217 / 266
215 息抜きの場所
しおりを挟む
会議が終わり、アウグステン公爵は副団長とともに部屋を出た。
隣に並んで歩くイエーツ副団長は、いつも表情の変わらない団長の顔色を見ながら、その中でも何となく気落ちしているような雰囲気を彼から感じ取っていた。
「何か心配ごとでも?」
自分ごときに弱味を見せたり相談することはないと思いながら訊ねる。
「どうしてそう思う?」
少し考えてそう聞き返され、答えに詰まる。
「申し訳ございません。はっきり分かりませんが、何となくいつもと違うような気がして……」
あやふやな感覚で根拠もなく訊ねたことを叱責されるだろうと覚悟する。
「………気にするな。お前は知らなくていい」
言い方は素っ気なかったが、意外にもその言葉にいつものような冷たさがなく、その反応にまた驚いた。
「少し寄るところがある。先に戻っていろ」
それぞれの執務室は三階にある。会議を行った一階から上がる階段の手前で公爵は足を止めた。
「どちらへ?」
王宮などから呼び出しがあった場合を想定し、常に所在を把握しておく必要があるため、特に他意もなく訊ねた。
「図書室だ、すぐに戻る」
そう言い、団長はすたすたと外へ出ていってしまった。
なぜ急に図書室へ?
副団長として側に居るようになって三年。ようやく彼の人となりを理解できるようになったと思ったが、まだまだのような気がする。
「他の騎士団でもそうなのかな……」
先ほどの会議に来ていた他の騎士団の団長、副団長を思い浮かべる。
第三近衛騎士団の二人は平民出身だけあって格式ばったことが苦手そうで、上司と部下というよりは同士のような関係に見える。
第二近衛騎士団はハレス子爵が国王陛下や宰相のテインリヒ伯爵と親しいこともあり、ソーヤ団長も一目置いているところがある。だが、決して子爵も伯爵をないがしろにしているわけではなく、理想的な関係と言える。
「結局上司に馴染めていないのは自分だけか……」
階段を昇りながら独り言を呟き自らに与えられた執務室へと向かった。
副団長を残し公爵は王宮内にある図書室へと向かっていた。
王宮内には二種類の図書室がある。
王宮に勤める者が誰でも利用できる一般的な図書室がそのひとつ。古今東西から様々な分野の書物が保管され、王室が発令した御触れや過去の天災の記録など、政務を行う上で必要な情報を得ることができる。
もうひとつは王宮内でもごく限られた者だけが利用できる図書室。その奥には禁書とされる書物も厳重に保管されており、過去の騎士団が行った作戦の内容や軍事機密などもあるかと思えば、王族が学ぶ帝王学のような特殊なもの、かつての王家の方々が好んで読んでいた詩や旅行記、恋愛小説などの雑多な分野の書物もある。
先の図書室と異なり、そこは閲覧のみ。持ち出しは厳禁とされている。
彼が向かったのはそちらの図書室。
第一近衛騎士団に入った頃からちょくちょく出入りし、管理職となってから時折ここにやってきては過去の作戦や訓練の記録などを読み耽り、常に最適な対応ができるように知識を得てきた。
団長になった後は息抜きの場所にもなっていた。
誰の持ち物かはわからなかったが、かつての王族の個人所有の書物は、それを読んでいたであろう王族の趣味趣向が感じ取られ、なかなかに興味深い。
良く出入りしているせいで彼が訪れても司書は特に意外な顔はしない。
立ち上がろうとするのを手で制し、気遣いは不要だと手を振る。
ここを最後に訪れたのは五日前だ。その時にも手に取った書物に手を伸ばす。
周囲を見渡し側に誰もいないことを確認し、本を開く。
宛名も差出人もない書簡がそこに挟まれていた。
隣に並んで歩くイエーツ副団長は、いつも表情の変わらない団長の顔色を見ながら、その中でも何となく気落ちしているような雰囲気を彼から感じ取っていた。
「何か心配ごとでも?」
自分ごときに弱味を見せたり相談することはないと思いながら訊ねる。
「どうしてそう思う?」
少し考えてそう聞き返され、答えに詰まる。
「申し訳ございません。はっきり分かりませんが、何となくいつもと違うような気がして……」
あやふやな感覚で根拠もなく訊ねたことを叱責されるだろうと覚悟する。
「………気にするな。お前は知らなくていい」
言い方は素っ気なかったが、意外にもその言葉にいつものような冷たさがなく、その反応にまた驚いた。
「少し寄るところがある。先に戻っていろ」
それぞれの執務室は三階にある。会議を行った一階から上がる階段の手前で公爵は足を止めた。
「どちらへ?」
王宮などから呼び出しがあった場合を想定し、常に所在を把握しておく必要があるため、特に他意もなく訊ねた。
「図書室だ、すぐに戻る」
そう言い、団長はすたすたと外へ出ていってしまった。
なぜ急に図書室へ?
副団長として側に居るようになって三年。ようやく彼の人となりを理解できるようになったと思ったが、まだまだのような気がする。
「他の騎士団でもそうなのかな……」
先ほどの会議に来ていた他の騎士団の団長、副団長を思い浮かべる。
第三近衛騎士団の二人は平民出身だけあって格式ばったことが苦手そうで、上司と部下というよりは同士のような関係に見える。
第二近衛騎士団はハレス子爵が国王陛下や宰相のテインリヒ伯爵と親しいこともあり、ソーヤ団長も一目置いているところがある。だが、決して子爵も伯爵をないがしろにしているわけではなく、理想的な関係と言える。
「結局上司に馴染めていないのは自分だけか……」
階段を昇りながら独り言を呟き自らに与えられた執務室へと向かった。
副団長を残し公爵は王宮内にある図書室へと向かっていた。
王宮内には二種類の図書室がある。
王宮に勤める者が誰でも利用できる一般的な図書室がそのひとつ。古今東西から様々な分野の書物が保管され、王室が発令した御触れや過去の天災の記録など、政務を行う上で必要な情報を得ることができる。
もうひとつは王宮内でもごく限られた者だけが利用できる図書室。その奥には禁書とされる書物も厳重に保管されており、過去の騎士団が行った作戦の内容や軍事機密などもあるかと思えば、王族が学ぶ帝王学のような特殊なもの、かつての王家の方々が好んで読んでいた詩や旅行記、恋愛小説などの雑多な分野の書物もある。
先の図書室と異なり、そこは閲覧のみ。持ち出しは厳禁とされている。
彼が向かったのはそちらの図書室。
第一近衛騎士団に入った頃からちょくちょく出入りし、管理職となってから時折ここにやってきては過去の作戦や訓練の記録などを読み耽り、常に最適な対応ができるように知識を得てきた。
団長になった後は息抜きの場所にもなっていた。
誰の持ち物かはわからなかったが、かつての王族の個人所有の書物は、それを読んでいたであろう王族の趣味趣向が感じ取られ、なかなかに興味深い。
良く出入りしているせいで彼が訪れても司書は特に意外な顔はしない。
立ち上がろうとするのを手で制し、気遣いは不要だと手を振る。
ここを最後に訪れたのは五日前だ。その時にも手に取った書物に手を伸ばす。
周囲を見渡し側に誰もいないことを確認し、本を開く。
宛名も差出人もない書簡がそこに挟まれていた。
1
お気に入りに追加
1,935
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない
たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。
何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる