201 / 266
199 勝負
しおりを挟む
クラウスが持つと同じ剣でも小さく見える。
それだけの体格差がある二人が向き合えば、彼は頭ひとつ半私より高く体は倍。
「女子どもに手を下すのは気が引けるが、これも仕事だ。悪く思わんでくれ」
口ではそう言うが、ニヤニヤと笑う目が少しも悪いと思っていないとわかる。
「どちらかが剣を落とすか膝をついたら終わり。多少の怪我は覚悟してもらおう」
主に私に向けて侯爵が簡単に説明するのを黙ったまま互いに頷く。
「ローリィ頑張って」
アンジェリーナ様の声援に笑って答えると、横から侯爵が睨んでいるのが見えた。
いつの間に話を聞き付けたのか、使用人の何人かが窓越しに夫妻からは死角となるように隠れて見物している。
「いつでもいいぞ」
袖を肘まで捲し上げ腰に手を当ててゆったりと剣を構えて彼が声をかける。
どう見ても真剣に打ち合おうとしているようには見えない。
僅かに目を閉じて感覚を研ぎ澄まし、私は一旦極限まで息を吸い込む。一度呼吸を止め吐き出すと同時に目を開け地面を蹴った。
「はああああ!!」
上から振り下ろした剣は当然の如く受け止められる。相手がそれを振り払うタイミングで先に降り戻して手首を捻りそのまま下から剣を引き上げた。
振り上げかけた剣を下から弾き上げられ空いた胸元に下脇腹から上に切り上げた。
「くっ!」
そのまま切っ先が彼のお腹に触れる。
下がりながら私の頭上に剣を振り下ろしてきたのを下から剣を横に構えて受け止め、すぐに刀剣を滑らせて身を反転させて脇に移動する。
体格のある男の真上からの衝撃をまともに受け止めればそのまま押し込められてしまう。
脇に移動しながら剣を翻して相手の手元に向けて真上から振り下ろし、上から押さえつけた。直ぐ様後ろに飛び退いて間合いを取った。
一呼吸の間のやり取りだった。
腹部に入った剣先が潰れていなければ相手の衣服に切れ込みを入れてはいるところだ。
「小娘……」
腹部に走った打ち身に男のニヤニヤ顔が止んだ。
「まずは一本?」
「まさか、勝負はこれからだ」
クラウスは地面を突き刺した剣を下から上に弧を描くように振り下ろして再び斬りかかってきた。
受けては返し、また逆に打ち込むを繰り返す。
後ろに下がり脇に避け、また一歩踏み込む。
向こうが力で押し込めてくるのをかわして流す。なかなか腕力はあるが、本気の師匠の一撃に比べればまだ軽く遅い。
師匠には五本に一本の割合しか勝てなかったが、力自慢なだけの彼なら隙があれば何とかなる。
いい所に入ったと思ったらすんでのところで私がかわすので、その度に口から舌打ちが漏れる。
「くそ!ちょこまかと……」
頭の上を横凪ぎに払った剣をやり過ごす。
「何をしている!遊びでないんだ、さっさと決めろ!」
呆気なく終わると踏んでいた侯爵が苛立って叫ぶ声が聞こえ、クラウスの表情に焦りが生まれたのを見逃さなかった。
「遊んでいるわけでは……」
出す攻撃を受け流され、気を抜けばすぐに私が隙を突く。
相手の額から一筋汗が流れ、口元が歪む。ニヤニヤ笑いはとっくに消え失せている。
師匠より小柄とは言え、力はかなりの者相手に持久戦に持ち込むのは、いくら通常より体力があっても厳しい。
「ローリィ、頑張って」
アンジェリーナ様の声が耳に届き、その瞬間、一気に攻めいった。
相手が振り下ろしてきた剣をかわしてくるりと回転して利き手の右に回り込み、柄を握る手元ギリギリに向けて素早く体重をかけて剣を振り下ろす。
「ぐっ!」
ガチャン!
クラウスの手から剣が落ちた。
慌てて拾おうとした剣を足で踏みつける。
「剣を放したら負け……でしたよね」
「くっ………!」
四つん這いで下から睨みつけてくる視線から逃れて侯爵の方を向くと、驚いて立ち上がりかけている侯爵が見えた。
「勝負……つきましたよ」
中庭から見える建物の窓辺には、いつの間にか屋敷の使用人たちがずらりと張り付いていて、思わず息を飲んだ。
二階を見上げると既にミレーヌ嬢の姿はなくて、彼女を羽交い締めにしていた男たちの姿だけが窓辺に見えた。
再び視線を侯爵夫妻の方に戻すと、ドレスの裾を持ってこちらに駆け寄ってくるアンジェリーナ様が見えた。
「ああ、ローリィ。凄かったわ」
まだ剣を握ったままの私の両手を握りしめ、キラキラと私を見つめてくる。
「どうして……」
横からクラウスの生気のない声が聞こえてくる。
「私の師匠はモーリス・ドルグランです。彼の体格と腕力、そして技術に慣れている私には通用しません」
「モーリス……ドルグラン……」
彼はその名を聞いて項垂れた。
現役を退いて久しい師匠の名声が今でも残っているのか怪しいが、クラウスには伝わったようだ。
「ミレーヌ!」
叫び声が聞こえ、声がした方を見ると両親が止めるのを無視して走ってくるミレーヌ嬢が見えた。
見張りを振り切って一階まで駆け降りてきたようだ。
はあはあと息急ききって私の側で立ち止まった彼女の顔は涙で濡れていた。
彼女の向こうでこちらを苦々しく睨み付ける侯爵がいた。
夫人はそんな夫の覇気を感じおろおろしている。
「こちらへ、来てもらおうか」
侯爵が静かに圧し殺した声で私たちを呼びつけた。
それだけの体格差がある二人が向き合えば、彼は頭ひとつ半私より高く体は倍。
「女子どもに手を下すのは気が引けるが、これも仕事だ。悪く思わんでくれ」
口ではそう言うが、ニヤニヤと笑う目が少しも悪いと思っていないとわかる。
「どちらかが剣を落とすか膝をついたら終わり。多少の怪我は覚悟してもらおう」
主に私に向けて侯爵が簡単に説明するのを黙ったまま互いに頷く。
「ローリィ頑張って」
アンジェリーナ様の声援に笑って答えると、横から侯爵が睨んでいるのが見えた。
いつの間に話を聞き付けたのか、使用人の何人かが窓越しに夫妻からは死角となるように隠れて見物している。
「いつでもいいぞ」
袖を肘まで捲し上げ腰に手を当ててゆったりと剣を構えて彼が声をかける。
どう見ても真剣に打ち合おうとしているようには見えない。
僅かに目を閉じて感覚を研ぎ澄まし、私は一旦極限まで息を吸い込む。一度呼吸を止め吐き出すと同時に目を開け地面を蹴った。
「はああああ!!」
上から振り下ろした剣は当然の如く受け止められる。相手がそれを振り払うタイミングで先に降り戻して手首を捻りそのまま下から剣を引き上げた。
振り上げかけた剣を下から弾き上げられ空いた胸元に下脇腹から上に切り上げた。
「くっ!」
そのまま切っ先が彼のお腹に触れる。
下がりながら私の頭上に剣を振り下ろしてきたのを下から剣を横に構えて受け止め、すぐに刀剣を滑らせて身を反転させて脇に移動する。
体格のある男の真上からの衝撃をまともに受け止めればそのまま押し込められてしまう。
脇に移動しながら剣を翻して相手の手元に向けて真上から振り下ろし、上から押さえつけた。直ぐ様後ろに飛び退いて間合いを取った。
一呼吸の間のやり取りだった。
腹部に入った剣先が潰れていなければ相手の衣服に切れ込みを入れてはいるところだ。
「小娘……」
腹部に走った打ち身に男のニヤニヤ顔が止んだ。
「まずは一本?」
「まさか、勝負はこれからだ」
クラウスは地面を突き刺した剣を下から上に弧を描くように振り下ろして再び斬りかかってきた。
受けては返し、また逆に打ち込むを繰り返す。
後ろに下がり脇に避け、また一歩踏み込む。
向こうが力で押し込めてくるのをかわして流す。なかなか腕力はあるが、本気の師匠の一撃に比べればまだ軽く遅い。
師匠には五本に一本の割合しか勝てなかったが、力自慢なだけの彼なら隙があれば何とかなる。
いい所に入ったと思ったらすんでのところで私がかわすので、その度に口から舌打ちが漏れる。
「くそ!ちょこまかと……」
頭の上を横凪ぎに払った剣をやり過ごす。
「何をしている!遊びでないんだ、さっさと決めろ!」
呆気なく終わると踏んでいた侯爵が苛立って叫ぶ声が聞こえ、クラウスの表情に焦りが生まれたのを見逃さなかった。
「遊んでいるわけでは……」
出す攻撃を受け流され、気を抜けばすぐに私が隙を突く。
相手の額から一筋汗が流れ、口元が歪む。ニヤニヤ笑いはとっくに消え失せている。
師匠より小柄とは言え、力はかなりの者相手に持久戦に持ち込むのは、いくら通常より体力があっても厳しい。
「ローリィ、頑張って」
アンジェリーナ様の声が耳に届き、その瞬間、一気に攻めいった。
相手が振り下ろしてきた剣をかわしてくるりと回転して利き手の右に回り込み、柄を握る手元ギリギリに向けて素早く体重をかけて剣を振り下ろす。
「ぐっ!」
ガチャン!
クラウスの手から剣が落ちた。
慌てて拾おうとした剣を足で踏みつける。
「剣を放したら負け……でしたよね」
「くっ………!」
四つん這いで下から睨みつけてくる視線から逃れて侯爵の方を向くと、驚いて立ち上がりかけている侯爵が見えた。
「勝負……つきましたよ」
中庭から見える建物の窓辺には、いつの間にか屋敷の使用人たちがずらりと張り付いていて、思わず息を飲んだ。
二階を見上げると既にミレーヌ嬢の姿はなくて、彼女を羽交い締めにしていた男たちの姿だけが窓辺に見えた。
再び視線を侯爵夫妻の方に戻すと、ドレスの裾を持ってこちらに駆け寄ってくるアンジェリーナ様が見えた。
「ああ、ローリィ。凄かったわ」
まだ剣を握ったままの私の両手を握りしめ、キラキラと私を見つめてくる。
「どうして……」
横からクラウスの生気のない声が聞こえてくる。
「私の師匠はモーリス・ドルグランです。彼の体格と腕力、そして技術に慣れている私には通用しません」
「モーリス……ドルグラン……」
彼はその名を聞いて項垂れた。
現役を退いて久しい師匠の名声が今でも残っているのか怪しいが、クラウスには伝わったようだ。
「ミレーヌ!」
叫び声が聞こえ、声がした方を見ると両親が止めるのを無視して走ってくるミレーヌ嬢が見えた。
見張りを振り切って一階まで駆け降りてきたようだ。
はあはあと息急ききって私の側で立ち止まった彼女の顔は涙で濡れていた。
彼女の向こうでこちらを苦々しく睨み付ける侯爵がいた。
夫人はそんな夫の覇気を感じおろおろしている。
「こちらへ、来てもらおうか」
侯爵が静かに圧し殺した声で私たちを呼びつけた。
2
お気に入りに追加
1,930
あなたにおすすめの小説

3年前にも召喚された聖女ですが、仕事を終えたので早く帰らせてもらえますか?
せいめ
恋愛
女子大生の莉奈は、高校生だった頃に異世界に聖女として召喚されたことがある。
大量に発生した魔物の討伐と、国に強力な結界を張った後、聖女の仕事を無事に終えた莉奈。
親しくなった仲間達に引き留められて、別れは辛かったが、元の世界でやりたい事があるからと日本に戻ってきた。
「だって私は、受験の為に今まで頑張ってきたの。いい大学に入って、そこそこの企業に就職するのが夢だったんだから。治安が良くて、美味しい物が沢山ある日本の方が最高よ。」
その後、無事に大学生になった莉奈はまた召喚されてしまう。
召喚されたのは、高校生の時に召喚された異世界の国と同じであった。しかし、あの時から3年しか経ってないはずなのに、こっちの世界では150年も経っていた。
「聖女も2回目だから、さっさと仕事を終わらせて、早く帰らないとね!」
今回は無事に帰れるのか…?
ご都合主義です。
誤字脱字お許しください。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

ヤンデレお兄様から、逃げられません!
夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。
エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。
それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?
ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹


異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる