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195 弟と兄

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朝議を終えて自分の執務室に戻った国王は、執務机ではなく、応接用の長椅子に座って背もたれに身を預けた。

「お疲れさまでございました」

侍従が王の目の前にお茶を置く。
王はそれを手に取り一口口に含み、顔を綻ばせた。

「うまい。セインの淹れる茶はいつも旨いな」
「恐れ入ります。励みになります」

「ジークです。よろしいでしょうか」

王が残りのお茶を味わっていると、宰相が執務室を訪れた。

「ジークか…入れ」

入室を許すとすぐに宰相が入ってきた。

「ご決裁いただきたい書類をお持ちいたしました」
「今、朝議が終わったばかりなのに、もう少しゆっくりさせてくれ」

宰相が供の者に運ばせてきた書類の山を見て国王が心底嫌そうな顔をした。

「お茶を一杯飲む時間分、間をおいたつもりですが」

国王の手元にあるまだ湯気を立てるお茶を見て宰相が言う。

「……はあ、早くキルヒライルに復帰してもらわなければ、余の体力がもたん」
「殿下とて遊んでいるわけではありませんよ」
「わかっている。しかし、公爵領から戻ってからろくに会話もしていない」
「半分は陛下のせいだと思いますが」
「そ、それを言うな……余とて反省している」

宰相の言葉に国王がたじろいだ。

公爵領からジークの妻、アリアーデと共に王宮に戻ってきたキルヒライルは予想よりかなり元気になっていて、その姿を見て心から安堵した。

駆け寄ろうとする兄をすんでのところで手で制すると「人払いを」と、彼が言った。
自分に見せたことのない思い詰めたその表情に、言われるままに皆を下がらせた。

「どういうつもりだったのですか?」

二人きりになるとすぐに彼が訊ねてきた。その声に怒気がはらんでいることを察してイースフォルドも緊張する。

「どういうつもりだったとは?」
「ローリィのことです。私が彼女の経歴について訊ねた時に、兄上は何と返事を寄越しましたか?私を謀ったのですか」
「た、謀るつもりは……」

たじろぎながらイースフォルドはキルヒライルが到着する少し前に宰相が「覚悟しておいてください」と囁いたことを思い出した。
大方、暗部の者辺りから事情を聴いていたのだろう。

「私は……そなたが女性に興味を抱いたことが嬉しく……だが、恋と言うものの辛さやもどかしさも経験して欲しいと……そういうものを経て結ばれた方がその後どんなことがあっても、それが二人の絆を深めることになるかと……」

静かだが、確かに怒りを放っている弟の様子にイースフォルドは最後には何を言いたいのかわからなくなっていた。

「二度と、私を試すようなことはしないでください」

「わ、わかった」

こくこくと頷く兄にまだ疑っている視線を向けていたが、すぐに諦めてため息を吐いた。

「それで……どうなのだ、二人の仲は……」

おずおずと気になっていたことを口にする。また弟の怒りを煽るかもと思いながらの上目遣いの質問だった。

「兄上にそれを訊く資格がありますか?もしこじれたら兄上の責任ですよ」

そう言いながらも弟の顔がほんのりと赤くなったのを彼は見逃さなかった。

「もしや……」

「どこまで期待されているかわかりませんが、何とか嫌われてはいないようです」
「やけに控えめだな……うまくいったと言うことでいいのか?」
「そのように品のない言い方はいかがなものかと……第一、今日はそのことを報告にきたわけではないのです」
「おおよそのことは事前に届いた手紙で知っている。エリゼ宮もすぐに使えるように手配している。彼女の父親が亡くなった経緯もわかった。そなたらが捕らえた者もメオデの監獄に移送した」
「例のセイリオ殿下の血筋を名乗る者たちについては?」
「それはまだ調査中だ。王都の広さを考えるともう少し時間がかかるだろう」

フィリップ司祭たちが繋がっていたとされる高官の存在はわかっているが、捕らえた者たちはその名を知らされていなかった。情報を握るものはできるだけ少なく、無用になったものは人であれ容赦なく切り捨てる者たちを相手にしていくのであれば、こちらも非情にならなければ太刀打ちできないと感じていた。

「すぐに新年の祝賀行事があります。それまでには何とか情報は掴めますか?」
「できるだけのことはするつもりだ。何人か怪しい者はわかっている。それで、お前はどうする?」
「予定どおり表向きはエリゼ宮に病気療養で引きこもり、私も彼らと合流します」
「体の具合はもういいのか?」
「アリアーデの用意してくれた薬のおかげで」
「例の者も待機させている。だが、もう少し様子をみてもいいのでは?」
「大丈夫です。一人で動くわけではありませんし、向こうが油断しているうちに動き出さなければ……」

薬を事前に用意していたお陰で予想より早く体の調子が戻った。
これまでは襲ってきた輩を捕まえても何の情報も得られなかった。
今回はようやくいくつかの情報が得られた。
だが、尻尾を掴んだと思った相手はまた手元から逃げ出した。

「何を焦っている?」

兄の言葉にキルヒライルは胸に当てた拳を更に握りしめた。

「彼らは……私の大事な女性ひとに手を出そうとしている。今度は後手に回るわけにはいかないのです」

フィリップ司祭たちの目的が王位に着くことなら、拠点を王都ここに移したことにより、何らかの動きがあるはず。

国王である兄や王妃、王子や王女たちには護ってくれる者は大勢いる。
王弟で公爵という立場の自分もいざとなれば国のため何をおいても兄たちをまもらなければならない。

しかし、彼女は、ローリィはそうはいかない。
彼女の身が危険に晒されても、いったいどれ程の助けが得られるかわからない。

グスタフが今でもローリィに執着しているかはわからない。
彼女のことだから簡単には奴等の手に落ちることはないだろう。

いざとなれば彼女が自分で対処するしかない。

少しでも早く奴等の所在を突き止め、優位に立たなければならない。


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