上 下
193 / 266

191 お茶会の顛末

しおりを挟む
ミレーヌ嬢が投げた茶器は壊れることはなかった。私の右側を掠め、私は顔を左に傾けてそれを受け止めたが、生憎お茶は顔と上着にかかった。

「何てことを!!」

悲鳴に近い声をあげ口許を覆う夫人。
眼を見開いて驚いて私を見上げるアンジェリーナ様。
控えていた侍女たちも口々に「きゃっ」と短い悲鳴を発してその場で凍りつく。
幸いなことに二人にお茶はかからなかった。

私は黙って受け止めた茶器をテーブルの上に置いた。

カチャンとソーサーにカップを置いた音が合図のように、全員の硬直が解けた。止まっていた時間が動き出したかのようだ。

「な、人に物を投げつけるなど」
「お母様が心配しているのは茶器のことでしょ!何代か前の皇后陛下に頂いたと自慢していましたもの。割れなくてよかったですね」

わなわなと振るえる母親にミレーヌ嬢はそっぽを向いて話す。

侍女が倒した椅子を起こし、別の侍女が布を持ってきて、私はそれを受け取り頬と上着にかかったお茶を拭いた。

「あ……」
「謝りませんわ」
「な!」

謝りなさいと母親から言われる前にミレーヌ嬢が言い放ち、夫人が怒りで言葉を失った。

「謝る必要はありません。少しお茶がかかっただけで茶器も壊れませんでしたし、お嬢様には耳の痛いことを言ってしまい申し訳ございません」
「私は娘に普通の令嬢のように振る舞って欲しいだけです。人様にむかって茶器を投げるようなことは望んでいません」

立ったままでいる娘のスカートを引っ張り座るように促す。

私には私の希望を叶えてくれた両親がいた。
伯爵の小娘相手に真剣に稽古をしてくれたモーリス師匠がいた。
でもミレーヌ嬢は自分の行動を理解してくれる人間が側にいない。
反抗しながらも親から完全に自立する手立てもない。

年が明けてデビューということは今は十五歳。四つ下の令嬢に今の私ができることは何だろう。

「いかがでしょう、私にお嬢様と一戦交えさせてもらえませんか?」
「「え!!」」

私の提案に夫人は嫌そうに顔をしかめ、ミレーヌ嬢は顔を輝かせた。

「そんなことをして何になるのです。娘が剣を振るうことを私たちは認めていないのですよ」
「お母様、私、やりたいです」
「どんな方に教えてもらっていたか存じませんが、私と剣を交えてご自分の実力がわかれば、自分には無理だと諦められるかと」

夫人は暫く黙ったまま私と娘を交互に眺め、考え込んだ。

結局、夫人はその場で即答はせず、夫である侯爵と相談すると言うことで話は終わり、アンジェリーナ様と私は侯爵家を後にした。

翌日、侯爵が家にいる二日後に再び屋敷へ訪れるようにという手紙が侯爵家から届けられた。

しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない

たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。 何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

義母ですが、若返って15歳から人生やり直したらなぜか溺愛されてます

富士とまと
恋愛
25歳で行き遅れとして実家の伯爵家を追い出されるように、父親より3つ年上の辺境伯に後妻として嫁がされました。 5歳の義息子と3歳の義娘の面倒を見て12年が過ぎ、二人の子供も成人して義母としての役割も終わったときに、亡き夫の形見として「若返りの薬」を渡されました。 15歳からの人生やり直し?義娘と同級生として王立学園へ通うことに。 初めての学校、はじめての社交界、はじめての……。 よし、学園で義娘と義息子のよきパートナー探しのお手伝いをしますよ!お義母様に任せてください!

処理中です...