189 / 266
187 妹と弟
しおりを挟む 筋張った硬い指の感触とぬくもりに驚いて、私は思わず肩をすくめた。
「急にどうしたの?」
従兄さんを見上げながら問う。
「いや。本当は頭を撫でたかったんだが、人前では撫でるなと以前言われたから」
頭を撫でる代わりに手を握るって……。従兄さんの考えは、私にはよくわからない。
「でも私、手を握られる方が恥ずかしいよ」
「そうなのか?」
「他の人はどうかわからないけど、私は恥ずかしい。人前じゃなくても、恥ずかしいよ」
それ以前に、女の子の手に勝手に触るのはセクハラな気がする。
「そうか」
残念そうに従兄さんの右手が離れていく。大きくて男性らしいその手が離れていった瞬間、未練を感じた。気付いた時には、私は自分から従兄さんの手を掴んでいた。
「どうした?」
従兄さんの声は驚きに満ちている。当然だ。暗に離せと言われたから離した手を掴まれたのだから。
「あっ、え、えっと」
私はとっさに言い訳が思いつかなかった。
「ごめんなさい。気が付いたら掴んでたの」
無意識下での行動。それが心底恥ずかしかった。どうして自分から手を掴んじゃったんだろう。
私は顔をカーッと熱くさせながら、従兄さんの手を離そうとした。だけど従兄さんは、私の左手をぎゅっと握ってきた。
「お前が嫌じゃないのなら、しばらくこのままでいたい」
そう言って、従兄さんが優しげな眼差しを向けてくる。自分から手を掴んでしまった手前、私は反論できなかった。それどころか、嫌じゃないと思っていた。
やっぱり恥ずかしいとは思ったけど、従兄さんと手を繋いでいることに抵抗はなかった。この感覚が意味するものが恋愛感情なのか、家族愛のようなものなのか、今の私には分からないけど。
「別に……嫌じゃないよ」
だからそう返事をして、左手を大きな右手と繋げたままにした。
園内で他の来園者とすれ違う度、私はどきどきした。
手を繋いで歩いている私と従兄さんは、他人から見たらどんな関係に見えているのだろう。やっぱり、年の離れた兄妹? そう思われるのが自然だよね。
「どうかしたのか?」
落ち着きのない私を見かねたのか、従兄さんが訊ねてきた。
「うん。あのね、私たちって、やっぱり他の人から見たら兄妹に見えるのかなって考えてたんだ」
「俺はお前を妹のようだとは思ってないぞ」
そう話す従兄さんの瞳は、私を女として見ているのが明白だった。スケベ。
「従兄さんがじゃなくて、他の人が、だよ」
「他の人間からどう見られているかが気になるのか?」
「従兄さんは気にならないの?」
「ならないな」
答えは即、返ってきた。悩む時間なし。
そもそも人目を気にするような人なら、最初から私にアプローチなんかしないか。中学生の私と将来結婚したいなんて、真面目に言ってくる人だもんね。
従兄さんは続けて言う。
「他人にどう思われようが、何を言われようが、俺はお前が好きだ。俺とお前はいとこ同士で、合法的に結婚できる男と女だ」
男らしい、真っ直ぐな言葉。だけど今、目の前にあるのは色んな種類の食虫植物で、いまいち格好がついていない。
「ふふっ」
口を開けたままのハエトリグザを見ながら思わず笑うと、従兄さんは眉を下げて残念そうな顔をした。
「俺は真面目に言ったんだが」
「ごめんなさい。食虫植物の展示コーナーで格好いいこと言うから、なんだかおかしくて」
「やっぱり女は、シチュエーションとか気にするものなのか?」
「うーん、そうだなあ。もし薔薇園で同じことを言われても、それはそれでクサすぎて笑っちゃうかも」
私の回答に、従兄さんは困った表情を浮かべた。
「なら、いつ言えば正解なんだ」
「さあ?」
そう意地悪く返して、私は笑った。本当は少しどきどきしていたけど、従兄さんに気付かれたくなくて、感情が表に出ないように頑張った。
外出先でも恥ずかしいことを憚りもなく言われるのは、ちょっと困る。
薔薇園の入り口の近くに来た時、二十代後半から三十代前半くらいのラフな格好の女の人が左側から歩いてきた。そして従兄さんを見るなり、驚きに満ちた声を上げた。
「わー、黒沼くんじゃない。こんな所で会うなんてびっくり」
それに対して従兄さんは、「どうも志村さん。日頃、お世話になっております」と丁寧に頭を下げた。
この志村さんって人、会社の人なのかな? 私がそう考えていると、志村さんはわざとらしく渋い顔をした。
「やあねえ、黒沼くん。プライベートでまで真面目すぎ、大げさすぎ! で、今日は何? そちらのお嬢さんとデート?」
志村さんの好奇心に満ちたような視線が私へと向けられる。そのせいで、少し居心地が悪くなった。
しかも従兄さんは、彼女のからかうような発言に対して「はい。そうです」と迷いなく返事をしてしまった。……ええっ!?
「ちょ、ちょっと……!」
私は慌てて、従兄さんの右手を引っ張った。
「ああ。紹介するのが遅れたな。こちらは俺が勤めている会社の先輩のーー」
従兄さんは悠長に志村さんの紹介なんてし始めてしまった。当の志村さんはぽかんとしている。
「そうじゃなくてっ、デートだなんて認めちゃったらーー」
従兄さんが変に思われちゃうじゃない。そう口にするのを遮るように、従兄さんは言った。
「俺とお前が今デートをしてるのは、本当のことだろう」
「馬鹿っ! 従兄さんは世間体をもっと気にしてよ!」
ああもう、なんでしれっとしてるの! 明日から従兄さん、社内で年下好きの変態だと思われちゃうかもしれないのに!
「さっき話した通り、俺は誰にどう思われようが気にしない」
「会社の人のことは気にしてよ!」
「どうしてお前がそんなに必死になるんだ」
「従兄さんが心配だからに決まってるでしょ!」
私が声を上げた次の瞬間、私たちのやり取りを黙って見ていた志村さんが大笑いし始めた。
「あははははは!」
私と従兄さんの視線が、お腹を抱えて笑っている志村さんに集中する。なんで笑ってるの?
「あの……」
「ご、ごめん、ごめん。なるほど。黒沼くんが寄ってくる女子社員たちを相手にしない理由がわかったわ」
「急にどうしたの?」
従兄さんを見上げながら問う。
「いや。本当は頭を撫でたかったんだが、人前では撫でるなと以前言われたから」
頭を撫でる代わりに手を握るって……。従兄さんの考えは、私にはよくわからない。
「でも私、手を握られる方が恥ずかしいよ」
「そうなのか?」
「他の人はどうかわからないけど、私は恥ずかしい。人前じゃなくても、恥ずかしいよ」
それ以前に、女の子の手に勝手に触るのはセクハラな気がする。
「そうか」
残念そうに従兄さんの右手が離れていく。大きくて男性らしいその手が離れていった瞬間、未練を感じた。気付いた時には、私は自分から従兄さんの手を掴んでいた。
「どうした?」
従兄さんの声は驚きに満ちている。当然だ。暗に離せと言われたから離した手を掴まれたのだから。
「あっ、え、えっと」
私はとっさに言い訳が思いつかなかった。
「ごめんなさい。気が付いたら掴んでたの」
無意識下での行動。それが心底恥ずかしかった。どうして自分から手を掴んじゃったんだろう。
私は顔をカーッと熱くさせながら、従兄さんの手を離そうとした。だけど従兄さんは、私の左手をぎゅっと握ってきた。
「お前が嫌じゃないのなら、しばらくこのままでいたい」
そう言って、従兄さんが優しげな眼差しを向けてくる。自分から手を掴んでしまった手前、私は反論できなかった。それどころか、嫌じゃないと思っていた。
やっぱり恥ずかしいとは思ったけど、従兄さんと手を繋いでいることに抵抗はなかった。この感覚が意味するものが恋愛感情なのか、家族愛のようなものなのか、今の私には分からないけど。
「別に……嫌じゃないよ」
だからそう返事をして、左手を大きな右手と繋げたままにした。
園内で他の来園者とすれ違う度、私はどきどきした。
手を繋いで歩いている私と従兄さんは、他人から見たらどんな関係に見えているのだろう。やっぱり、年の離れた兄妹? そう思われるのが自然だよね。
「どうかしたのか?」
落ち着きのない私を見かねたのか、従兄さんが訊ねてきた。
「うん。あのね、私たちって、やっぱり他の人から見たら兄妹に見えるのかなって考えてたんだ」
「俺はお前を妹のようだとは思ってないぞ」
そう話す従兄さんの瞳は、私を女として見ているのが明白だった。スケベ。
「従兄さんがじゃなくて、他の人が、だよ」
「他の人間からどう見られているかが気になるのか?」
「従兄さんは気にならないの?」
「ならないな」
答えは即、返ってきた。悩む時間なし。
そもそも人目を気にするような人なら、最初から私にアプローチなんかしないか。中学生の私と将来結婚したいなんて、真面目に言ってくる人だもんね。
従兄さんは続けて言う。
「他人にどう思われようが、何を言われようが、俺はお前が好きだ。俺とお前はいとこ同士で、合法的に結婚できる男と女だ」
男らしい、真っ直ぐな言葉。だけど今、目の前にあるのは色んな種類の食虫植物で、いまいち格好がついていない。
「ふふっ」
口を開けたままのハエトリグザを見ながら思わず笑うと、従兄さんは眉を下げて残念そうな顔をした。
「俺は真面目に言ったんだが」
「ごめんなさい。食虫植物の展示コーナーで格好いいこと言うから、なんだかおかしくて」
「やっぱり女は、シチュエーションとか気にするものなのか?」
「うーん、そうだなあ。もし薔薇園で同じことを言われても、それはそれでクサすぎて笑っちゃうかも」
私の回答に、従兄さんは困った表情を浮かべた。
「なら、いつ言えば正解なんだ」
「さあ?」
そう意地悪く返して、私は笑った。本当は少しどきどきしていたけど、従兄さんに気付かれたくなくて、感情が表に出ないように頑張った。
外出先でも恥ずかしいことを憚りもなく言われるのは、ちょっと困る。
薔薇園の入り口の近くに来た時、二十代後半から三十代前半くらいのラフな格好の女の人が左側から歩いてきた。そして従兄さんを見るなり、驚きに満ちた声を上げた。
「わー、黒沼くんじゃない。こんな所で会うなんてびっくり」
それに対して従兄さんは、「どうも志村さん。日頃、お世話になっております」と丁寧に頭を下げた。
この志村さんって人、会社の人なのかな? 私がそう考えていると、志村さんはわざとらしく渋い顔をした。
「やあねえ、黒沼くん。プライベートでまで真面目すぎ、大げさすぎ! で、今日は何? そちらのお嬢さんとデート?」
志村さんの好奇心に満ちたような視線が私へと向けられる。そのせいで、少し居心地が悪くなった。
しかも従兄さんは、彼女のからかうような発言に対して「はい。そうです」と迷いなく返事をしてしまった。……ええっ!?
「ちょ、ちょっと……!」
私は慌てて、従兄さんの右手を引っ張った。
「ああ。紹介するのが遅れたな。こちらは俺が勤めている会社の先輩のーー」
従兄さんは悠長に志村さんの紹介なんてし始めてしまった。当の志村さんはぽかんとしている。
「そうじゃなくてっ、デートだなんて認めちゃったらーー」
従兄さんが変に思われちゃうじゃない。そう口にするのを遮るように、従兄さんは言った。
「俺とお前が今デートをしてるのは、本当のことだろう」
「馬鹿っ! 従兄さんは世間体をもっと気にしてよ!」
ああもう、なんでしれっとしてるの! 明日から従兄さん、社内で年下好きの変態だと思われちゃうかもしれないのに!
「さっき話した通り、俺は誰にどう思われようが気にしない」
「会社の人のことは気にしてよ!」
「どうしてお前がそんなに必死になるんだ」
「従兄さんが心配だからに決まってるでしょ!」
私が声を上げた次の瞬間、私たちのやり取りを黙って見ていた志村さんが大笑いし始めた。
「あははははは!」
私と従兄さんの視線が、お腹を抱えて笑っている志村さんに集中する。なんで笑ってるの?
「あの……」
「ご、ごめん、ごめん。なるほど。黒沼くんが寄ってくる女子社員たちを相手にしない理由がわかったわ」
2
お気に入りに追加
1,930
あなたにおすすめの小説

3年前にも召喚された聖女ですが、仕事を終えたので早く帰らせてもらえますか?
せいめ
恋愛
女子大生の莉奈は、高校生だった頃に異世界に聖女として召喚されたことがある。
大量に発生した魔物の討伐と、国に強力な結界を張った後、聖女の仕事を無事に終えた莉奈。
親しくなった仲間達に引き留められて、別れは辛かったが、元の世界でやりたい事があるからと日本に戻ってきた。
「だって私は、受験の為に今まで頑張ってきたの。いい大学に入って、そこそこの企業に就職するのが夢だったんだから。治安が良くて、美味しい物が沢山ある日本の方が最高よ。」
その後、無事に大学生になった莉奈はまた召喚されてしまう。
召喚されたのは、高校生の時に召喚された異世界の国と同じであった。しかし、あの時から3年しか経ってないはずなのに、こっちの世界では150年も経っていた。
「聖女も2回目だから、さっさと仕事を終わらせて、早く帰らないとね!」
今回は無事に帰れるのか…?
ご都合主義です。
誤字脱字お許しください。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?


ヤンデレお兄様から、逃げられません!
夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。
エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。
それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?
ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる