早く。貴族の屋敷を訪れるには早すぎるが、子爵が出勤する前にという配慮からだった。実際、踊り子クレアの話を聞いた時、何か動きがあればすぐに連絡するようにおっしゃったのは子爵だ。
その日の夜に声をかけた飲み屋で会おうと連絡があったと、私たちを尾行していた男から伝言を受けての訪問だった。
その男が素直にこちらの言うように情報を流してくれるとは思わず正直驚いた。
男としては騎士団に協力するということが重要らしい。単に踊り子への仕事の繋ぎならそれでいいが、もし犯罪まがいのことなら自分も関与していたことになりかねない。
騎士団に協力することでその危険がなくなるなら、それに越したことはない。
「取りあえず、その酒場にウィリアムが非番の者を張り付かせます。結果はまた明日お知らせに伺います」
「朝早くからすまない」
「いえ、田舎にいればこれくらい早起きのうちに入りません」
朝のサロンで朝食を取りながら話を聞いていた子爵からそう声をかけられると、師匠が何でもないことだと首を振る。
「師匠、すいません。せっかく久し振りに王都に来たのに、私のせいで帰郷が遅れたりしませんか」
師匠を見送り表まで来てから謝る。
「気にするな。逆にいい頃合いに王都に来たと喜んでいる。俺と一緒にいた時に尾行に気づけたのも、何というか……亡くなった伯爵様や奥方様が俺に娘を頼むと言われた気分なんだよ。病気だったとは言え、あまりに早く亡くなったお母上もだが、別れも言えず亡くなったお父上も、きっとお前のことを心配していると思うぞ。俺はお二人の分もお前を守る責任があると思っている。もちろんいつもというわけにはいかないし、その内誰かがその役目を引き継いでくれるまでな」
意味ありげな言い方をする。その相手について師匠が頭に思い浮かべている人がいるのがわかる。
「役に立てて嬉しいんだから、気にするな。気を使って自分から動こうとするなよ。まだ向こうがなぜクレアを探しているかもわからないんだからな」
「わかっています。皆さんに迷惑をかけることはしません」
誰かに任せるより自分が動いた方が気が楽であったとしても、それで誰かに迷惑をかけることがわかって動くほど無謀でない。
いずれ私が動かなければならないとしても、それは今ではない。
師匠を見送り、その日はいつもの日課をこなして過ごした。
師匠が初めて子爵邸を訪れたのは、ウィリアムさんのお宅に泊まった次の日、第三近衛騎士団の詰所を訪れた日だった。
あの時、ウィリアムさんから私の帰宅が少し遅くなると伝言をもらっていたアンジェリーナ様が、私が戻ったのを聞きつけ駆け込んで来てくれたが、背後に立つ師匠を見て小さな悲鳴を上げたのは言うまでもない。
師匠がやってきたのは朝早く。貴族の屋敷を訪れるには早すぎるが、子爵が出勤する前にという配慮からだった。実際、踊り子クレアの話を聞いた時、何か動きがあればすぐに連絡するようにおっしゃったのは子爵だ。
その日の夜に声をかけた飲み屋で会おうと連絡があったと、私たちを尾行していた男から伝言を受けての訪問だった。
その男が素直にこちらの言うように情報を流してくれるとは思わず正直驚いた。
男としては騎士団に協力するということが重要らしい。単に踊り子への仕事の繋ぎならそれでいいが、もし犯罪まがいのことなら自分も関与していたことになりかねない。
騎士団に協力することでその危険がなくなるなら、それに越したことはない。
「取りあえず、その酒場にウィリアムが非番の者を張り付かせます。結果はまた明日お知らせに伺います」
「朝早くからすまない」
「いえ、田舎にいればこれくらい早起きのうちに入りません」
朝のサロンで朝食を取りながら話を聞いていた子爵からそう声をかけられると、師匠が何でもないことだと首を振る。
「師匠、すいません。せっかく久し振りに王都に来たのに、私のせいで帰郷が遅れたりしませんか」
師匠を見送り表まで来てから謝る。
「気にするな。逆にいい頃合いに王都に来たと喜んでいる。俺と一緒にいた時に尾行に気づけたのも、何というか……亡くなった伯爵様や奥方様が俺に娘を頼むと言われた気分なんだよ。病気だったとは言え、あまりに早く亡くなったお母上もだが、別れも言えず亡くなったお父上も、きっとお前のことを心配していると思うぞ。俺はお二人の分もお前を守る責任があると思っている。もちろんいつもというわけにはいかないし、その内誰かがその役目を引き継いでくれるまでな」
意味ありげな言い方をする。その相手について師匠が頭に思い浮かべている人がいるのがわかる。
「役に立てて嬉しいんだから、気にするな。気を使って自分から動こうとするなよ。まだ向こうがなぜクレアを探しているかもわからないんだからな」
「わかっています。皆さんに迷惑をかけることはしません」
誰かに任せるより自分が動いた方が気が楽であったとしても、それで誰かに迷惑をかけることがわかって動くほど無謀でない。
いずれ私が動かなければならないとしても、それは今ではない。
師匠を見送り、その日はいつもの日課をこなして過ごした。
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