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193 二人の侯爵

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領地から戻って1ヶ月、未だエリゼ宮に籠ったままの王弟。
そして距離を取る国王と王弟。
弟は兄を慕い、兄は弟を慈しむことで有名だった。
六年の間、マイン国へ行ったきりだった時期を除き、常に国王兄弟は仲が良かった。

噂によれば何か女性に関することで二人は揉めたと言うが、国王夫妻は常に仲睦まじい。
と、すれば王弟の女性問題か?

これまで王弟には浮いた噂がなかっただけに、それも疑わしい。

「カーマリング侯爵こそ、陛下から何かお聞きになっているのではないですか?」

祝賀行事の諸々について朝議に出す前から先に国王へ事前相談に行っている。
その際にもっと詳しいことを聞いているのでは、とルードリヒ侯爵は思っているのだろう。

「いえ、特には」

正直に答える。

体調をみながら出席を考慮する。朝議で国王が話したこと以外は特別な説明は何もされていない。

「……そうですか」

その答えに嘘偽りがないか探っているかのようにルードリヒ侯爵はカーマリング侯爵の瞳を見つめていたが、嘘が込められていないと悟ったのか視線を外してため息混じりに呟いた。

当てが外れてがっかりしたような口ぶりにカーマリング侯爵は少し気分を害した。

「殿下の容態について卿の方こそ何か知っておられるのですか」
「……少し噂を耳にしたものですから」
「噂?」
「気になりますか?」

自分の知らない情報を持っていることに優越感を滲ませる言い方に益々カーマリング侯爵は腹を立てる。

「根も葉もない宮中内で囁かれる噂など、暇な人間のすること」
「それが、噂は王宮内からではないのです」
「それはどういう……」
「実は我が家に少し前から客人を招いておりまして、話はその客人から聞いたことです」
「どのような客人が、殿下の容態について高位貴族の我々ですら知らされていないことを知っていると言うのですか」

そして何故ルードリヒ侯爵のところに。カーマリング侯爵の心に不信感が芽生えた。
それが表情に表れていたかどうかはわからない。

「その噂が真実だと、卿は信じていらっしゃるのか?」

内容はわからないがルードリヒ侯爵に取ってそれが真実だと確信する何かがあるのだろうと思った。

「一度我が家にお越しになりませんか。ご紹介しますよ。明日にでも」
「明日は……」
「先約でも?」
「娘のことでちょっと……」
「ご令嬢の?そう言えばもう社交界に出てもいい年頃ですね」
「よくご存知で……年が明けたらデビューです」

カーマリング侯爵はこれまであまり娘のことを話題にしてこなかった。
息子たちは部署は違っても立派に文官として勤めている。こちらから敢えて吹聴しなくても耳に入る息子たちの評判はなかなかのものだ。

だが、娘は。同じ年頃の他の令嬢とあまりにかけ離れているその動向に、夫婦で頭を悩ませ息子たちは我関せずを決め込んでいる。

最低限の付き合いでこれまで誤魔化してきたが、年が明け社交界デビューしてしまえばそうも言っていられない。破天荒な性格がばれ婚期が遅れることを心配している。誰が好き好んで剣を振り回す娘を嫁にしたいと思うか。
娘には今の自分がどれ程親不孝か気づいていないのだ。

「卿のご令嬢なら、デビューすればさぞや求婚者が列を成すでしょう」
「さ、さあ………どうでしょうか。甘やかすばかりでろくな礼儀作法も身に付けておらずお恥ずかしい限りです」

自分から話を持ち出しておきながら、娘の話をこれ以上続けて何か失態を口にしないかと侯爵はヒヤヒヤする。

「年頃のお嬢様を持つと我々男親は大変ですね」
「そ、そうなのです。まったく何を考えているのか。妻は元々他人ですが、半分血が繋がっているのに 男親からすれば娘はまるで未知の生き物です」

ハハハとわざとらしい笑いで誤魔化す。

「我が家には娘はおりませんが、二年前に成人した息子がおります。跡継ぎですがまだ結婚相手も決まっておりません。どうです?一度奥方と共に我が家へ。こちらからお伺いしても構いませんし」
「そ、それは……」

カーマリング侯爵は脳裏にルードリヒ侯爵の息子の姿を思い浮かべる。

誰もが認める美男子とは言えないがそれなりに顔立ちの整った青年で、中肉中背で真面目な印象だったと記憶している。

「確か……近衛騎士団に」

「第一近衛騎士団に所属しております。まだ階級は小隊長程度ですが」

侯爵の頭のなかでカチカチと損得の算段が働いた。
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