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192 朝議
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ロイシュタール国王、イースフォルドはその日最後の議題となる灌漑工事の進捗について、担当者であるメイデン伯爵からの報告を聴いていた。
「……以上が灌漑工事の進捗報告となります」
「わかった。引き続き慎重に工事にあたれ。安普請など言語道断だ。造るからにはしっかりとな」
貴族が領地として治める地域を除き、国が直轄する地域や、街道などの管理や整備は国が行う。
その責務を負う部署の責任者である伯爵に王が指示をだした。
「畏まりました」
伯爵は読み上げた報告書を宰相に手渡すと、王に向かって一礼して席に着いた。
「以上が本日の議題は全て……」
「よろしいでしょうか」
宰相が朝議の終了を告げようとするのを遮るように声をかける人物がいた。
「ルードリヒ侯爵、何か言い忘れたことでも?財務状況の定例報告は来週ではありませんでしたか?」
宰相が手元の書類に目を落とし、声を掛けてきた人物に訊ねる。
ルードリヒ侯爵は国の金庫番、財務長官の任にいる。毎月の月始めに前月の収支について報告するのが常となっている。
だが、今はまだ月の終わり。彼からの報告は今日の議題には入っていない。
「定例報告のことではありません。先ほどカーマリング侯爵から新年の宮中行事の内容について報告がありましたが、そのことについておうかがいしてもよろしいでしょうか」
新しい年が始まってすぐ、王宮では毎年新年の祝賀が開かれる。
弔辞があったり、年によって控えめに行われることはあるが、この時は国中の貴族が集まり王に謁見を乞い言葉を頂く大切な行事だ。
一年のうちの最初の行事なだけに国において大事なものとなっている。
「私の采配にご不満でもおありか?」
カーマリング侯爵が不機嫌に訊ねる。
祝賀行事は彼の管轄であり、自分が準備を行っている限り完璧な筈だ。報告している時ではなく、全ての議題が終わった今になって蒸し返されて気に入らない様子だ。
「いえ、侯爵の仕事ぶりに不満があるわけではありません。財務担当からみてもよくあの費用でこれ程のことをと、感心しております」
「では、何が気になるのだ?」
カーマリング侯爵の方を向いていたルードリヒ侯爵が、国王に視線を移す。
「先ほどカーマリング侯爵の報告の中で出席者にキルヒライル様のお名前がありませんでしたが、殿下の体調はまだ回復されていないと考えてよろしいのでしょうか」
王弟殿下の名前がルードリヒ侯爵の口から出ると、朝議の場にざわめきが起こった。
それはひとつ前の議題でカーマリング侯爵から提出された年の始めに毎年行われる祝賀行事の参列者名簿を見て、その場にいる者の殆どが思ったことだった。
「ああ、そうだな。カーマリング侯爵にも訊ねられたが、キルヒライルの出席については今のところどうなるかわからない。とだけ言っておこう」
国王の言葉に恐らく事情を知るであろう宰相と、先に説明を聴いていたカーマリング侯爵以外の全員の表情に動揺が見て取れた。
「王弟殿下はご領地で飲まされた薬が原因で少し前まで伏せっておられるとうかがっておりますが、まだご回復されないということでしょうか」
ルードリヒ侯爵が更に訊ねる。王弟殿下が薬を飲まされてその後遺症に悩んでエリゼ宮に引きこもっているということ周知の事実だ。
たが、その病状がどのようなものかは治療にあたる医師が宰相の妻であり王宮医師団副団長のアリアーデ一人ということもあり、外に漏れ聞こえてくることがない。
「命に関わるほどのことはない。だが、年始の行事は国内から殆どの貴族が祝賀に訪れる大事な行事。キルヒライルも万全の体調で挑みたいと申しておる。と言っても医師の許可次第だがな」
国王の口ぶりは大したことがないように聞こえるが、ひと月も先の祝賀の儀にも出席できるかどうかわからないという話にますますその場がざわついていった。
「話はそれだけか?キルヒライルの出席についてはできるだけ前向きに検討している。今言えるのはそれだけだ」
「……わかりました。出すぎたことを申しました」
「かまわん。そなたの杞憂もわかる。できるだけ早く答えが出せるようにしよう。ジーク、今日の朝議はこれで終わりだ」
今度こそ国王が朝議の終わりを宣言し、先に朝議の間から立ち去った。
国王が退出するのと同時に宰相も皆に一礼をしてその場を辞した。
残された者たちも順に片付けを終えて立ち去っていくなか、カーマリング侯爵がルードリヒ侯爵に声をかけた。
「ルードリヒ侯爵……次から私の報告したことに質問がある場合は、先に私に訊ねてからにしてもらえませんか。あのように陛下の前で発言されるのは正直、不愉快です」
「これは、大変失礼なことをいたしました。侯爵の仕事ぶりに口を挟むつもりは毛頭ございません。そのことはご理解ください。ですが……」
ルードリヒ侯爵が周囲を見回しながらこっそり耳打ちしてきた。
「侯爵はキルヒライル様のことについて、どう思われますか?」
「どう思うとは?」
「今の段階で祝賀の儀の出席について判断できないのはおかしいと思いませんか」
「それだけお体の調子が思わしくないのでしょう」
「本当のところはどうなのでしょうか」
「どういう意味ですか?」
ルードリヒ侯爵の言葉を聞いてカーマリング侯爵が眉間に皺を寄せた。
「……以上が灌漑工事の進捗報告となります」
「わかった。引き続き慎重に工事にあたれ。安普請など言語道断だ。造るからにはしっかりとな」
貴族が領地として治める地域を除き、国が直轄する地域や、街道などの管理や整備は国が行う。
その責務を負う部署の責任者である伯爵に王が指示をだした。
「畏まりました」
伯爵は読み上げた報告書を宰相に手渡すと、王に向かって一礼して席に着いた。
「以上が本日の議題は全て……」
「よろしいでしょうか」
宰相が朝議の終了を告げようとするのを遮るように声をかける人物がいた。
「ルードリヒ侯爵、何か言い忘れたことでも?財務状況の定例報告は来週ではありませんでしたか?」
宰相が手元の書類に目を落とし、声を掛けてきた人物に訊ねる。
ルードリヒ侯爵は国の金庫番、財務長官の任にいる。毎月の月始めに前月の収支について報告するのが常となっている。
だが、今はまだ月の終わり。彼からの報告は今日の議題には入っていない。
「定例報告のことではありません。先ほどカーマリング侯爵から新年の宮中行事の内容について報告がありましたが、そのことについておうかがいしてもよろしいでしょうか」
新しい年が始まってすぐ、王宮では毎年新年の祝賀が開かれる。
弔辞があったり、年によって控えめに行われることはあるが、この時は国中の貴族が集まり王に謁見を乞い言葉を頂く大切な行事だ。
一年のうちの最初の行事なだけに国において大事なものとなっている。
「私の采配にご不満でもおありか?」
カーマリング侯爵が不機嫌に訊ねる。
祝賀行事は彼の管轄であり、自分が準備を行っている限り完璧な筈だ。報告している時ではなく、全ての議題が終わった今になって蒸し返されて気に入らない様子だ。
「いえ、侯爵の仕事ぶりに不満があるわけではありません。財務担当からみてもよくあの費用でこれ程のことをと、感心しております」
「では、何が気になるのだ?」
カーマリング侯爵の方を向いていたルードリヒ侯爵が、国王に視線を移す。
「先ほどカーマリング侯爵の報告の中で出席者にキルヒライル様のお名前がありませんでしたが、殿下の体調はまだ回復されていないと考えてよろしいのでしょうか」
王弟殿下の名前がルードリヒ侯爵の口から出ると、朝議の場にざわめきが起こった。
それはひとつ前の議題でカーマリング侯爵から提出された年の始めに毎年行われる祝賀行事の参列者名簿を見て、その場にいる者の殆どが思ったことだった。
「ああ、そうだな。カーマリング侯爵にも訊ねられたが、キルヒライルの出席については今のところどうなるかわからない。とだけ言っておこう」
国王の言葉に恐らく事情を知るであろう宰相と、先に説明を聴いていたカーマリング侯爵以外の全員の表情に動揺が見て取れた。
「王弟殿下はご領地で飲まされた薬が原因で少し前まで伏せっておられるとうかがっておりますが、まだご回復されないということでしょうか」
ルードリヒ侯爵が更に訊ねる。王弟殿下が薬を飲まされてその後遺症に悩んでエリゼ宮に引きこもっているということ周知の事実だ。
たが、その病状がどのようなものかは治療にあたる医師が宰相の妻であり王宮医師団副団長のアリアーデ一人ということもあり、外に漏れ聞こえてくることがない。
「命に関わるほどのことはない。だが、年始の行事は国内から殆どの貴族が祝賀に訪れる大事な行事。キルヒライルも万全の体調で挑みたいと申しておる。と言っても医師の許可次第だがな」
国王の口ぶりは大したことがないように聞こえるが、ひと月も先の祝賀の儀にも出席できるかどうかわからないという話にますますその場がざわついていった。
「話はそれだけか?キルヒライルの出席についてはできるだけ前向きに検討している。今言えるのはそれだけだ」
「……わかりました。出すぎたことを申しました」
「かまわん。そなたの杞憂もわかる。できるだけ早く答えが出せるようにしよう。ジーク、今日の朝議はこれで終わりだ」
今度こそ国王が朝議の終わりを宣言し、先に朝議の間から立ち去った。
国王が退出するのと同時に宰相も皆に一礼をしてその場を辞した。
残された者たちも順に片付けを終えて立ち去っていくなか、カーマリング侯爵がルードリヒ侯爵に声をかけた。
「ルードリヒ侯爵……次から私の報告したことに質問がある場合は、先に私に訊ねてからにしてもらえませんか。あのように陛下の前で発言されるのは正直、不愉快です」
「これは、大変失礼なことをいたしました。侯爵の仕事ぶりに口を挟むつもりは毛頭ございません。そのことはご理解ください。ですが……」
ルードリヒ侯爵が周囲を見回しながらこっそり耳打ちしてきた。
「侯爵はキルヒライル様のことについて、どう思われますか?」
「どう思うとは?」
「今の段階で祝賀の儀の出席について判断できないのはおかしいと思いませんか」
「それだけお体の調子が思わしくないのでしょう」
「本当のところはどうなのでしょうか」
「どういう意味ですか?」
ルードリヒ侯爵の言葉を聞いてカーマリング侯爵が眉間に皺を寄せた。
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